二つ目
「……マズい、どうしよう」
体育も終わり、それから時間が過ぎて放課後になり……俺は一人、屋上で頭を悩ませていた。
体育倉庫での水瀬とのやり取り……俺は彼女の胸を触ってしまった。
柔らかかった……ってそれは良いんだよ! そうじゃなくて、俺は絶対に良くない感情を水瀬に植え付けてしまったんじゃないか?
「……伊藤に申し訳ねえよこれ」
伊藤のことなんてどうでも良い……俺はそう水瀬に言わせてしまった。
俺の方が伊藤より魅力あるから……水瀬は俺の方が気に入ったから……そんなことを考えてしまうけれど、これはこの世界だからこそなんだ。
「改めて考えてみよう」
この世界では女性はとにかく男性から下に見られる。
社会的地位なんかも男性の方が高いため、女性側からすれば悔しい話だがどんな理不尽なことをされても男性の方が立場が上になる。
これがこの逆転世界の必然だ……そしてそんな中、俺は他の男性と違って女子に対して見方を変えないし……後は、普通に体に触ったりすれば興奮もする……そこも他の男と違うってことになる。
「あの水瀬があそこまで変貌した……つまり俺は、それだけ異質な男ってことなんだろうな」
女性に優しくする男性なんていくらでも居るだろう……ただ、これは調べて分かったことなのだが、今の世界において女性は性欲が強く男性をエロい目で見るというのは多くあるが、その逆はあまりにも少ない……いや本当に見ないレベルなんだとか。
「逆転してない世界を表、している世界を裏とするなら……これって世界がひっくり返った時点で、その全部が切り替わってる……? 記憶に少しばかりのリセットが掛かるのは分かってたけど、それ以外の出来事が全部別々の時間軸だとするなら……うおおおおおおっ」
俺は途中で考えるのを止めた。
何となく想像は出来ていたが理解はしたくなかった……あぁなるほど、この仮説が完全に合っているのだとしたら確かに今の世界と元の世界は別物だ。
その中でこの変化を理解出来ている俺は……あぁダメだ。
これ以上考えたら完全に頭がパンクしちまうぞ……。
「……好井」
「どっきんっ!?」
「だ、大丈夫!?」
突然の声に心臓が飛び出るほどビックリした。
咄嗟に振り向くと、声から分かっていたが最近何かと喋る機会がある能登だった。
「どうした……? めっちゃビックリしたんだけど」
「……なんで一人でこんなところに?」
「そりゃ気分転換だよ。この世の不条理を嘆いていたのさ」
「……好井って本当に変だよね」
変とは失礼な……。
能登はそのまま俺の隣に立ち、同じように遠くの街並みを眺め……ボソッと呟く。
「……こういうこと、今まで出来なかったからさ。ほら、あたしたち女の中だと男って……その、色々と思う部分はあるけど憧れる部分もあるわけで……」
「……………」
「だからその……こうして隣に立つことを許してくれるっていうか、何も言わない好井は貴重というか……仲良くしたいっていうか」
……ほんと、朝の様子とはとてつもない違いだ。
これもこの世界で能登に対し、酷い言葉を口にしたりせず……そして嫌な顔せずに居るからこの反応なんだろう。
「クラスメイトだし、仲良くして悪いことはないだろうよ。気まずいよりもそっちの方が絶対に良いからな……だから能登、教室とかでも気安く声を掛けてくれて構わないよ」
「え、ほんと!?」
「ほんとほんと」
「……あはっ♪ やった!」
そんなに嬉しいのか……?
まさか、ついに高校二年にして俺のモテ期到来か!?
……って普通なら喜びまくれるのに、この状況だから……いやいや、でもやっぱり美少女と仲良く出来るのは嬉しいぞ凄く。
「ったく……なんだってんだよ」
「おうおう荒れてるねぇ」
俺と能登とも違う別の声……咄嗟に聞こえたそれに俺たちは揃いも揃って身を隠す。
屋上に何もないのはもちろんだが、意外と死角になる場所は多い。
そのおかげで俺たちは隠れることに成功するのだが……どうやら俺は咄嗟に近くの能登を引っ張ったらしく……思いっきりこちら側に抱え込むような体勢だった。
「あ……」
「ご、ごめん……」
「……ううん、そんなことないよ」
いや、そんなことありますよ。
なんつうか……表の世界だとこんなことはないのに、こっちになった途端にこういう状況が多い気がする。
あぁでも水瀬のことはあっちの世界だったもんな。
「……あっちこっち……うぜえったらねえなこの考え方」
「好井……?」
おっと、つい余計なことを口走ってしまった。
不安そうに見つめながらも、全く離れようとしない能登は……ふぅ、取り敢えずはここに来た奴を確認してみよう。
「伊藤か……」
「……みたいね。何してるのかな……♪♪」
おい、頼むからモゴモゴ動かないでくれ。
ただでさえ色々と俺を脅かす柔らかな感触とか、女性特有の甘い香りとかに襲われてるんだから!
