変化を受け入れよ

 今日一日、随分と長く感じた。

 それと言うのも昼休みに水瀬とずっと喋っていたから……だってあんな彼氏持ちの美少女と駄弁ることなんて滅多にないし……それにしては自分でも驚くくらいには喋れていたけど。


『……好井君は、王子様みたいだね』


 王子様だってよ奥さん、この俺がだよ?

 俺なんて王子様っていう存在からもっとも遠いってのに、今の逆転した世界で水瀬にはそう見えているのだから分からないものだ。


(つっても……これは今だけの感覚だ。また数日して元に戻ればこの会話もきっとなかったものになるはず……仮に記憶として残ったら、気持ち悪い夢でも見ちゃったとか思われそうだなぁ)


 あまりにも理不尽だけどまあ……この世界において俺が異端なんだから我慢するしかない。


「……………」


 ったく……なんで俺はせっかくの放課後をこんなに憂鬱に過ごしてるんだろうか。

 でも分かってほしい。

 だって俺はこれからきっと、この二つの相反する世界の法則に気を遣いながら生きていく……もしかしたら違和感を抱く前に戻るかもしれないけれど、それはそれで今の自分自身が消えてしまいそうで少し怖いんだ。


「……?」


 というか……だ。

 さっきから何やら視線を感じる……それも背後から。


(……誰か居る?)


 実を言うと学校を出てからしばらくした段階で気付いた。

 単に勘違いの可能性もゼロじゃないし、俺と同じでこっちに用がある人かもしれない……むしろ、そんな普通の人を怪しく思ってしまった俺自身が恥ずかしいだけだ。

 ……よし、振り向いてみよう。

 そう思っていざ、勢いよく振り向いた瞬間だった――俺にとって見覚えのある女の子が、男性警察官に取り押さえられたのは。


「は、離して!!」

「何を言ってるんだ君は。ずっと彼のことをストーカーしていたし、これは立派な犯罪だ」

「……えぇ」


 こんなんえぇって声が出ますわ。

 正義感もあるが、明らかに相手を見下した顔をしている男性警官はまず良いだろう……問題は女子の方だ。

 彼女は能登のと亜美あみ……クラスメイトの子だ。

 ここ最近、何度か俺の机にぶつかってきた子であり見た目はとてもギャルっぽく目立つ子だ。


(今の世界だと女性への当たりが強い――おそらく高校生であっても容赦なく連れて行かれちまう)


 いや……この場合は高校生であっても普通なのか?

 というかあの警官はストーカーだと断言しているみたいだが、そんなのあり得ないって断言出来る――何故なら俺だからだ。

 いつもは気が強く、今は泣き出しそうな彼女の元へ俺は向かう。


「警官さん、すみませんでした。実は学校を出てからどれくらいの距離なら気付けるかゲームをしてたんですよ。彼女は俺のクラスメイトで、そんな我儘に付き合ってくれた良い人なんです。能登さんもごめん、まさかこんなことになるとは思わず」


 こういう時、俺って意外と口が回るんだなと自分に感心する。

 能登さんは一体何を言ってるんだと驚きながらも、どこか信じられない物を見るような目をしている。

 まあ、今の逆転した世界の男は女に対して本当に酷いからな……逆転していない元の世界を知っているからこそ、何かの呪いにでも掛かっちまったんじゃないかってくらいだ。


(ま、今はそれより能登のことだな)


 俺はすぐに能登を男性から解放した。

 俺よりも屈強な見た目をした……って、まあ俺がひょろいってわけじゃないけど平均的な体型だからか、相手の大きさが目立つ。

 そんな男性から能登を引っ張れたのは、俺がストーカーされた事実を否定し、更には俺が彼女を嫌な顔一つせず庇ったからだろう。


「君、まさか脅されているのか?」

「そんなわけないでしょ。勘違いは正さないといけないし、それに彼女はクラスメイト……こんな下らないことで人生に汚点が出来るとかあまりにも可哀想でしょうが」

「こ、こんなこと……?」


 驚愕を露にする男性に背を向け、俺は能登を連れて歩き出した。

 道の突き当たりまで辿り着き、さっきの警官の姿が見えなくなった段階で改めて能登に向き直る。


「災難だった……な?」


 そう声を掛けたのだが、能登は怖いくらいに凝視している――互いに繋がれた俺たちの手を。

 目をこれでもかと開いている能登は、ゆっくりと顔を上げ……ジッと俺を見つめた……正直怖い。


「……あ、ごめん!」


 スッと、能登は手を離した。


「それで、何してたの?」

「……………」


 何をしていたのか、そう聞くと彼女は視線を逸らす。

 ……え? もしかして本当にストーカー……だったとか? いやいやそんなまさかまさか……ねぇ?


