根付はどこに
結局、口入屋のおふたの部屋に龍の根付はなかった。
「これで、あたしの疑いは晴れたのかしら」
「まだだな。古道具屋に売っちまったって事も考えられる」
「そんな暇はなかったわよ」
おふたは口をとがらせる。
「そ、それじゃあ、おいらがこの辺りの古道具屋を回るよ」
そう言ったのは茂助だ。
「お前が?」
「そうさ。おふたちゃんの為ならそのくらいどうって事ないさ。一人でいいから気にしないでくれよ。じゃあ行ってくるよ。また後で、ここでな」
それだけ喋ると、茂助はすたこらと走って行ってしまった。
「まぁいいか。それじゃあ、僕たちは妾部屋に戻ろうか。まだ見逃している事があるかもしれないからな」
部屋に入ると雪平は、まるで見る物が決まってでもいるかのように例の長持に飛びついた。そして触れてみたり、火を近づけてみたりして眉間に皺を寄せている。
「どうなの?」
私が思わず聞くと、雪平は「色々と分かったぞ」と唸る。
そして立ち上がり、今度は鏡台の前に移動する。そうして並んでいる簪をいくつか手に取ると、一本を選んだ。
「見ろ、この簪。先の方が傷だらけだろう」
「本当じゃない! 何これ。あたしお気に入りだったのに」
私が返事をする前に、おふたが雪平の手に飛びつく。
「それとこっちにも傷がある」
雪平が示したのは長持の仕掛け用の穴だった。火で照らしてもらうと確かに傷ついているのが見えた。
「これがどうかしたの?」
「普通に仕掛けを解いたんじゃあ、こんな傷はつかない。犯人はこの簪で無理やり仕掛けを解除したんだよ。つまり、仕掛けの解き方を知っていたおふたは犯人じゃない」
「やった!」
「喜んでばかりもいられないぞ、おふたさん。犯人はまだ分からないんだからな。けどだいたいの人物像なら予想がつく。犯人はそこそこ器用で、焦りやすい。それから他の根付に手を付けていないところを見ると、ただの盗人じゃあない。一先ずこんなところかな」
「へぇ、謎解き屋さんって凄いのね」
おふたは雪平にしなだれかかり、明らかに色目を使っている。しかし、雪平がそれを歯牙にもかけていないのは見ていて小気味いい。
「そうかい。とにかく犯人を見つけた方が早い。今度は外を回ろう」
「ここからの調査は私と二人でいいでしょ。部屋を案内してもらう必要もないんだから」
「あぁ、そうだな。では出かけるか」
雪平の返事に唇をかむおふた。私はそこへ満面の笑みを向けてやった。
外へ出たが、雪平はうろうろするばかりで一向に聞き込みやら足跡を追うような調査らしい事をしない。焦れた私は、雪平をせっつく。
「ねぇ、調査しないの? 犯人の足跡とか追うんじゃないの?」
「こんな往来にはいくつもの足跡があるものさ。それよりも、僕が探しているのは別にあるんだよ」
「一体、何を探しているの?」
「きっとこの辺りに……お! いたぞ」
何故そこにいるのが分かったのか、雪平は店の前に座って餡団子を口いっぱいに頬張る茂助を見つけ出したのだ。
「呆れた人ね。こんな所でさぼって」
「面白そうだ。ちょっと後をつけてやろうじゃないか」
雪平は居たずらっぽい笑みを浮かべて草陰に屈む。
「ちょっと。調査はどうするのよ」
「ちゃんとやるさ。まぁ、気にせずに付き合ってくれよ」
「こっちもこっちで呆れた人ね。でも、確かに面白そうだわ」
「そうだろ? ほら、屈まないと見つかっちまうぞ」
雪平はスッと私の肩を抱くようにした。思わず高鳴る鼓動を収めるため、私は何度も生唾を飲む。もちろん、茂助の事なんかもう見えていない。
この相手が蛇、せめて他の化け者であったならまだ良かったのだけれど。
そのあと茂助は、私たちが見ている事も知らずに土手で昼寝をかまし、町をふらつき、野良猫と遊び、一向に古道具屋に向かう気配はない。
時々何かぼぅっと考え事をするような仕草もするが、道の真ん中に立ち止まるものだから通行人に怒鳴られて路地に隠れる。
「あいつ、おふたさんを好きって言っていたのは嘘だったのかしら」
「どうだろうな。嘘には思えなかったが」
雪平はそう言うが、私は嘘にしか思えない。私なら好きな人が疑われていたらじっとしてなんていられない。まして遊びまわるなんてありえない事だ。
そんな事をしていると、茂助はようやく一軒の古道具屋に入った。
そこは看板も古びていて物が散乱しているような店で、とても十両の根付があるようには見えなかった。
とは言えようやく茂助が仕事をしようとしている。そう思ったのだが、茂助は店主のお婆さんの所へは行かず、店を見て回っている。
先ずは自分で探そうというのだろうか。
そう思っていると、雪平が首を横に振る。
「あいつ、どうやら仕事をするために店に入ったわけじゃないらしいぞ」
「どうして、そう言えるの?」
「あいつが見ているのが手鏡や櫛に簪だからさ。きっとおふたへさんへの贈り物を探しているんだろうな」
どうしようもない奴である。私は思わず溜息を吐いた。
しばらくすると茂助は、簪を一つ買って店を出てきた。私たちはそこをとっ捕まえる事にする。
「な、なんで⁉」
私たちがパッと目の前に飛び出ると、茂助はあからさまに慌てて後ずさる。
「何でじゃないだろう。調査はどうしたんだよ」
「え? していたさ。これは、ほんのちょっと息抜きに」
「餡団子は美味かったか?」
「美味かったなぁ。甘すぎないこし餡が何とも言えなくて」
そこまで喋ってからしまったと気付いたらしい茂助は固まってしまった。次の言い訳を考えているに違いない。
「そのあとは土手でお昼寝でしたっけ? 一体、いつ調査をしていたんでしょうね」
「そ、その……あの」
しばらく口をパクパクさせていた茂助だったが、急に「覗き見なんて酷いじゃないですか」と言ってきた。方向性を変えたらしい。
「僕たちは自分の仕事を終わらせてきたんだ。おふたさんの為なら何でもするだろうと、お前を信じた僕が馬鹿だったようだな。古道具屋の調査はこちらでしよう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。おいらには、どうしてもおふたちゃんが盗みをするとは思えないんだ。だから古道具屋に根付があるはずもないんだよ」
「おふたさんの疑いなら晴れたぞ」
「え⁉」
「それでも古道具屋の調査は必要だ。他の誰かが盗んだって事だからな」
「そ、そんな……」
「なんだよ。嬉しくないのか?」
「嬉しいに決まっているだろう! でも、その……おいらたちが寝ているところに誰かが忍び込んだんだと思うと、怖くて」
茂助はぶるぶると震えて見せる。
「まったく、本当にどうしようもない奴だな。女より自分の事か」
「そ、そんな事はない。おふたちゃんの事だって心配していたさ。本当だぞ。だから少しでも元気づけようとこうして贈り物を買って」
「仕事をさぼっていたわけだな」
「いや……だって……」
「ほら、行くわよ。あんたがさぼった分、今から働かせてやるんだから」
私たちは嫌がる茂助を引き連れて、あたりの古道具屋を残らず回って龍の根付を売りに来た者がいなかったかと聞いて回った。
しかし、日の暮れるまで探してもどこにも龍の根付はなかったのである。
一体、龍の根付はどこにあるのだろう。頭をひねる私とは別に、雪平は何やら鋭い目つきをしているのだった。
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