まさかの逆転

「体育の時間、それは女子の体操服姿を眺められる至福の時間!」

「変態って思われるから止めとけよ~」


 早くも午後になり、俺たちのクラスは体育の時間だ。

 体育館での球技……俺たち男子はバスケで女子はバレーだけど、コートの数などから全員が同時に動けるわけもなく、半分以上は順番が来るまで見学だ。

 そんな中、友人が興奮した様子で女子の方を見ているせいで、俺まで変に思われないか不安で仕方ない。


「奏人、頼むからヤバイ言動は慎めって」

「分かってるよ。それでも見たくなるんだから仕方ねえ……女子にモテない俺たちはよぉ、こうやって眺めるしか出来ねえんだから」

「……それはそれで悲しいな」


 だろうと言って肩を組んできたのは村上むらかみ奏人かなと

 一年の頃から友人で、休日も一緒に遊んだりする仲……そして俺と同じく非リアを貫く同士だ。

 もちろん奏人以外にも仲の良い友人は居るが、彼らも自分の運動そっちのけで楽しそうに喋りながら女子の方を見ている。


「……………」


 とはいえ……女子に興味がないわけじゃないので俺も見てしまう。

 体育館の真ん中を仕切るように設置されているネットの向こうでは、俺たち男子の暑苦しさとは無縁の世界が広がっている。


「はい!」

「任せて!」

「ないす~!」

「すご~い!」


 ……まああれだ。

 最近の俺は色々と悩みに悩みまくっているわけだけど、奏人が言うように非リア充なのだ……つまり、女子の楽しそうな姿を食い入るように見つめてしまうのも仕方のないことだ。


「やっぱ水瀬は美人だよなぁ……あのスタイルの良さも反則だろ」

「能登とかもやべえだろ。あんなにブルンブルン揺らしてよ」

「……うちらのクラスって女子のレベル高いよな」

「それに比べて男子は……まあ一部のイケメンのレベルが高すぎるけど」

「俺ら……いつも男ばかりでつるんでて空しくならねえ?」

「言うんじゃねえよ……けど少しでも人気の女子と偶然話せても、目立つ連中が調子乗るなって顔してくるし嫌なんだけど」


 これは背後の座っている男子たちの会話だ。

 まあなんだ……うちの高校というか、クラスにも当然のようにデカい態度を取る連中は一定数存在する。

 不良とまでは行かなくても目立つ連中のことだな。

 あいつらはとにかく俺たちに対して上から目線というのもあるけど、俺たちの方がどんなことでも目立つのが気に入らないんだ。


「おっ、見ろよ!」

「あ?」


 考え事に没頭していた俺の肩を奏人が叩く。

 何だと思って見てみると、能登が上げたボールを水瀬が高くジャンプして敵コートに叩き込むシーンだった。

 ……流石、文武両道の美少女って感じだけど今の光景に男子たちは興奮しまくりだ。


「めっちゃ揺れたよな……」

「すげえ……」

「……彼氏の伊藤はあの体を――」

「止めとけって……でも羨ましいよな」

「……ワイも彼女欲しい」


 なんつうか……俺からしたらこの反応が嬉しくもあるよ。

 傍に共感出来る男子というか、仲の良い連中しか居ないからこそこういうことも言っているわけだけど、彼らも彼らでちゃんと時と場所は弁えている人たちだ。

 それは隣に居る奏人も、そして他の友人も然り。


「なあ蓮」

「あん?」

「彼女って……どうやったら出来るんだろうな?」

「……さあね」


 それが分かるなら俺も是非とも聞きたいもんだ。

 こっちではこんなでも、あっちの世界で少しでも女子に優しくしたりすればコロッと行けるのに……現実はそうもならない。

 まあ俺も良かったと思ったのは逆転した世界でも、奏人たちは女子に酷いことを口にしないことだ……まあ少し怖がってはいるみたいだけど、そこだけは少し良かったなって思う。


「最近、有芽ゆめちゃんは元気か?」

「おう元気だぜ」


 有芽というのは奏人の妹で、今は中学三年生だ。

 本当に中学生かよって思えるくらいにスタイルが良い子なんだけど、結構性格とかは子供っぽくて可愛らしい子である。

 もしかしたら……奏人に関して女子に酷いことを言わないのは、妹という存在が居るからなのかもしれないな。


「あいつ、蓮のことを気に入ってるからなぁ。うちに来る時は教えてくれって言われてるくらいだし」

「そうか……なんだかなぁ」

「ははっ、兄貴としては友人が妹と仲良くしてるのは嬉しいぜ?」


 ここだけの話、何故か有芽ちゃんに少しばかり気に入られている。

 というのも奏人と知り合って少しした頃、彼の家に遊びに行った時に浮かない顔の有芽ちゃんと顔を合わせ……そこでちょっと、学校での相談事に乗ったんだ。


『ウチ……嫌われてるのかなって』


 それは俺の身に余る相談事ではあったけど、こうしたらどうかなって俺なりに相談に乗ってそこから有芽ちゃんとは仲良くなった。

 つっても奏人の家に行った時に顔を合わせたら話をするくらい……後は一緒にゲームで盛り上がったりとかかな。


「それで……ってうおおおっ!?」

「っ!?」


 その時、物凄い勢いでバレーボールが飛んできた。

 俺と奏人の間を綺麗に通過し、一段上の椅子に座っていた男子の股間に見事命中!


