寿命が縮まりました

「最近、女性による痴漢がいつも以上に増えているとのことだ。電車やバス通学の生徒は気を付けてくれ」

「え~、最近そんなばっかじゃん」

「やっぱ女って嫌だわ~」

「男性専用車両をもっと普及させるべきだろ~」


 朝の連絡にしては、中々女性に対して棘のある話だぜ。


「……………」


 一旦先生の会話から意識を切り離し、俺はチラッと水瀬を見る。

 俺よりも前側に座っている彼女だからこそ後ろから見れるのだが、特に気にしてなさそうなので安心する。

 それというのも途中まで彼女と一緒に居たのだが、その別れた後……教室に入った際に水瀬と伊藤の間で一悶着あった。


『てっきり俺と別れて悲しんでるものと思ってたが?』

『思わないかな。もっと素敵な人、見つけちゃったしね』


 そんなやり取りが繰り広げられ、顔色一つ変えない水瀬に伊藤が更に暴言を浴びせまくったのだ。

 正直聞いていられないような言葉も飛び出したりしたのに、それでも水瀬は一切堪えた様子もなく、むしろあの伊藤に冷めた目さえ向けていたくらいだ――もはやこちら側の水瀬にとって、伊藤の存在はないようなものなんだろう。


「……はぁ」


 取り敢えず……はよ土日カモン。

 表でも裏でも良いからとにかく休ませてほしい……ちょっと色々疲れているというか、まさか同級生の谷間を見せられる瞬間が来るとは思ってなかったので、嬉しさと困惑の狭間で苦しんでるよ俺は。


「これで朝礼はお終いだ。日直」

「はい。起立、礼」


 朝礼が終わって先生が教室を出て行った瞬間、これみよがしに伊藤を含めた男子たちを筆頭にさっきの会話が蒸し返された。


「いやはや、俺たち男の肩身は狭いよなぁ」

「そうそう。いつ襲われるかも分からないし」

「もしかしたらこの教室の中にそんな犯罪者が居たり?」


 ほんと、会話が終わってやがる。

 女子の中に男子とのあれやこれやを妄想すること自体、こっちでは何も珍しいことじゃない……いや、こういうことに関してはあっちも同様か。

 しかし犯罪をしてでも性的欲求を満たしたいなんて考えるのは本当に極一部のみ……だからあんな風に煽るというか、分かりやすく女子を見下すような目を向けるのはクソ野郎すぎるだろ。


「なあ流歌、お前はそうじゃないのかぁ?」

「……………」


 伊藤の矛先は水瀬へと向いた。

 このやり取り自体が伊藤から水瀬への嫌がらせであることは明確だが、こういうことをして相手が傷つくことを伊藤は分かっているはず……まあ十中八九確信犯か。


「おい、何とか言えよ」

「……………」


 まあそうだよな……水瀬からしたら言い返せば伊藤の思う壺だ。

 男子の中では当然助けようとする奴は居ないし、女子の中では……能登が何かを言いたげで、今にも出ていきそうだ。


(……ったく、ここはこの世界の男子特権って奴を利用するか)


 この世界で男子は貴重……だからあんなにデカい顔をする。

 そして男子同士の争いがあまり起こってないことも知ってる……俺が利用するのはここだ。


「伊藤、そこまでにしておけよ」

「っ……なんだよ好井」


 自分でもビックリするくらい圧のある声だと思ったが、分かりやすく伊藤はビックリしている。

 伊藤からすれば俺が割って入るとは思ってないし、何より水瀬を……女子を庇う男子が居るとも考えていないからここまで驚いているんだ。


「別れたことへの腹いせかもしれんが、そんなことをしただけで自分の価値を落とすだけだぞ」

「は、はぁ? 別に別れたことなんてどうでも良いし、俺は何も気にしちゃいねえよ!」

「その割にはなんで水瀬に今みたいなことを言ったんだ? 水瀬以外なら良いってわけじゃないけど、ムカついたからだろ?」


 そう言うと伊藤はスッと視線を逸らした。

 まあ水瀬の心変わりの一端を担ってしまった俺が何を言ってんだって話だけど、正直俺としては……あのエッチな展開を除けば、間違ったことはしていないと胸を張れる。


「……なんで、女の味方なんか」

「女も男もあるかよ。今のを客観的に見た時、ただ水瀬に対して酷いことを言ったお前の敵になって、そして水瀬の味方をしたかっただけだ」

「っ……」

「好井君……♡」


 あ、ずっきゅーんとぶち抜いた音が聞こえた。

 いやいや、誰も助けに入らないし見て見ぬフリしたくなかっただけ……本当にそれだけで他意はないんだからな!?