正直なことを言えば、抱え込むような体勢になったとはいえ狭い場所というわけでもない……だから能登がそのまま離れてくれれば万事解決なんだけどさぁ!!
「それで、水瀬に別れを切り出されたって?」
「あぁ……クソ生意気にもな。俺のアクセサリーにしてやるからってわざわざ彼女にしてやったのに」
「いやいや、お前そうは言っても全然好きじゃなかったじゃん」
「当たり前だろ。ま、他の奴と違ってあいつは金にならねえしどうでも良いさ」
「ほんと、やな男だよお前はさ」
あっはっはと笑う伊藤とその友達……ほんと、会話が終わってる。
「水瀬の奴……そうなんだ」
「……………」
「あたしもそうだけど、たとえ形だけでも男の子に付き合えるのって結構な名誉だからさぁ……かなり嫉妬されてたんだよね」
「やっぱ……そうなるのか」
つうか、水瀬の奴本当に伊藤に対して別れを切り出したのか。
でもこれ……表だとどうなるんだ……?
「……あんな奴を見ちゃうとさ……あんな風に女のことを蔑ろにする奴を見たら一層思っちゃうんだよ。あんなのに比べて、好井は全然違うんだってことに」
「アレと比べられてもこっちが困るんだが……けど俺は――」
「ねえ……もしかしてドキドキとかする?」
「っ……」
能登は俺を見上げた。
ただ見上げるだけではなく、俺の胸元に自身の豊満な胸元を押し当てるように……そして何より、どこまでも自信に溢れたいつもの表情ではない不安そうで、けれども縋りたいと望むような弱々しい表情だ。
「……好井さ、ドキドキしてるんだ?」
「……俺は男で君は女……するに決まってるだろ」
「へぇ……」
その時、能登の表情が水瀬と被った。
この場合はドキドキすることはおかしなことなのに、俺はそれを抑え込むことが出来ない……当然だ。
よほどの女嫌いか、何かトラウマを抱えてもいない限り……こんな風に女子と密着したら興奮なんて当たり前なんだから。
「……能登」
「何?」
「俺は……俺はおかしいんだ」
「あ……」
ボソッと零れたその言葉……別に自分自身を貶す意味はなかったが、どうやら能登には別の意味に見えたらしい。
咄嗟に表情を変えた能登はサッと離れてくれた。
「ごめん……そうだよね。あぁううん、おかしいってのは馬鹿にするわけじゃなくて……その……ごめん。あたし、テンション上がってた」
「いや、俺も良く分かってないからな」
「そう……好井はもしかして理解者が欲しいとか?」
「っ!?」
その言葉は、あまりにも心にドクンと響いた。
「……ずっとおかしいと思ってた。最近の好井の様子はどこかおかしいなって……他の人と違うのはもちろんだけど、まるで迷った子供みたいに見えたし」
「迷った……か」
迷った子供……確かに迷いまくってはいるか。
結局、その後はすぐに能登と別れた……けれど、彼女のあの言葉は正直嬉しかった。
けど、あの優しさも表になったらなくなるのだと考えたら……ちょっと寂しくてマジかよサンキューとはならないんだよ。
「……ほんと、この世界どうなってんだよ」
明日は……どっちかね?
仮に変わらなかったとしたら、水瀬はどんな風になるんだろう。
▼▽
「亜美、どうしたの?」
「……ふふっ」
「ちょっと、さっきから笑ってばかりじゃない?」
「なんでもな~い。ただあたし、やりたいこと見つけたのよ」
「やりたいこと?」
「そう……あたしさ、全部で包み込んであげたいの」
「……何を言ってるの?」
「さあ、何だろうねぇ」
【あとがき】
忙しい中の投稿ではありますが、もし面白いと思っていただけたらお気に入りと評価などよろしくお願いします!
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