第12話 PETの楽園
たぁん
澄んだ空気の中をよく通る銃声が駆けていった。それはコロンの頭を貫いた。右のこめかみから、左のこめかみへ。その軌道をなぞるように、血が飛んだ。
コロンが笑顔のままとさりと崩れる。俺は何が起こったのかわからなかった。わからない脳裏に浮かび上がるのは思い出したくもない
ミイと叫んだか、コロンと叫べたか、俺にはわからない。ただ、あのときと同じ絶望がもたらされたのがわかった。
コロンは不老不死だが、コロンが使っている人間の肉体はそうはいかない。頭を貫通しているので、コロンが死んだといっても過言ではない。コロンはもう、この世界に留まる力が残っていないから。
コロンの体から、ふわりと光が抜け出た。クリスマスのイルミネーションみたいな朗らかな明るさの灯りは空へ広がり、おそらく世界中に降り注いだ。それは美しい光景で、きっと修繕の魔術師の最期の魔法だった。
「や、やった……修繕の魔術師を、殺した……」
そんな人間の声が冷えた空気の中でよく聞こえた。俺はそちらに振り返る。
「それはつまり、コロンを狙って撃ったっつうことだよな?」
「く、熊が喋った!?」
「答えろよ」
俺はずしずしとひょろい男の前に歩いていく。一発ずつ装填するタイプの猟銃か。いざというときは俺のことも狩るつもりだったんだろうな。
「コロンを狙って殺ったんだな?」
「う、うう、だって、そいつはもう世界を救ってはくれないじゃないか。俺たちが滅亡に怯えているのに、動物園で戯れて、水族館で触れ合って、遊園地で遊ぶようなやつだぞ? 撃たれて当然じゃないか」
「どこがだ? コロンが人生を楽しんじゃいけないってのか?」
コロンが一体何百年、人間のために世界を管理してきたと思っている? コロンが何百年、旅行でもないのに世界中を飛び回って修繕の魔術師をやっていたと思っている?
「人間様はいいよなぁ。嫌だ嫌だ、怖い怖い、死ぬ死ぬって喚けば神様が助けてくれんだもんなぁ。神様の代わりに修繕の魔術師が助けてくれたもんなぁ。なぁ、お前、自分が何したか、ちゃんとわかってるか?」
「は、ははは、は?」
そんなの決まってる、と震える声で狩人は告げた。
「修繕の魔術師を、こ、殺し、殺したんだ」
「わかってるじゃねえ、か!」
俺は男の顔面を思い切り殴った。ぬいぐるみだが、熊の力である。一撃で死んでもおかしくない。
だが、そいつは死ななかった。俺は死なないと知って殴った。それがコロンの最期の魔法だから。
普通、人相のよくない輩に睨まれただけでもびびったら漏らすだろう。だが、この男にそれはなかった。それは何故か。
[PET]は動物とぬいぐるみを融合したものだ。動物のペットが[PET]は格段に世話がしやすくなり、広く普及した。その理由の一つに糞尿をしないということがある。
コロンがしたこと。最期の大魔法。それは動物の[PET]化だ。つまりは人間も動物ということで。
俺の熊パンチを食らったそいつは頭から綿を飛び出させていた。理解できないという顔をしている。
[PET]はぬいぐるみの性質を持っているから血を流すことはない。怪我をしても、綿を詰め直して縫うだけで直るのだ。
「な、直さなきゃ……」
俺は再び拳を固める。
「
熊パンチ二発目は相当きつかったらしく、頭が千切れて吹き飛んだ。が、まあぬいぐるみなので、綿が首から飛び出るだけで済んでいる。グロテスクではないが、シュールだな。
[PET]を直せるのはこの世で修繕の魔術師であるコロンだけだった。そんなコロンはもういない。だから直らない。だけど[PET]だからこいつは死なない。まあ、綿入れて縫うだけなら人間にもできる。ちゃんとそう考えられる脳があるなら、こいつは放置しても問題ないだろう。
ただ、去る前に一つ聞いておかなきゃならないことがある。
「おい人間」
「ひいっ」
うん、まあ、熊パンチ二発食らって、首吹っ飛んだらこんな反応になるよな。死んでないから感謝しろとは言えん。
「コロンを殺したのは誰の指示だ?」
「ころ……?」
「修繕の魔術師、まさかお前の独断で殺したわけじゃないだろう?」
人間は群れて暮らす生き物だ。その群れから仲間外れにされた日にゃ、扱いは動物よりひどいものになる。
コロンは修繕の魔術師として神から遣わされた存在であることは世界的に知られている。みんな、コロンの存在を有難がり、コロンの力にすがった。そんなのを独断で殺してみろ。きっと死ぬよりひどい目に遭う。
[PET]がもたらされる前よりもずっと、孤独を恐れるようになった人間が、自ら孤独になるようなことをたった一人の判断でするわけがない。
だから、この男の後ろには誰かいる。そう確信していた。
「い、言わないっ」
爪弾きにされるのが怖いんだろう。こんな獰猛そうな熊に明かしたら、どうなることかわかったもんじゃないもんなあ。
俺は潰れないように男の頭をぐりぐりとしてやる。
「選択権があると思ってんのか? 安心しろ、お前のお仲間さんも今頃[PET]になってるさ。殺そうにも殺せねえから、お前さんとおんなじ目に遭わせてやるだけさ。それに、お前さんがどんなに報復を受けようと、お前さんはもう[PET]だ。死にゃしないよ」
死ねないことは、死ぬより残酷だったりするけどな。
俺は[PET]じゃない。飼い主もいない。だから、死ぬことはない。怪我をしても、知恵があるから繕うことができる。だから不老不死のくまのぬいぐるみとして、世界が終わるまで生き続けるだろう。
俺の言葉に希望と絶望を覚えたらしい男は青ざめながら、誰の指示か話した。
それで、俺が向かった先は──動物愛護団体。
[PET]は動物愛護の理念に反するのだと。今更何言ってんだ。そんなの最初からだっただろう。
「ばうわう!」
犬のふりをして吠えると、団体様たちは驚いた。
「で、でかい犬……!」
「いや、見覚えが……こいつまさか」
ここで熊パンチではなく、熊の噛みつきを披露する。首を食い千切ってやった。
「きゃ、え?」
悲鳴を上げそうになった女は血塗れにならない現場にきょとんとする。隙あり。熊キック。
きょとん顔のまま吹っ飛ぶ女の顔。飛び散るのは赤い血ではなく、白い綿。思いがけない光景に一同は呆気にとられる。俺はそいつらを文字通り千切っては投げ、千切っては投げ、としてやった。
「コロンを、修繕の魔術師を、俺の友達を殺しやがって! 死ぬに死ねない状態のまま、世界が終わるまでその格好でいろ。滑稽だな、人間のぬいぐるみは」
俺が全員を始末してそう叫ぶと、その場は阿鼻叫喚となった。
よかったな。誰も何も死なない永遠の楽園ができたぞ。人間、お前らが望んだ通りになっただろう?
お前らが望んでなくても、コロンが望んだ通りにはなってんだ。この世界はぬいぐるみの楽園になって、やがて終わりゆく世界に呑まれるまで生き続ける。
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