一つ目のやらかし
女性の胸を意図せずとも触ってしまうと、それは基本的に男側が悪くなるのは当然だ。
もちろんワザとじゃないし事故であっても、確実に気まずくなるしやっちまったと絶望するのは基本的にこちら側……だからこそ俺はすぐに離れたし謝った……でも、触ってしまった俺に対して逆に水瀬の方が涙目になって謝ったんだ。
「ご、ごめんなさい……私がいけないの……あぁ……お母さんに迷惑を掛けちゃう……お父さんに……っ」
「……………」
こうして水瀬が……女性が泣いていると母さんを思い出す。
俺はこの世界のことを完全に理解しているわけじゃないけど、とにかく女性の立場が弱くなることを理解している。
いつもと違って夜の間に切り替わるのではなく、こんな日中の合間に切り替わるとかいうクソみたいな事実も分かった。
(これを俺は今まで何も違和感を抱かなかったって? ありのままに生きてたっていうのかよ……ゾッとするわ)
本当に……本当に嫌になる。
けど、水瀬が泣いていて母さんを思い出したからなのか……とある一つの感情が胸に芽生えた。
それはこんな世界であっても、幸か不幸か変わらない俺だからこそ出来ることがある――こんなクソみてえな理不尽に晒される母さんを守れるのは俺だけ……そして、目の前に居る水瀬を慰められるのも俺だけだって。
「水瀬……」
「っ!?」
肩を震わせた水瀬に、俺はこう言葉を続けた。
「今のは事故だろ。むしろ謝るのは俺の方だ――ごめん、そんな風に水瀬を泣かせてしまってさ」
「……え?」
水瀬は目を丸くするが、俺は更に言葉を続ける。
ただ……俺も何だかんだ女の子に泣かれて焦っていたのはあると思うんだ……だってこんなことを言ってしまったから。
「それにこんな物を触らせてごめんとかじゃないだろ! むしろ、俺の方が役得というか……大変素晴らしい感触でした!」
この世界では元の世界と考え方が違う……だからどんな言葉がこの状況を解決し、水瀬を泣き止ませることが出来るのかと考えた結果……こんな変態的な言動が出てしまったのだ。
この言葉には流石の水瀬も先ほど以上に目を丸くして驚いている。
「嫌じゃ……なかったの? 気持ち悪いとか思わなかったの?」
縋るようなその言葉に、俺はもうどうとでもなれって感じに頷く。
「思わないよ……つうか、他の奴みたいに女性に対して悪い感情なんか抱いちゃいない。家では母さんとも仲良しなんだぜ?」
「……………」
「というか気持ち悪いとか言う奴はクソ野郎だろ。水瀬って凄く美人だしスタイルも抜群で、俺なんか手の届かない高嶺の華ってもんだぞ。他の誰がなんと言おうと俺はそう思うね!」
「え、ええええええええっ!?」
「もうね! その驚いた顔も可愛いし、前に屋上で飯を食った時に見た笑顔とかもめっちゃ可愛いし! 伊藤の野郎が羨ましいくらいだぞ!?」
ふぅっと落ち着くように一呼吸を置く。
いくら水瀬を落ち着かせるためとはいえ、こんな風に考えなしに喋りまくったのは反省だ。
でも……これって結局は水瀬に対する俺の偽りない評価なんだ。
流石にスタイルに言及するのを嫌がる人も居るだろうし、褒められて嬉しくなる人も居るとは思う……けどこの世界においては、大抵の女性は褒められたら嬉しくなるというのも分かっていることだぜ!
(こ、これってもしかしてクズ男の考え方……だったりする?)
そう思うとスッと心が落ち着いた。
ま、まあ俺ってクズ男ってほどじゃないし……というか目の前の女性に笑ってほしいっていう純粋な気持ちからなんだこれは。
「私が可愛い……スタイルが良くて……真治君が羨ましい……」
ブツブツと呟きながら水瀬は下を向く。
その様子に若干の怖さを感じながらも、同時に何か間違ってしまったのかと……まあ間違えまくりかもしれんけど……。
「好井君は……やっぱり優しいんだね」
「頼むから王子様とか言ってくれるなよ。ある意味、自分がこの世界で異端だってことは理解してる」
異端……本当に異端だよ。
(でも……何かに気付けそうな気がしてる。二つの世界におけるリセットが意味するのは……あぁダメだ――これに気付いたら……これを考えたらもっと病みそうになるかも)
もう……気付けてるかもしれないけどさ。
あぁヤダヤダ、しばらく母さんに学校には行くたくないと言って寝込もうかな……なんて思った俺に、信じがたい言葉を水瀬が口にした。
「そ、それじゃあさ……好井君は私に触れる?」
「……え?」
「おっぱいとか……触れる?」
「……わっつ?」
おっと雲行きが……じゃなくて!
