親友の妹、そして約束

「いやぁ、にしても先輩と会えたなんて幸運っすね~!」

「そう言ってくれるとありがたいねぇ」

「ですよねぇ~」


 俺は今、有芽ちゃんと喫茶店に来ていた。

 突然に目隠しをされるという出会いの仕方ではあったが、勝手知ったる仲というのもあってこうして有芽ちゃんの誘いに乗った。


(有芽ちゃん……か)


 目の前に座り、美味しそうにケーキを頬張る有芽ちゃんを見つめる。

 彼女は奏人の妹であり現在中学三年生なのだが、あまりにも見た目が大人びているせいで奏人よりも高校生っぽく見える……流石に奏人にそうは言わないが、それだけ有芽ちゃんが立派に見えるってことだ。


(ほんと……あの奏人にこんな妹が居るとはなぁ)


 有芽ちゃんは控えめに言っても美人だ。

 所謂モデル体型というのもあるが、168センチある俺よりも身長が僅かに高い。

 水瀬と同じくらいにスタイルも良いし、何より短い黒髪に混ざる赤のメッシュがワイルドというか、かっこよさを演出している。


「どうしたっすか? そんなにウチの髪が気になります?」


 おっと、ジッと見ていたら気付かれてしまった。

 顔から胸へ……そんなちょっといやらしい見方をした時に気付かれなくて良かったなと思いつつ、当たり障りのないことを口にしてお茶を濁す。


「その赤メッシュかっこいいなって」

「あ、これっすか? えへへ、ありがとうございます!」


 有芽ちゃんは赤メッシュの部分に触れながら言葉を続けた。


「これはあくまでウチの決意の証みたいなもんすからねぇ。ウチはもう弱くなんてない……そう思わせるためのモノなんすから」

「奏人から聞いたことがあったけど、やっぱそうだったのか」

「はいっす! 先輩に相談して助けてもらって……それがきっかけみたいなもんすけど、ウチはこれで良かったと思ってますよ!」


 相談はされた……けれど助けたというのは少し違う気もする。

 俺がしてあげたのは本当に相談に乗ってあげただけ……正直自分でも驚くほど親身になって接したけれど、それは彼女が奏人の妹というのが大きかった。

 そしてそれからしばらくした後、有芽ちゃんは赤メッシュを入れた。

 そのことに驚いたのはもちろんだし逆にまた何かあったのかと気にはなったものの、その時もこんな感じのことを言われたか。


「ほんと、相談に乗っただけなんだがな」

「それでも親身になって話を聞いてくれたじゃないっすか! こう言うに兄ちゃんに泣かれるかもっすけど、もしかしたら先輩の方が親しみ感じるかもしれないっす!」

「それは奏人が泣くから言わないでくれ。でも、こういう所なら言ってくれても良いぜ!」

「はいっす!」


 いやぁ……ほんと、可愛いなぁ有芽ちゃんは。

 二度目になるが俺より背は高いしスタイルは抜群だし、間違いなく見た目だけなら俺より年上に思われるくらい……いや、正直大学生にすら見られることもあるだろうさ。

 そんな子がこうも無邪気に慕ってくれるのはこう……心が温かくなるような嬉しさがあるよ。


「先輩は……不思議な人っす」

「よく言われる」

「ははっ、なんすかそれ」


 いや、実際に不思議な経験をしているからな……ってそれだと言われているにはならないか。

 そういや、まだ逆転した向こう側では有芽ちゃんに会ってないな……考えることも多かったし落ち着かなかったのもあって、奏人から有芽ちゃんのことをあまり聞くこともなかった。


(有芽ちゃんからされた相談は背の高さなんかで揶揄われたり、後は見た目の良さが災いして敵意を持たれたりだった……あっちの世界のこと想像はしたくねえがな)


