原因
「それで、一体どういう訳なの?」
私たちは三人とも人の姿に戻り、今度は四人で話をする。烏の人間の姿は初めて見たけれど、どこにでもいそうな若旦那風の優男だ。
「つまりね」
自己紹介が終わり、話し出したのは雪平だった。
「ここに幽霊なんていないんだよ」
「分からないわ。どういう事?」
「二人はね、ここで逢引きをしていたんだ。だから他の人に来られちゃ困る。だから幽霊が出るなんて噂を流して人を遠ざけた。それでも来る僕たちみたいな奴は、今みたいに脅して追い返していたって訳さ」
二人は居心地悪そうに目を逸らす。
「なんて迷惑な話なの。幽霊だと思って本気で締め上げちゃったじゃない」
「本物の幽霊になるかと思ったわよ」
猫のおさよは首をさすりながら私を睨む。
「何よ。脅す方が悪いんじゃない。私は悪くないわよ」
「馬鹿力。これだから蛇って嫌いなのよ」
「なんですって⁉」
「大体、体のある幽霊なんている訳ないじゃない。気付いても良さそうなものでしょう」
「私が馬鹿だって言いたいの⁉」
「まぁ、まぁ。落ち着いて」
今にも獣の姿になりそうな私たちを宥め、雪平は話を続ける。
「ここまではあっているかな?」
烏の安次郎が控えめに頷く。
「俺は烏。おさよは猫。身内にはよく思われないんだよ。だから内緒で会っていたんだ」
「何よ、あんただってこんな事してるんじゃない。私の事いつも馬鹿馬鹿っていいながら」
「俺はまだ相手が化け者だからいいのさ。お前は馬鹿だよ」
だって、と安次郎が続ける。
「人間とは寿命が違うだろう。化け者は二百年も生きるんだから」
「え?」
知らなかった、なんて言って信じてもらえるだろうか。本当に知らなかった。化け者がそんなに長く生きるだなんて。長生きだとは聞いていたけれど、いくつまでとは知らなかった。
そうなると、まだ若い私は雪平を看取らなければいけないのか。
「へぇ、そんなに長生きなんだな、お前たちって」
私の気持ちなんか知らない雪平は、軽く返事をする。
「それよりお前たち、これからどうするんだ? ここは少し有名になりすぎたぞ」
雪平の言葉に、安次郎が溜息を吐く。
「そうなんだよな。いやな、俺たちだって考えなしでここを選んだわけじゃないんだ。怖い話を広めれば人は近寄らないと思ったんだよ。その為には本当に何かあった場所がいい」
ここでは、本当に物盗りの事件が起きていたらしい。父と母と娘。いたって普通の、どこにでもあるような大店の油屋の店主一家。店近くに構えた自宅での事。四人の盗人が押し入ってきたという。霧雨の降る夏の夜の事で、一家がどれだけ声を上げても誰も助けに入らなかった。結果、一家は皆殺しにされてしまったのだ。
中でも酷かったのがまだ七つだった娘で、首を皮一枚でつないでみたり、足を落としてみたり、まるで弄ぶようだったという。
それ以来、周りの住民は罪悪感も手伝って皆引っ越していった。
それからだ。ここに女の子の幽霊が出るという噂が立ったのは。
「大家もいない、完全な空き家になっちまったし、もちろん買い手もつかない。それでここに目を付けたんだ」
安次郎は言った。
「噂は女の子ってだけだから、私が幽霊のふりしてもいけるんじゃないかって、安次郎さんが言うから。私は嫌だって言ったのよ」
おさよは口を尖らせ、所在無げだ。
「なるほどな。それで、そのうちに後ろ暗い奴らが使うようになったんだな。人の来ない空き家はそういう奴らにとっても都合がいいからな」
「そうさ。それで、俺たちはその度に脅かして追い返していたんだ。お前たちは子供たちの遊び場として危なくないか見に来たんだっけか?」
「あぁ。それもあるが、とある盗人がここに盗んだ物を落としてしまったらしい。そのままにしておくとまた来るだろうから、それを回収しに来たってのもある」
「盗人? 誰だろうな。たくさん来るから分からないや」
「すごい金になる物らしいから、見ればわかると思うんだが」
雪平がそう言うと、おさよの顔つきが変わる。
「金になるの? いくら?」
「お役人に届けるのよ。私たちの物じゃないわ」
私が言うと、おさよは鼻で笑って
「あんた、そんなんだと人の世で生きていけないわよ。馬鹿正直でいても生きていけるのは子供のうちだけよ。拾った物は拾った人の物なのよ」
すでに目を血走らせている様子を見ると、安次郎が何故おさよを選んだのか理解ができなかった。もっと優しい女もいただろうに。
「おさよ。盗んだ物なんて危ないからやめようよ」
「気の小さな事を言うんじゃないわよ。探すわよ。ほら」
このざまである。見事に尻に敷かれている。人の好みとは分からないものだと思うと同時に、私を馬鹿にしに来る安次郎の気持ちが少し分かった気がする。
私たちはそのまま、四人で盗人の落とし物を探す事になった。
「階段で脅かされたのならこの辺りよね。どいて頂戴。ここは私が探すのよ」
おさよに追い出され、私は土間の方へ行く。暗いので分からなかったが、よく見ると拭き取られた血の跡のような黒いものが見えた。皿や水瓶が割れ、ここでも激しい攻防があった事がうかがえる。
裏口へつながる戸には穴が開き、肌を刺すような隙間風がヒューと吹き込む。
私は割れ物に気を付けてしゃがみ、高価そうな物を探した。高価な物とは何だろうか。掛け軸、壺、置物、根付に印籠なんて可能性もある。
そんな事をしていると、足が見えた。片足立ちしているらしく、右足しか見えない。
誰か様子を見に来たのだろうか? そう思ったが、その足は小さすぎた。
誰だ? そう思うと悪寒が止まらない。
私は下を向いているので足しか見えないが、とても上を向く気にはなれなかった。
すると、その足がピョコッピョコッと近づいてきたのだ。
思わず仰け反った拍子に全体が見えてしまった。
可愛い女の子だ。七歳くらいだろうか。ただ、その首は皮一枚でつながってぶらりとぶら下がっているし、左足はない。ポタッポタッと落ちる雫は血だろうか。
キャーと叫んだつもりで、まるで声が出なかった。
私が走りだすと、その女の子の幽霊も速度を上げる。ケンケンで進める速さではない。
「おい。走って転ぶと足を切るぞ」
雪平が笑ってそんな事を言っているあたり、この幽霊が見えていないのだろう。
助けてって言おうとする喉が空気だけを吐き出す。
どこをどう走ったか分からないけれど、私は首元に冷たい手の感触がして身の毛がよだつ思いがした。捕まった。もう駄目だと思ったら、背後から声が聞こえた。
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