「……昼休み」

「うん?」


 ボソッと呟かれた言葉に俺は首を傾げる。


「昼休みにアンタ……水瀬と一緒に居たわよね?」

「あぁ……え、何もしかしてそこから?」

「ち、違う! そうじゃなくて……あんな風に女子と二人っきりで楽しそうにしてたんだもん。おかしいじゃんって思って……気になって……」


 なるほど……水瀬と一緒に時のことを見られてたのか。

 まあ元の世界だと彼氏持ちの水瀬と二人で弁当を食うって中々にリスキーすぎる行動だけど、今は女子と仲良くしている男子だからと能登みたいに驚愕されるわけだ。


「別に普通……じゃねえんだよな」

「普通じゃないってば……だから気になってさ」

「……………」


 本来、能登みたいなギャルと俺に接点はない。

 能登くらいに美人で人当たりも良く、おまけに水瀬以上にスタイルの良い体をしていれば男なんて引く手数多なんだろう……そんな彼女が、今はこんなにも俺なんかを気にしている……はぁ、ため息が吐きたくなるほどの変わりようだよ。


「……なあ能登」

「え? 名字……?」

「今度は何?」

「ううん……その、クソ女ってばっかり言われてたから新鮮で」

「終わってるよこの世界」


 ちなみにこれ、俺じゃないらしいので少し安心した。

 でも母さんにババアって言ってた俺も居たみたいだし、もしかしたら女子に対して酷いことを口にしていた可能性も無きにしも非ずだが……能登もそうだけど、水瀬も特にその辺のことを言ってこなかったのでなさそうかな?


「アンタ……なんというか不思議な人だね?」

「いきなり止めてくれ。俺だって色々悩んでんだ……どうしてこうなっちまったのかって、どうしてこんな世界になっちまったんだろうってずっと思ってんだよ」

「……大丈夫?」


 能登はマジで心配そうに俺を見ている。

 こういう時、頭のおかしいことを言ってるみたいな風に見られる方がまだ良いんだ……けど、こういう風に本気で心配されるからこそ意味の分からなくても男の価値がある世界なんだなって思わせられる。


(……今のまま、能登もそうだし水瀬とこうして会話をしたとしても、これが元に戻ったらリセットされてるんだろ? 逆転した時に彼女たちの中で稀有に見える俺であってもその他有象無象に成り下がる)


 ……まあ俺も男だしさ?

 ちょっとは期待とかしちゃうわけよ……けど、俺の感覚はどこまで行っても逆転はしていない……俺は普通だと思っているから、この世界で目立っても何も意味がない。


(というか考えてもみろよ。こんな意味の分からない世界で、貞操観念なんかがコロコロ切り替わるんだぞ? その度に違う人が傍に居るのは……疲れるまではいかないけどしんどいぞ?)


 ただでさえ、母さんの変化を見るだけでこう……何とも言えないもどかしさを感じるんだから。


「ちょっと好井……本当に大丈夫?」

「あぁ大丈夫。心配させてごめん」

「あ……ううん……あたし、男の子にごめんって言われたの初めてかも」

「なんだよそれ」


 つうか何度だって思うよ。

 こうして逆転すると記憶とか、世界の流れなんかも変わるのにどうして破綻しないんだろう……なんだかもうホラーじゃね?

 それから決して普段は見せてくれないような笑顔を浮かべる能登と別れ帰宅……の前に、近所の主婦がこんな会話をしていた。


「最近、好井さん凄くご機嫌よねぇ」

「ほんとよねぇ……何かあったのかしら?」

「さあね。でも……あんなに幸せにしてるのはムカつくわね」


 ……ほんと、この世界終わってるよ。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい!」


 家に帰ると母さんが凄い勢いでリビングから顔を出す。

 そのまま俺に駆け寄り、お疲れ様と言って鞄を受け取った。


「何もなかった……? 変な人に声を掛けられたりしなかった……?」

「全然大丈夫だよ。今日の晩御飯は?」

「今日はシチュー……かしら。あなたの好きなモノにしたの」

「あ、ありがと」


 こっちの母さんは凄く優しい……いや、元の母さんももちろん優しいけど少し度が過ぎている。

 敢えて言うならば、少し愛が重たくなっている気がするのは……気のせいかな?


「……誰かと話していたの?」

「え? あ~……友達だよ」

「そう」


 ……後、少し怖い

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