浮浪者の鼬

 それから私たちは、少し早めの昼飯をご馳走になって仕事を探す為に町に出る事にした。

 謎解き屋の看板を置いて道端に座っているだけなのだが、部屋で黙って待っているよりも仕事が来る可能性がある。

 今日は釣り人で賑わう河岸に狙いを定める事にした。

 しかし、しばらく経っても声をかける人は現れない。

「よく考えたらさぁ」

 雪平が欠伸をしながら言う。

「釣りになんか来る人たちは思い悩むような謎がないから釣りしてんだよな」

「それもそうかもしれないわね。どうする? 場所を変える?」

「んん、そうだなぁ……」

 すると、どこからともなく「おーい、おーい」と声が聞こえた。

「今誰か呼んだか?」

「そんな気がするけれど」

 私たちがキョロキョロとすると、また声がする。

「こっちだよぉ。松の木の方さ」

 川と反対の林の方を見ると、確かに松の木が無数に生えている。その中の一つからひょこっと顔を出すよれた男がいる。

 私たちは顔を見合わせ、その男のもとへ近づいて行った。男の方も手招きをする。

「良かった。気付いたな」

「気付いたけれどさ、出て来たらいいじゃないか」

「それができないから呼んだんじゃないか。なぁ、あんたら蛇だろう? そっちの娘は新しく山から下りたおさくだもんな。人物帳で覚えたばかりだから忘れないぜ。なぁ、助けてくれよ。頼むからさ」

 私が、この人は蛇じゃないと言おうとすると、雪平がそれを止めた。

「それで、お前は?」

「俺は鼬の蔵之介ってんだ。よろしくな」

「それで、どうしてこんな所に隠れているんだ?」

「それがさぁ、俺は気付いちまったんだよ。鼬の姿になれば少しの食い物で腹がいっぱいになるだろう? それも木の実とかでいいんだ。そんで遊びたい時には人の姿になればいいのよ。なぁ? すごい発見だろう」

 いわゆる浮浪者である。なるほど、このよれた見た目にも納得がいった。

「それで?」

「それでさ、そんな風に生きてるもんだから俺、鼬の中じゃちょっと有名でさ」

 それは悪い意味で有名なのだろうと言うと話が進まなくなりそうなので、私は言葉を飲み込んだ。

「きっと皆、俺の事が羨ましいんだぜ。羨ましいなら皆やればいいのにな。俺は楽しいぜ、遊ぶ金の分だけ働けばいいだけなんだからな。それも賭場で稼げれば最高なんだがな、そううまくはいかなくてな。仕方がないから日雇いの荷運びなんかをしているんだ」

「もっと端的に話せないか」

 雪平が薄ら笑いを浮かべる。

「そうかい? そうだなぁ。そうすると、仲間たちから動物殺しを疑われてるんだ」

「動物殺し?」

「あぁ。猫とか犬とか鳥とかな、いろんな動物が死んでる事があったんだ。ちょっと普通じゃないだろう? だから殺しだろうって事になって。そんで、どうせそんな事をするのはあいつだろうって言われてさ……」

