捜査

 夕暮れもそろそろ終わろうかという頃、蛇長屋にドタドタとした足音が響いた。それを部屋で聞いていた私は、戸を少し開けて外を見た。

 やって来たのは狸親父と狐の主人であった。二人は我先にと、相手を押しのけながら謎解き屋である雪平の部屋に入って行く。

 関わらないと決めた矢先ではあるが、私は戸のそばまで行って中の会話を盗み聞く。

「うちの子が帰って来んのです」

「うちの子もです。今、料理屋の仲間たちが探していますが全然見つからなくて」

「これも謎と言えばそう言えなくもないでしょう。探して下さい」

「私からもお願いしますよ。うちの子を見つけて下さい。きっとこの狸親父の息子に唆されてどこかへ行っているのでしょう」

「いやいや、弥太郎君は随分と快活な子らしいですからな。唆されたのはうちの子の方でしょう。お願いします、謎解き屋さん」

 すると、小さな溜息が一つ聞こえた。

「何もこんな時にまで喧嘩せんでもいいでしょうに。心配せずとも二人とも探しますよ。な? おさくちゃん」

「へぁ⁉」

 急に話を振られ、思わず変な声が漏れてしまった。

 渋々と出て行くと、雪平は二ッと口角を上げる。

「も、もちろん私も探すに決まっているじゃない」

「そうだろう。そういう事ですから、お二人は家の近くを重点的に探して下さい」

「分かった。では頼んだぞ」

 帰っていく二人を追い越して、私たちは入船町へ急いだ。まだあそこで商売をしているだけならいいのだが、嫌な予感が拭えない。

 これは雪平には言えない事だが、もし獣の姿になって遊んでいて罠にでも掛かったのでなければいいがと思う。

 あの橋の下に着いてみると、そこには鍋や椀だけが転がっていた。

 私たちは付近を探すことにした。路地や河岸を探す雪平に反して、私はすぐ傍に見えている林が気になって仕方がない。

 私はこっそりと、そちらへ探しに行く事にした。

 途中、山菜が道に散らばっているのを見た。

 すると、やはりと言うべきか勘次郎が罠輪に掛かってしまった狐を下ろそうと躍起になっているのを見つけた。狐はもちろん、弥太郎だろう。

「二人とも、どうしたの?」

 声をかけると、勘次郎は涙ながらに駆け寄ってきた。

「弥太郎が罠に掛かっちゃって! それで、届かなくて、それで、それで」

 確かに罠輪の仕掛けられている枝は高い位置にあり、私でも踏み台がなければ届かないくらいだ。さて、どうしたものか。

「大人たちを呼んでくるから待っていて」

「で、でも! そしたら怒られちゃうから」

「山菜を採りに山に入ったんでしょ? そんなに怒られることじゃないと思うけど」

「それでも狐と狸は駄目なんだ」

 勘次郎はシュンと肩を落とす。弥太郎の方も同じく今にも泣きそうな顔をしている。

「大丈夫だよ。私が何とか言ってみるから」

 それよりも、問題は雪平の方だ。

 こんな場面を見られたらどう言い訳したらいいものか。勘次郎は狐を助けたくて、では弥太郎は? そもそも、罠に掛かっているという事はこの狐はすでに誰かの物なのだ。勝手に逃がす事は許されない。

「勘次郎じゃないか」

 急に響いた声の方を見ると、雪平がぽかんとした顔で立っていた。

「雪平さん、どうしてここに……」

「いや、おさくちゃんが林の方へ入っていくのが見えたからさ。もう暗いし、危ないから追いかけてきたんだよ」

「そうだったのね」

 二の句が継げない。どうするべきだろうか、大事なのは弥太郎を助けること。そうだとしても……。勘次郎も青い顔をしている。

「おい、勘次郎。弥太郎はどうした?」

「そ、それは……」

 そこへ他の人の足音が聞こえた。もし罠を見に来た人だったなら。

 そう思ったら答えは一つしかなかった。私は焦っていたのかもしれない。

 私は雪平の目の前で蛇の姿に変わった。雪平の目が見開かれる。そうして人間の姿に戻ると「私たちは化け者です」と告げた。

「どういう事だ?」

「獣なんです。私は蛇、勘次郎は狸、弥太郎は狐です。あの狐は弥太郎なんです。こんな話をあなたにした事が知られたら、私は酷く叱られるでしょう。ですから何も聞かなかったことにして、弥太郎を助けてもらえませんか」

 私は震えながら頭を下げる。

 ザクっと、縄の切られる音がした。見ると、雪平が弥太郎の足の縄を解いているところだった。雪平が匕首を忍ばせていたことにも驚いたが、何も聞いて来ない事にも驚いた。

「ほら、解けたぞ。すぐに人になるんだ」

 弥太郎は言われるままに人の姿をとる。そうすると、雪平はその弥太郎をおぶって歩き出すのだった。

「急ぐぞ」

 すれ違った人は縄を担いでいて、やはり罠を仕掛けた人に違いなかった。その人が後ろで「ありゃ」と声を上げるのを聞いた。

 雪平は二人に「なぜ林に入ったんだ?」とか「困ったら大人を呼べ」とか当たり障りのない事ばかりを言っている。本当に何も聞かないつもりだろうか。

 そうだとしたら、とんだお人好しである。


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