決着
「おい、何を探してるんだ?」
男の声は後ろから聞こえた。気が付くと幽霊は目の前に立っていて、悲しそうな顔をしている。その時に気付いた。そうか、この幽霊は盗人が来ている事を教えてくれようとしていたのだ。助けようとしてくれていたのだ。
私を捕まえたのは、昼間の男に違いなかった。私たちを見張っていたのだ。
「諦めろと言っておいたはずだがなぁ」
雪平は言いながら匕首を抜く。だがそれ以上は動けない。私が捕まってしまったからだ。
「抜け駆けは許せねぇよなぁ」
「おいおい、悪人と一緒にしてくれるなよ。盗品はお役人様に届けなけりゃ」
「そりゃなおさら悪いじゃねぇか」
男は私の首を鷲づかむ。思わず咽る。
「捨てろ」
雪平は渋々と、言われたとおりに匕首を捨てる。男はそれを拾った。
私の首に刃があてられる。ツーっと血が流れた。
「この仕事に失敗したら困るんだよ。な? 分かるだろう」
この男が人間でさえなければ蛇になって逃げるのだけれど、まったく面倒なものだ。
雪平が足元の欠片を足先で動かそうとしているのに気付いて、私は少し右側に身じろぎした。
けれど男に見咎められ「余計な動きをするな」と窘められてしまう。
「変な事をすると首がスパッと行くぜ」
けれど、男の方も物を見つけなければいけない。どちらも身動きが取れないのだ。
ふと周りを見回して、安次郎がいない事に気付いた。おさよは階段の下に猫の姿で隠れていて、まだ見つかっていないようだった。
「まだ見つけてはいないようだな。おい、この女を殺されたくなきゃ、さっさと探せ。金の仏像だ。布に包んであるはずだ」
雪平は探すふりをしながら機会をうかがっているようだった。
それは幽霊の方も同じだ。未だにこちらを心配そうに見ている。
「私も一緒に探した方が早いんじゃない?」
「人質が逃げちゃ敵わねぇからな」
どうにも、放すつもりはないらしい。
そこへ、足音が近づいてきた。そして、外から声がする。
「お役人様! こちらです! この空き家からです」
「ちっ」
一瞬、驚いた男が私の首から刃を放した。
その瞬間を、幽霊も雪平も見逃さなかった。
二階から赤い着物が風に乗って飛んできて、バサッと男の顔にかぶさる。そこへ雪平が突進して男を突き飛ばすと、やっと私は自由になった。
じたばたとしていた男は、雪平が首元を殴ると静かになった。
「ありがとう」
そう言うと、幽霊は笑って消えていった。
「どういたしまして」
「え?」
「え?」
「あぁ、そう。そうね。雪平さん。ありがとう」
幽霊の事は、私だけの秘密だ。
「それにしても」
私は外に目を向ける。あのお役人様を呼ぶ声は安次郎だ。まさか呼びに行ってくれていたなんて。そう思って待っているが、一向にお役人様が入ってこない。
「あら?」
私が首を傾げると、雪平は笑った。
「役人なんていないよ。あれは安次郎の一人芝居さ」
「え? そうなの?」
すると「そうさ」と言って安次郎が入ってきた。
「俺の機転で助かっただろう? 感謝しろよ。お前は本当に馬鹿なんだからな」
「あんたはすぐにそうやって馬鹿にして。でも助かったわ。ありがとう」
「別にいいさ。それにしても、さすがにこれ以上、ここは使えないな」
「どうするんだい?」
雪平が聞くと、安次郎は困ったように眉を下げ
「また別の場所を探すさ。俺たちはそうして隠れてしか一緒にいられないからな」
「ねぇ、あんたは私の気持ちが分かるくせに、どうして私を馬鹿にするの?」
ふと気になって聞いてみたのだが、安次郎は見下すような腹の立つ格好をして答える。
「そんなに好きなのに、ちゃんと捕まえとかないなんて馬鹿だって言っているのさ」
そう言われると何も言えなくて、私は黙って俯いて顔を赤くするのだった。
「何の話だい?」
「何でもないわよ。それより、この人どうするの?」
「お役人様に突き出すさ。盗品と一緒にね」
雪平はそう言って階段の下を見る。
「そういう事だから、その仏像を諦めて渡してくれないかな、おさよ」
「嫌よ! これは私が見つけたんだから」
なんと、おさよはあのどさくさで仏像を見つけていたのだ。その執念には恐れ入る。
「おさよ。お願いだよ」
「嫌ったら嫌! その人だけ差し出せばいいでしょ」
「困ったな」
結局、雪平が引っかかれながら、おさよから仏像を毟り取って事なきを得た。
二人は初めから居なかった事にして、私と雪平の二人でお役人に知らせ、仏像を渡して帰り道を急ぐ頃には空が白々と明け始めていた。
歩きながら、私は安次郎に言われた言葉を考えていた。
これだけの美丈夫だ。引く手は数多であろう。ただ、都合のいい事に本人にその気がないのだ。けれど、それもいつまで続くか分からない。
「あのね、雪平さん」
「ん? どうしたんだい、おさくちゃん」
雪平は私の首の傷を悲しげに撫でる。
「あのね、言いたい事があるの」
私は覚悟を決めた。
「ちゃんと言わなきゃいけないんだけれど、私、あなたの事を慕っているの。私は愛とかよく分からない。でも愛じゃないのよ。そんな綺麗な物じゃないの。ただ縋りたいの。あなたはとても素敵な人だと思う。だから縋りたくなってしまうのよ」
すると初め目を見開いた雪平は、それから優しく笑って「嬉しいよ」とだけ言った。
「でも私、人間じゃないのよ。正しく人ではないし、正しく蛇でもない」
「それでも、美しいと思うよ。どこまでも真っ直ぐなおさくちゃんは、美しいと思うよ」
「それじゃあ、私の事……」
「あぁ。これからもよろしく。おさくちゃん」
もう、安次郎が馬鹿にしに来ることはないだろう。
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