第7話 PETと供養
人形供養というものがある。
諸事情あってただ捨てるのは惜しまれる人形を奉納したり、清めてから処分したりするものだ。人形供養とあるが、人形だけでなく、ぬいぐるみも受け付けている。
[PET]が飼い主を亡くすと死ぬようになってから元々あったのが栄えてきた文化である。[PET]は死ぬとぬいぐるみになる。それでも元々は生き物だったものだ。それが死んでなるぬいぐるみは充分「諸事情」に相当するものだろう。
ペット葬儀が人形供養になっただけだ。問題はそれをきちんと供養しないものもいるということである。
[PET]は故人の遺品だ。本来なら一緒に棺に入れてやりたいところだが、一週間は生きているというのがネックである。宗教によって様々だが、遺体は焼いたり埋めたりするからな。[PET]は死期が来るまで不死身なのだ。
けれど、コロンが一週間という余暇を変えることはなかった。ペットにも故人を悼む権利があるからだ。主人を失って、自らを傷つけるほどに心を痛めた[PET]がいたからこその判断である。
ただ、遺族は一週間して、ただのぬいぐるみになった[PET]を普通のごみと一緒に捨てた。
それで祟りが起こるとか、そんなことはない。死んだ[PET]はぬいぐるみ。もうそこに意思はない。
けれど、かつて命を宿していたものを真っ当に弔わず、生ごみや蛆やらが涌く中に捨てるのは倫理観としてどうなのだろう。人間が「死なないペット」を欲したのは命が尊いからではなかっただろうか。
ペットはしょせんは愛玩動物でしかなく、飼い主以外には価値のない命と言っているようで、俺は世の無常を感じた。
で、コロンは、そんな[PET]だったぬいぐるみを回収している。人形供養するために。
「結構な数が集まったな」
コロンはとあるアパートの一室を借りていた。コロンの肉体となっている人物が所有していた家だ。コロンは家賃をちゃんと払っていたのである。大家は驚いていたな。だって普通ならコロンの体の持ち主はもうとっくに死んでいる年齢だ。よくわからんが、二、三百年は律儀に家賃を払っているらしい。
修繕の魔術師ということを話すと、大家は家賃なんていらないと言ったが、それでは他と公平でないから、とコロンは断ったそうだ。
そんなアパートを埋め尽くす勢いのぬいぐるみたち。コロンはその一つ一つを丁寧に清め、祈りを捧げていた。
「その祈りに意味はあるのか」
野暮だが暇なので聞いてみた。
コロンは祈りを捧げるポーズのまま、さらりと答える。
「ないよ」
「ないのか」
「[PET]は一度理から外れた存在だ。考え方の一つに輪廻転生っていうのがあるけど、輪廻の輪には戻れないよ。彼らは生き物じゃなくなってるんだもの」
命というのは死ぬから生き物と定義される。
まるで普通の犬のように走り回っていても、猫のようにこたつでぬくぬくしていても、一度[PET]になった以上、こいつらは生き物という枠組みから逸脱してしまっている。それは死という概念を取り戻したところで、今更どうにもならないのだ。
コロンがしたことはあったはずの未来の芽を摘んだ。ミイが狩人に撃たれて死んだみたいに。
でもミイと[PET]は違う。輪廻転生があるとして、ミイはその輪廻の輪の中で死んだから、もしかしたらいつか生まれ変わりが出てくるかもしれない。けれど、[PET]たちにそれはない。
まあ、輪廻転生があるかどうかは怪しいけど。
「要するに、こいつらの死んだ魂は天国にも地獄にも行けねえってことか」
「ドットさんは賢いね。そう。どこにも行けないからこそ、弔いはちゃんとしないと」
飼い主のために生きた[PET]が報われない、とコロンは言った。
本当に報われないのはコロンだろう。人の願いのために作った「死なないペット」に「死ぬ条件」を与えて、でも結局、コロンが手掛けた[PET]たちはいくら人に尽くしても、もうどこにも行けないのだ。無意味な命の創造者で修繕者。そう考えると、コロンは哀れだ。
ピンポン、と古臭い呼び鈴が鳴る。祈りを続けるコロンの代わりにのそのそと俺が出た。
そこにいたのは幼い女の子だった。茶色いトイプードルのぬいぐるみを抱えている。
「コロンさまのおうちはここですか?」
「ばう」
「コロンさまはおいでですか?」
