女の好み

 雪平が妾部屋で待っていろと言うので、私たち三人は大人しく待っていた。特に関りがあるわけでもない私だけが除け者といった感じで、二人はいちゃついている。

 よくもまぁ、他人の男の用意した部屋でいちゃつけるものである。

 しばらく待っていると、息を切らした雪平が帰ってきた。

「おかえりなさい。何をしていたの?」

「いや、そんな事よりも腹が減ったな。どうだい、四人で食べに行かないか」

「この四人で?」

 私が驚くと、二人も同じ顔をしていた。

「僕が奢るからさ。いいだろう? 美味しい店を紹介してくれよ」

「そう。それならいいわよ。付いていらっしゃいな」

 現金なもので、おふたはニコニコ顔で歩き出す。もちろん、おふたがニコニコなら茂助もニコニコである。

 そんな事よりも私は雪平が息を切らしていた理由が気になって仕方ないのだが、雪平は話す気がなさそうだし、前の二人は気にもしていない。

 私は諦めて今晩のご飯について考える事にした。


 私たちが入ったのは、なんとあの弥太郎の両親のやっている狐主人の店だったのである。

 初めはひやひやしていた私だったが、匂いを嗅ぐとどうやら人間の客も普通にいるらしいと分かって安心した。獣の匂いは獣には分かってしまうのだ。

 私たちが隅の座敷に座ると、すかさず狐主人が雪平のもとへやってきた。

「おや、謎解き屋さん。先日はお世話になりましたねぇ。今日はゆっくりして行って下さい」

「あぁ、ありがとう」

 落ち着いてから確認してみると、どうも並びが変である。

 何故かおふたの隣に雪平が座っているのである。茂助は真正面からおふたを眺められて幸せそうであるが、何かおかしい。

 腑に落ちないまま大根の煮物を口にする。

 これである。江戸に獣たちが居付く理由の大半がこの美味い飯である。かくいう私も、これを楽しみにして来たのだ。味噌をつけた大根の美味い事。こんな物は人間でなくては食えっこない。料理をするという事のなんと素晴らしい事か。