 その後、すぐに授業を担当する先生がやってきたことで俺は咳に戻ったが……一つ言えるのは、女子からあり得ない物を見る目……そして男子からは奇妙な物を見る目を向けられてしまった。

 奏人や他の友人からも驚きの目を向けられてしまったがその程度だ。


「……はぁ」


 そして時間は流れて昼休み、俺はまた屋上でため息を零す。


「お疲れ……だったな?」

「……おう」


 傍に居るのは奏人だ。

 こっちの奏人視点だと、俺はあんな風に女子の味方を今までしたことはないし……聞くのが怖いけど、母さんにババアって言ってたみたいだからもしかしたら助長するようなことはしたのかも?

 けど水瀬や能登の様子を見る限り……それもなさそうかな? もしかしたら外だと目立ちたくないとかで静かにしていたのかな……自分のことなのにそれすら分からないのがこええよ。


「……あんなお前の姿、初めて見たよ」

「そう……だろうな」

「なんで……? あ、別になんで女の……なんてことを言いたいんじゃないんだ。俺にも妹が居るし母さんだって居るからな」

「……ははっ、やっぱ奏人なんだな」

「え?」


 何でもないと言って俺はこう答えた。


「……俺だってなんでか分からねえよ。でも、こうした方が俺にとっては正しいと思っただけだ」

「そっか……変わったなぁ」

「変わったつもりなんてないけどね」

「へぇ……? もしかして好きなの?」

「それは飛躍しすぎじゃね?」


 確かにエッチな誘惑っぽいことをされてドキッとはしたし、水瀬を含め能登のことは凄い美少女だと思ってる……こっちの世界だからこそあわよくばとか汚いことを考えるのもゼロではない。


「……じゃあ色々聞いていいか?」

「おう」

「助けた水瀬さん……で良いか。美人って思う?」

「めっちゃ美人だと思ってる」

「スタイルとか……その」

「大きいおっぱいとか最高じゃね? あ、絶対言うなよ?」

「う、うん……そこまで言うんだ」


 それから色々と聞かれて全部答えた。

 別にバラされた困ることは言ってないけど、奏人は俺から引き出される言葉にとにかく驚きはしつつも、段々と今の俺に慣れるように頷いたりしている。


「……おい有芽……朗報だぞこれは」

「なんだって?」

「何でもない! でもそうか……蓮は女子を可愛いと思うし、綺麗だとも思うしエロいとも思うと」


 この時、俺は相手が奏人ってことで普段通りというか……少し調子に乗ったのもあると思う。

 表でも裏でも奏人は奏人だから……むしろ俺より下ネタも女子の話題も奏人からが多かったからこそ、俺はこんなことまで言ったんだと思う。


「特に水瀬とか能登はめっちゃ美少女だしめっちゃエロいじゃん。あんな子に迫られたらたまったもんじゃないぞ」

「そこまで言うのかよ」


 ま、奏人は他言しないからってのもある。

 ……俺は普段、あっちでも自分からこんなことは言わないし分かりやすく言うなよとも思ってる。

 けど……やっぱりこれなんだよなぁ。

 この普通の感覚が良いというか……凄く落ち着くし、何より心が休まるって感じがする。


「……うん?」

「なんだ?」


 その時、ギギギッと屋上のドアが開いた。

 どうしたんだと視線を向ける俺と奏人……扉が開き、二人の女子が重なるようにしてその場に倒れ込んだ。

 それを見た時、俺は瞬時にこれを理解した――この二人、扉に体重をかけすぎてそのまま倒れたんだと。


「水瀬に……能登?」

「あ……あはは……」

「ご、ごめん……」


 突然の二人の登場に、驚いた奏人はじゃあなと言ってそそくさと屋上から去り……残されたのは俺と、妙に顔を赤くしながらモジモジする水瀬と能登だ。


「あの……二人とも?」

「ねえ好井君! 私、体はとてもエッチだよ!」

「わ、私の方が水瀬よりおっぱい大きいわ! どうよ!?」


 ……つまり、聞かれていたってわけぇ!?

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