 今の有芽ちゃんはこんなに明るいが、こうなる前の彼女は暗く落ち込みやすい子だった……奏人も本当に目が離せないって言うくらいだし。


「あ、そうだ先輩!」

「っ!?」


 突然、有芽ちゃんは身を乗り出すように顔を近付けた。

 その拍子に制服の上からも分かる特大の膨らみが揺れたが、それが気にならないくらいにはビックリした。


「今日はこうして出会いましたけど、偶には遊びに来てください! じゃないとあまり遊べないじゃないっすかぁ!」

「ま、まあ俺にも予定とかさ」

「この前、兄ちゃんと遊びに行ったって聞きましたけど?」

「うぐっ……」

「……あまり困らせたくないのは山々っす。でもウチも先輩と遊びたいっすよ」

「有芽ちゃん……」


 しゅんと顔を伏せた有芽ちゃん。

 こうして見ていると飼い主に構ってもらえない飼い犬を思い浮かべてしまうな……でもそうだな。


「分かった! なら今度、必ず遊びに行くから」

「ほんとっすか!?」

「おう」

「約束っすよ!」


 そこまで喜んでくれるのなら嬉しい限りだ。

 けど……割と悩みがありまして、それが基本的に有芽ちゃんはこんな感じだから結構開放的なんだ。

 前に奏人の家にゲーム合宿みたいな感じで泊まりに行ったけど、その時の有芽ちゃんはこう……暑かったのか胸元のボタンが少し外れてたりして目の毒だった。


「お待たせしました!」


 そんなところで、頼んでいたケーキと紅茶が運ばれてきた。

 雑談を楽しみながらケーキを食べた後、店を出て別れることに。


「……あの、先輩」

「うん?」

「ウチはほんとに、先輩のおかげで今の自分になれたっす……先輩が居なかったらウチは……」

「……ったく、俺はそんなんじゃないってば」


 俺が何かしなくても奏人が動いていただろうし、有芽ちゃんは絶対に救われていたはずだ。

 お礼を言ってくれるのは嬉しいけれど、いつまでも済んだことを気にするんじゃないという意味を込めて軽くデコピンをお見舞いする。


「あいたっ!?」


 額を抑え抗議の眼差しを向けてくる有芽ちゃんは、すぐにクスッと笑ってこう言ってきた。


「そっすね……でももしもなんすけど」

「うん」

「またウチが困ったことになったら……助けてほしいって言ったら先輩は助けてくれるっすか?」

「何言ってんの。当たり前のことを言うんじゃないよ」


 出来ることには限りがあるが、可能な限り助けたいとは思っている。

 一番はそんな環境が発生しないことが大事だけど、何が起こるか分からないからな……だって貞操逆転が頻繁に起こるくらいだし。


「助けるったら助ける。直接言えなかったら奏人を通して伝えてくれ」

「……はいっす!」


 有芽ちゃんは笑顔で頷き、大きく手を振って去って行った。

 いやぁ楽しい時間だった……けれどすぐ、俺の思考は最近の悩み事へと移っていき表情が硬くなるのを自分でも感じた。


「知り合いの数が多ければ多いほど、仲の良い人が居れば居るほど気にしてしまうことが増えてくる……はぁ」


 明日は……普通かな、それとも逆転してしまうのか……はたまた俺の意識がある間に切り替わってしまうのか……怖いねぇ。


「や~だねぇ」

「何が嫌なの?」

「……うん!?」


 後ろから聞こえてきた声に、俺は咄嗟に振り向く。

 どうしてここに居るんだと……いつの間にか背後に立って笑みを浮かべる水瀬に問いかけた。


「何してんだよ」

「何って買い物だよ? その途中に好井君を見つけたの」


 あ、尾行とかされたわけじゃないのね……ふぅ。

 彼女がそんなことをするとは思えないが、一応今朝のやり取りとかあるから警戒を……ちょっとはしちゃうよなって話だ。


「さっきの子は誰なの?」

「見てたのか……俺の友達に奏人ってのが居るんだけど、あれの妹」

「村上君の……なるほどね。一瞬モデルさんかと思っちゃった」


 確かにモデルとかしててもおかしくない美人さんではあるな……ってそれを言ったら水瀬とか能登も同じだけど。


「……ふむ?」

「なに?」

「ううん……やっぱり、あなたを見てると気になるなって思っただけ。この気持ちが今も分からないんだよね……ほんとにどうしてだろ」

「……俺にもそれは分からな――」

「ほんとかな? 好井君……何か知ってる気がするなぁ?」


 ヌルリと彼女は俺の懐へ入り込んだ。

 ジッと見つめられることが怖くなり、視線を逸らそうとしたが逸らすことが出来ない……まるで縫い留められたような感覚に陥っている。

 というかこの目……レイプ目とでも言うのか?

 怖いと思っているのに、それでもこの目をした水瀬がちょっと良いなって思っちゃうのが俺自身終わってる。


「好井君さ、今週の土曜日は暇?」

「暇だけど……」

「お出掛けしない? ほら、一緒の時間を増やそうって言ったでしょ?」

「えっと……」

「……ダメかな?」


 おい、怖い目からいきなり悲しそうな目をするんじゃない。


「……分かった。水瀬が良いなら」


 断れなくなるだろうが……っ!


(けどこれ……こうして約束はしたものの、もしもこれで逆転した場合の約束はどうなるんだろう?)


 それが少し不安だったが、冷静に考えたらクラスの誇る美少女と休日にお出掛けをするという事実……俺はその日、母さんに心配されるくらいに悶えたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る