「ばう、ばうう?」
「ええと、コロンさまにおねがいがあるんです」
俺は前足(本当は手)で女の子の抱えるトイプードルを示した。これを供養に来たのか、という問いかけの意味を込めて鳴くと、女の子はおずおずと頷く。俺も頷き返して、踵を返そうとしたが、女の子が毛を引っ張ってきた。
いや、引っ張るなよ、と思いながら振り向くと、女の子は深刻そうな顔で俯く。
「わたしもペットほしい」
小さな小さな呟きだった。
俺はその切実さに、女の子を背中に乗せた。女の子はびっくりしていたが、俺のもふもふ加減にご満悦だ。
まあ、こんな面倒くさいことしなくても、喋れるんだから喋ればいいんだけどさ。
喋るとびっくりされるし、コロンに「喋るペットを作ってほしい」とせがんでくる人が出てくるかもしれない。俺はコロンにこれ以上魔法を使わせたくなかった。
コロンに異変があるわけじゃない。このままだと、世界がおかしくなっていくような気がするのだ。おかしくなった果てに、その責任を押しつけられるのがコロンになっては目も当てられない。
哀れなやつにこれ以上哀れになってほしくない、俺のエゴだ。
「ばう」
「うん、ドットさん、お客様だね」
俺が鳴くとすぐ気づいたコロンが振り向く。
「可愛らしいお客様だ。お嬢さんお名前は?」
「カリア」
「カリアちゃんだね。[PET]のお悔やみかな」
「うん。ママのエータが死んじゃったの」
カリアはまだ[PET]がぬいぐるみになることを「死んだ」ということができるのだな、と感心した。
ただ、言いたいことはまだあるようだ。
「わたしもエータのこと大好きだったのにな……」
家族で飼っていて、誰が飼い主か。どのくらい愛情を注いだか。[PET]は誰を飼い主と認識しているか。惨いことにどこからも平等に見ることのできない価値基準で、最終的な判断は喋ることのできない[PET]に託される。
家族で拾ってきたのは父親だったけど、父親が死んでからも生き続けた[PET]がいる。それは拾ってきて面倒を見てくれた父親が嫌いだったのではなく、同じくらい世話を焼いてくれた子どもの方を飼い主だと[PET]が認識したからだ、とコロンは語った。
誰が飼い主なのか、[PET]は見定めている。今日はこの人に飼われよう、という気まぐれな[PET]もいれば、生涯この人に捧げよう、という一途な[PET]もいる。おそらくだが、この子と一緒に生きたいとか思えば、飼い主は変わるのかもしれない。それで延命することもあるだろう。
エータはそうじゃなかった、というのが今目の前にある事実だ。カリアが選ばれなかったのは悲しいことだが、エータの意思である。
「ねえ、コロンさま。わたしもペットを育てたい」
「捨て犬や捨て猫を拾ったら?」
「みんな死んじゃうから、いないの」
なるほど、飼い主を失えば[PET]は死ぬ。ペットが[PET]になってから、捨て犬や捨て猫などは激減した。捨てる理由がないからだ。ペット不可の家なんてもうあっても数える程度だろう。ぬいぐるみの性質を持つ[PET]は育てるのに大した手間もかからない。飼い主が死ぬ以外の要因で死なないから、ほったらかしでも死なない。だが、ペットがほったらかしにされる世の中だったなら、コロンはここにいない。
不死でなくなった[PET]のほとんどは人形供養される。供養されなくても、性質はただのぬいぐるみだから、燃えるごみに出せてしまう。ごみに出せるものをわざわざ剥き出しで捨てる理由がない。
捨て犬や捨て猫というのは、もう前時代の考え方なのだ。
[PET]は不死性があるため繁殖機能もない。だからいつしかペットショップもなくなってしまった。
カリアは灰色の毛並みの猫のぬいぐるみに手をかけた。
「わたし、この子飼いたい。コロンさま、この子を[PET]に戻せない?」
コロンはカリアの頭を撫でて言った。
「死んだものは戻らないよ」
それは一番当たり前の世の理だった。
「だからこの子たちはもうさよならするしかないんだ」
「ぬいぐるみを[PET]にはできないの?」
「しないって決めてる」
コロンの静かな言葉が、なんだか胸に凍みた。
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