突然の言葉に俺がパニックになったのは言うまでもない……しかし、動きを止めた俺を見て水瀬がやっぱりダメなんだと、俺も他の男たちと同じなんだとそんな絶望が彼女の瞳に見えた気がする。
(いやダメじゃね……? 流石に無理だろ……決して触りたくないわけじゃないし、むしろ興味ありまくりだけどそれはダメ……じゃね?)
だって水瀬にはあいつが……伊藤が居るわけだし?
ただ俺の頭は何とも都合の良い解釈をさせようとしているらしく、こっちで見た伊藤の酷い行動ばかりを思い返してしまう。
あんな酷い扱いをされたなら……こんな美少女からそんな提案をされたのなら……良いんじゃねえか俺って思った自分自身が本当に浅はかだ。
「本当に……良いのか?」
「良いよ……触れて安心させてほしい……優しいあなたに」
このヤバすぎる現状を受け入れるには、これは必要なこと……とでも言いたいのか!?
でもこれ……触った瞬間にまた世界が切り替わったりしない?
その瞬間、元に戻った水瀬に悲鳴を上げられて警察のお世話に……なんてことにならない?
「やっぱり……同じなの? 好井君は違うと思ったけど……同じなの?」
「うぐっ……」
どうして俺はこんな目に遭ってるんだろうか……。
というか既に良いのかって聞いて良いよって言われたわけだし……俺はふぅっと気合を入れるようにしながら水瀬の正面に立つ。
顔を赤くし、期待を瞳に滲ませる水瀬……まるで自分の意思に反するかのように、俺の手はあまりにも呆気なく持ち上がって彼女の胸に触れた。
「あ……」
「……………」
柔らかい……それが率直な感想だった。
運動をした後もあって汗で少し濡れている体操服、その上から感じる大きな膨らみの弾力と下着の固さ……こ、これが女性の胸なのかと半ば感動している。
「本当に触ってくれた……好井君、もしかして嬉しがってる?」
「それはまあ……いやいや、この辺で――」
「ダメだよ」
手を放そうとした瞬間、グッと手首を掴まれ……そのままスルリと肌を伝うように彼女の手は俺の手に重ねられ、強く胸に押し付けるようにしてきた。
沈む……ずぶりと彼女の豊満な膨らみに俺の指が沈み込んだ。
「あぁ……♪ 私、初めて……こんな風に男の子に胸を触ってもらったのは……この大きな胸を気持ち悪いって言わずに、嬉しそうにしてくれるのも初めて♡」
「お、おい……」
「もしかして好井君って世間知らずなのかな? だからこんな風に触れたの? ううん違う……好井君は他の男の子と違う……だって本当に心配してくれたもんね? 私と同じように体を熱くして、凄く興奮してるのも伝わるよ」
「水瀬……ちょっとストップ――」
これ以上はマズいと脳が警報を発する……というか、今まで女性経験がなかったからこそ逆上せてしまいそうなくらいに体が熱い。
「好井君は……エッチな男の子なの?」
「そりゃ男はエロいことばかり考えてんだろ」
さっきまでの体育の時間を考えりゃ……って変わったんだった!
これが本当に水瀬なのかと疑いたくなるくらい、さっきと……今まで知っていたどの表情とも違う。
絶対に逃がさないと、獲物になった感覚なのはなんだ……?
(でもそれ以上に……この手の平の感触が素晴らしすぎて情緒がおかしくなりそうなんだけどさああああああっ!!)
相変わらず、俺の手は彼女の胸に沈められたままだ。
水瀬は一切嫌そうな顔はせず、暗い瞳を俺に向けながら……本当に嬉しそうにこう呟く。
「きっと……今までの辛さは全部、あなたに会うためだったんだ……酷い罵倒も、降りかかる理不尽も全部……この時のためだったんだね♡」
これは間違いなく、大変なことをやらかしたんだと直感で理解する。
どうなるんだろう……伊藤は……そんな幾つもの考えも、今はもう何も考えられなかった。
「い、伊藤が居るのに……こんな――」
「あなたに比べたらどうでも良いよ」
……俺、謝った方が良いのかな。
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