 蔵之介は肩を落としてシュンとする。

「先ず聞きたいのは、やっていないんだな?」

「当たり前さ! 俺はそんな屑じゃないぜ」

 蔵之介は胸を張って見せる。

「それでよぉ、謎解き屋ってのはどんな謎でも解いてくれるのか?」

「もちろんだ。謎であれば事件でも、絡繰り細工でも、人探しでも何でもいいぞ」

 雪平がそう答えると安心したのか、蔵之介は「そうか」と言ってへたり込んでしまった。

「すまんな。ここしばらく仲間たちから逃げ回っていたもんで、疲れてんだ。それよかさ、頼むよ。俺を助けてくれよ」

「あぁ、その謎、承った」

「よし。これで助かる!」

 しかし、と雪平が言うと、蔵之介は拳を握ったまま顔を上げた。

「俺は人間だが、問題ないか?」

「な、な、な⁉」

 蔵之介が後ずさる。まったく雪平は何を考えているのだか、本当に信じられない事をする。

「確かに私は蛇だけれどね、こっちは人間なのよ」

「な、なんで最初に言わないんだよ。どうするんだよ、喋っちゃったじゃないか」

「大丈夫よ。この人は化け者の事を知っているから。でも、他の人にはその事は内緒ね」

「当たり前さ。化け者の事を知っている人間がいるだなんて知れたら大騒ぎだぜ」

 蔵之介は胡坐をかき、腕組みをして考え込んでしまった。

「それで、どうするの?」

「ちょいと待ってくれ」

 しばらく待っていると、蔵之介は膝を打って立ち上がる。

「よし。俺は決めたぞ。お前に頼む、謎解き屋」

「いいのかい? 人間だが」

「それよりも今は犯人を捕まえてくれるかどうかが重要だ。そうじゃないと俺は逃げ続ける人生を送る事になるからな。頼んだぜ」

「あぁ、分かったよ」

 何故だか、雪平は満足そうに笑っている。こちらは冷や汗をかいているというのに、呑気なものだ。


 とにかくという事で、蔵之介が住まいにしているという破れ寺の周辺で彼について聞き込みをする事になった。

「なんで俺の事を聞かなきゃならないんだよ」

 蔵之介は不満そうだ。

「そりゃあお前、本人の話だけを信じる訳にはいかないからな。先ずはお前の人となりを知らなけりゃ。それから当日の足取りだな」

「分かったよ。好きにやってくれ」

 口を尖らせる蔵之介に、雪平は「形だけだから」と笑った。

 こうして楽しそうにしている姿を見ると、この前の夜に見せたグチグチとした弱い姿は夢だったのではないかと思ってしまう。

 しかし、あっちもこっちも雪平で間違いはないのだろう。思い悩むし、弱音も吐くし、僻みもする。どうにも人間と化け者の違いなんてないように思える。

 何故、先人は人と交わってはいけないなんて言ったのだろうか。あるいはその後に捻じ曲げられただけで、本当は人と関わる事までは禁じていないのではないか。

 だって、私たちは人間の世に生きているのだから。

 こうして私が物思いに耽っている間にも聞き込みは進んでいく。

 私たちは仲間から疑われているという蔵之介を破れ寺に残し、二人で歩く。

「あぁ、あの人ね。働いていないんでしょ? 賭場にも出入りしているしおかしな仲間もいるし、ろくでもない人らしいわよね」

 ある主婦はそう言った。

「あの浮浪者? あんな場所に住みつかれちゃ迷惑なのよね。すぐに酔っぱらって大声を上げるし。うちの子が起きるから困るのよ」

 次の母親は目の下に隈を作って憎々しげに言った。

「あらやだ、やっぱり何かあったの? そのうち何かやらかすと思っていたのよ」

 次のお婆さんはそう言ってお祈りを始める。

「なんとなく分かってはいたが、酷いな」

「えぇ。これほどとは思わなかったわ。でも信じるんでしょ?」

「あぁ、信じると決めたんだ。あいつがやっていないと言ったのだから」

 人間にとってはただの動物殺しでも、私たちにとっては同族殺しなのだ。重みが違う。

 雪平は唇を嚙み締めた私の頭を撫で「大丈夫」と小さく呟いた。

「よし。次は当日の足取りを追うか。確か三日前だったな」

「賭場で勝って、よく行く飲み屋に寄ったのよね」

「そうだったな。その飲み屋へ行ってみよう」

 しかし調査を進めれば進めるほど、蔵之介の立場は危うくなっていったのだ。

「三日前? あぁ、蔵之介さんなら確かに来たよ。あの日は店の外に切り殺された狸が捨てられていてね、一緒に見つけたからよく覚えているよ」

 それは飲み屋の店主の証言だ。

 それから賭場へ。でも私は置いて行かれたので戻ってきた雪平から聞いた話なのだけれど、三日前に蔵之介が来て勝って帰った事は間違いないらしい。

 だが、問題はその後だ。賭場のある林の中に様々な動物の死骸が落ちていて、掃除が大変だったと賭場の主がぼやいていたらしい。

「賭場の人がよくそんな話までしてくれたわね」

「僕は顔だけは広いからね」

 言いながらも、雪平の顔は沈んでいる。

 そして当たり前のように、蔵之介が時々働いているという荷運びの店、そこの港でも烏の死骸が見つかったという。


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