 そこに目を付けた狐は、やはり商売の才能があるのだろう。

 そうこうしているうちに、雪平はおふたに酒を注ぎ始めた。まぁ、そのくらいは誰にでもするかもしれないと、私は気にもしない。それよりも炊き込みご飯である。

 すると、雪平はおふたの肩に手をかけて楽しそうに笑いかけるのだ。

 これはどういう事だ。私は箸が軋むほど握りしめた。

 そのあとも雪平の奇行は続いた。

 優しく頭を撫でたり、一つの料理を二人で食べたり、お手洗いが危ないからと付いて行ってあげたり、それはもう目に余るほどである。

 その間茂助は何をやっていたかというと、嫉妬のし過ぎで酒が進んでぐでんぐでんである。私には、まだ若いからと酒が注がれなかったのが幸いであった。

 いちゃつく二人と嫉妬する二人という構図は他の客の目を引いたらしく、私たちは注目の的であった。それをキッと睨んで黙らせると、私は一人でやけ食いをする。

 さらに二人がお手洗いから戻ってくると、雪平はこんな事を言った。

「おふたさん。今日はうちに泊まるといい」

私が思わず「なんですって⁉」と声を上げると「なんだって⁉」と茂助の声が重なる。

 おふたはしたり顔でこちらを見る。それが余計に私を苛立たせる。

「だってそうだろう? 犯人はおふたさんの部屋に忍び込んだんだ。おふたさんに顔を見られたかもしれないと怯えているかもしれないだろう。そうしたら消しに来るかも」

「だ、だからって何で雪平さんの家に……」

「僕ね、こう見えて結構強いんだよ」

 雪平は力こぶを作って見せる。

「僕はね、心配なんだよ。ねぇ、いいだろう? おふたさん」

「まぁ。嬉しいわ。雪平さん」

「お好きになさったら!」

 私がついつい大きな声を上げて周りの注目を集めると、雪平が足の先でちょんちょんと私に何やら合図をした。

 よく分からないが、ここでは何も話せないだろうと、私は一計を案じる。

「優しい雪平さんは、私のお手洗いにも付いて来て下さるんでしょうね」

 私はわざとらしく怒って見せる。

「もちろんさ。さぁ、お手をどうぞ、お嬢さん」

 外へ出ると、雪平は「そんなに怒らないでおくれよ」と頭を撫でる。

「雪平さんて、ああいうあからさまな女の人が好きだったのね。知らなかったわ」

「違うんだよ。僕はおふたさんに惚れているわけじゃないんだ」

「あら、惚れてもいない女の人の肩を抱くのかしら? とんだ人ね」

「これは作戦なんだ」

「作戦? 一体何の作戦なの?」

「考えても見てごらんよ。僕たちは一番怪しい人物を疑うのを忘れているんだよ」

 私が首をかしげると、雪平は「茂助は怪しいだろう?」と言った。

 そうだった。言われてみると確かに、茂助は怪しいのだ。あの晩も一緒にあの部屋にいたのだし、おふたが好きだという割には仕事をしないでさぼっていた。

 それを、ただ臆病者だというだけで犯人から外して考えてしまった。

「僕はね、茂助はまだ根付を持っていると思うんだよ。後で始末しようと思っていたら、十両と聞いて怖くなって処分できなくなってしまった。だから隙を見て返そうと思っているに違いないんだ」

「でも、あの人は臆病だから人目があると動けないのね」

「そう。だからさんざん嫉妬させて、根付さえ返せばこの状況が終わるという話にしようと思うんだ。すると、おふたが大好きな茂助は返しに来るに違いないってわけさ」

「なるほどね。それであんな事をしていたの」

「そうだよ。僕が軽い男じゃないって分かってもらえたかな」

 シュンと肩を落とす雪平が可愛らしくて、私は思わず微笑んだ。

「分かったわ。私は何をしたらいいの?」

 そう言うと、雪平はぱぁっと笑顔になった。

「おさくちゃんには、いざという時のために蛇の姿になって僕の懐に潜んでいてほしいんだ。あと、部屋を貸してほしいんだけど、駄目かな?」

「護衛って訳ね。そのくらいならお安い御用よ」

 私は嫉妬の反動で判断が鈍っていたのだと思う。いつもなら女将に見つかるんじゃないかという事が一番に浮かぶのだけれど、この時は何にも思い浮かばなかったのだ。

「ありがとう。さぁ、怪しまれないうちに戻って一芝居打とうじゃないか」

「芝居?」

「そうさ。根付を返すように仕向けないと」

「でも、いつ、どこに返しに来るのかしら?」

「そりゃ、僕たちの芝居次第で今夜にでも僕たちのもとに来るさ」

「え?」

 私は信じられない気持ちでいっぱいだったが、雪平は自信満々である

「いいわ、信じてあげる。おふたさんはこの事を知っているの?」

「あぁ。さっき外で話したよ。茂助が犯人だとは思っていないようだったけれどね」

「そうなの」

 という事は、雪平の態度が作戦の一環だと分かった後にあんなしたり顔をしたのである。私にはそれが腹立たしくて仕方なかった。

 私の方が頼られているんだから、そんな風に自分を慰める。

 店の中に戻ると、ぐでんぐでんの茂助がおふたに絡んで泣きついていた。私たちは目で合図をしてやり取りを始める。

「あぁあ、早く根付が見つかってくれないかしら。そうしたらこんな事しなくて済むのに」

 私が溜息交じりに言うと、すかさず茂助がろれつの回らない舌で「なんらって?」と食いついてきた。

「だってそうでしょ? 犯人の手掛かりは何もないのだから、根付さえ見つかれば犯人を追えなくなるのよ。そうしたら犯人も、おふたさんを狙う理由がなくなるでしょ?」

 強引のような気もするが、私は言い切った。

「そうか。そうなのか。根付さえ見つかれば、泊まらなくて済むんだな?」

「あぁ、そうだ。反対に、根付が見つからないといつまでもうちに泊まってもらう事になる」

 茂助の顔が嫉妬に歪む。

「私は強い方に守られるのなら安心だから、いつまでも居たいくらいだわ」

 おふたは茂助を引きはがしながら笑う。

「そ、そんなぁ。おふたちゃん」

「なぁに? やきもちが焼けるのならあなたも強くなる事ね」

 店のあちこちから笑いが起こり、茂助はふらつく足で文句を言いながら帰ってしまった。

 私たち三人は顔を見合わせ、頷きあう。


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