「おごっ……がふっ」

「あ、死んだ」

「そりゃ死ぬわ」

「南無阿弥陀仏」


 お前らもう少し気遣ってやれよ。


「ごめ~ん! ちょっとミスっちゃった……って大丈夫?」


 ボールを取りに来たのは能登だ。

 運動した証なのか息も少し上がって汗も掻いており、綺麗な明るい色の髪の毛が肌に張り付いている。

 ……ちょっとエロいって思った俺自身をぶん殴りたい気持ちになりつつも、ボールを手渡した。


「ありがと好井」

「うい」

「それ……あいつの股間にモロ直撃した――」


 それ以上は言うなと奏人の腹に裏拳を入れておく。

 俺たちのやり取りに首を傾げていた能登だったが、特に気にした様子もなく歩いて行った。


「……能登もめっちゃ凄いよなぁ」

「だから言うなって」


 そういうのは思うだけにしとけ。

 それからも俺たちは見学するだけだったけれど、奏人がこんなことをボソッと口にした。


「そういや……俺の見間違いかもしれないけどさ」

「うん」

「伊藤の奴……一昨日、水瀬じゃない女の子と歩いてたんだよな」

「……え?」

「あいつって妹とか姉が居るのかな?」


 それは……う~ん、なるほど?

 まさか浮気……? まあ外野が騒いだところでどうしようもないし、そもそもあの二人ってあそこまでお似合いって言われてるくらいなのに……おいおい、ただでさえ大変なのにそんな情報が入ってこないでくれ。


「ま、俺たちには関係ねえか! それよりも、続きを堪能するぞぉ!」

「うおおおおおおおっ!」


 う、うるせえ……。

 しっかし……こうして見ているとある意味欲望に忠実というか、性欲みたいなのはやっぱりこっちだとあるんだよなぁ。


(そういや逆転現象に関して深く考えなかったけど……逆転して女性による性犯罪がちょこちょこ増えたりするってことは……女性の方も性欲が強くなるみたいな傾向があるのかな?)


 流石に性欲なんて確かめようもないし、ニュースを見てそれならこうだと断言も出来ない……母さんに聞くのも気が引けるし……ってそれを知ってどうなるんだって話か、俺には縁もねえし……やっぱちょっとそれは悲しいけど……悲しいけどなぁ!


「よ~し、それじゃあ今日はここまでだ」


 そんな先生の声を合図に、ちょうど時間がやってきた。

 みんなが体育館から出ていく中、それは奏人や他の友人らも例外ではない……しかし俺が向かう先はトイレだ。

 実はずっと我慢してたんだよ。


「トイレ行ってから帰るわ」

「あいよ」


 奏人にそう言って体育館に備え付けられているトイレへ向かい、しっかりと済ませてから外に出ようとして……そこで気付く。


「なんだ?」


 まだ体育館の中から音がする……そう思って覗き込むと、水瀬が一人だけ残ってボールを片付けている。

 どうやらコート上ではなく、見えづらい部分に転がっていたボールのようで……それを一人で片付けてるのか。


「水瀬」

「え? 好井君?」

「おう……えっと、片付けてるのは分かるんだけどなんで?」

「あはは……こういう所にあるんじゃないかって見回りしたら見つけちゃってね。私って家で掃除をする時とかこうだから……見つけちゃったら片付けないと満足出来なくて」

「へぇ……」


 それは随分とご立派なことで……。

 俺はすぐ水瀬に近付き、器用に持ちながらも落としそうにしているボールを三つ受け取る……だって全部で六個持ってたんだよ?


「一度で持ってくのが楽だけど流石に無理じゃないか?」

「……やっぱり?」

「段差もあるから転げたりしたら大変だろ?」

「……ありがと、好井君」

「良いってことよ」


 けど、こうして誰もやらないことを残ってしているの優しぎるだろ。

 しかしながら俺はまだここでもう一つ気付く――水瀬はこう見えて、かなりおっちょこちょいだってことに。


「……きゃっ!?」

「なにぃ!?」


 倉庫に入ってボールを片付けた後、水瀬がマットの隙間に足を差し込むようにして引っ掛かった。

 あまりにも無防備に倒れそうになる水瀬……それを見ていた俺はというと、それが不思議なほどスローに見えた。


「水瀬!」


 彼女が倒れないように、何とか腕を入れて背後から抱き留め……たのだが、俺の左腕はちょうど彼女の柔らかく立派な物を掴む。


「あ……」

「っ……」


 その瞬間、俺は終わりを予感した。

 女の子の胸を揉む……それが偶然であっても、そして事故であっても叫び声一つ上げられたら俺は……終わりだから。

 それがこの世界の摂理……この世界の理不尽、そして絶望。


「ご、ごめ――」

「う、ううん……これは事故――」


 そんな会話の中、あの感覚が俺の中にあった。

 カチッと、スイッチが切り替わる――それは本来、寝る前の夜の間に起こること。


「……え?」

「……好井君……あわわ……ごめんなさい! こんな物を触らせてしまってごめんなさい……っ! お願い……許して……っ!」

「……えぇ?」


 そ、そうなるのぉ!?


(そ、そんなパターンもあるのおおおおおおおおっ!?!?)


 ど、どうしよう……。

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