第3話 PETと愛護
「テメエら! 俺だけでなくバアちゃんまで縛りつけやがって! いくら人間じゃないからって心がなさすぎだろう!?」
おや、何か吠えている。俺はずるずる引きずってきた縄の後ろを見る。そこには吠えるジャリガキと老婦がいた。衣服をひんむいた状態だ。要するに見世物の刑にしている。市中引き回しだ。
「コロンの優しさに感謝しろよ。お前らを歩けないようにすることだってできるんだぞ」
「テメエ! 化け物が、足を食う気か!?」
「いや食わねえよ、んなばっちいもん」
「ばっちいとか言うな!」
面倒くさいガキだな。
というか、足を食い千切るよりもしんどい「歩けない状態」っていうのをこいつの頭では想像できないのか。
別に縛るのは手だけじゃなくてよかった。足も縛って歩けないようにして、ずりずりひきずり回してもよかったわけだし、五月蝿いから猿轡とかしてもよかった。でもそれは駄目ってコロンが言うからしないだけだ。
そんなコロンも怒っていないわけじゃない。
満面の笑みで振り向く。その笑顔はいつもの柔和なやつとそう変わらないはずなのに、背筋に虫が這うような気味の悪さ、怖さを漂わせるものだ。
「別に、あなた方を[PET]にしてもいいんですよ? 人型のペットは許されていないだけで、そういうご趣味の方はごまんといますし、何より死にませんからね」
ひう、と息を飲むジャリガキ。老婦の顔色も悪い。
そう、人間とて動物なのである。コロンの解釈で[PET]にできる範囲は自由自在なのだ。そういうご趣味の方がよくないことだと弁えているおかげで、人型の[PET]が存在しないだけである。
[PET]はどんなに痛くても、怖くても、死なない。死ねない。コロンが不老不死にしたからだ。死なないペットは誰かが望み、誰もが望んだものだった。けれど、少数派でも、まだ「生きる」ということに価値を見出だすものたちがいる。
それらの人々とコロンはわりと長らく揉めてきたが、この馬鹿共の所業で肚が決まったらしい。ジャリガキと老婦を晒し者にしつつ、行き先はとある団体の拠点だった。
動物愛護団体。
実在する非営利目的組織である。以前は謎の愛護心を語る有象無象のせいでネタキャラにされがちだった彼らも、ペットが死ななくなってからはネタにされなくなった。
それはひとえに、真面目な活動の方が目立つようになったからだ。
ばう、と俺が吠えてやると、中から初老の男性が出てきて、コロンに丁寧にお辞儀をした。
「これはこれは修繕の魔術師様。どうぞ中へ」
「ドットさんと愉快な仲間たちも入れていい?」
ひとくくりにするな。と反論する前に許可が出た。
「今日の要件なんだけど……あなた方の言う通り、不老不死に条件をつけようと思ってね」
会議室で席に就いたコロンが放った言葉にどよめきが走る。
動物愛護団体の現在の活動は[PET]を元に戻すよう促すための抗議運動だ。つまりはコロンに訴えているのである。
死なないペットを望んだのは人間だ。それではあまりに勝手がすぎるだろう、とコロンも最初は冷たくあしらっていたのだが、そうもいかない事情が浮上した。
それが野生生物の存在だ。野生生物は当然、死ぬことを前提に存在する。種の存続のためにオスメスがいて、子孫を繁栄させる。
それが不老不死になるとその必要がなくなる。その必要がなくなるのに、必要がないことに気づかないから種が増え続けて生態系が壊れる、というのが一つ。
これは似たり寄ったりだが……[PET]が野生の中に捨てられた際、それもやはり生態系を崩す原因になるからだ。[PET]は不老不死で繁殖する必要がないため、生殖機能がない。[PET]から普通の動物に戻ることはない。自然に捨てられても[PET]は生き延びることができるが、野生の動物はそうもいかないだろう。
この二点で、動物愛護団体はコロンとずっと交渉をしていた。下手をしたら、[PET]に侵食された元々の生き物たちが絶滅してしまうかもしれないからだ。
問題はコロンにその問題の機微がわからないことだった。全部の生き物を[PET]にしてしまっては? なんて提案したこともある。
コロンは浮世離れしているというよりか、人間を超越した存在ゆえ、人間や普通の生き物の感覚がわからない天然ちゃんなのだ。全部不老不死にすれば「絶滅」が回避できると思っている。捉え方次第では全部の種がそれで「絶滅」判定になるとは夢にも思わないのだ。
そんな天然頭ふわ子ちゃんを相手に、人間はよく頑張ったと思う。生き物が世の中に残ることの有用性を説明し、解説し、どうして必要なのかを言葉にして訴えた。コロンがどんなにわからず屋でも、わかってもらえるまで言葉を連ねるのは根気のいったことだろう。
[PET]にしない動物の例で一番わかりやすかったのは牛や豚などの家畜だ。家畜とペットではニュアンスが違う。家畜がいなくなれば人々は食肉に困ってしまうだろう。食糧問題は[PET]ではどうしようもないことだ。
不老不死の生き物が広まることによって、人間から失われてしまうものもある。人間は[PET]を慈しむ心を持つが、[PET]が広まる前からかねてよりの問題であった「動物虐待者」もまた存在した。このジャリガキと老婦のような輩は探せばごまんといるのだろう。
死なないから、その嗜虐癖が酷くなっているまである。おそらくコロンが今回動いたのは、見て初めて事の重大さを理解したからだろう。
コロンは病んでいく人の心を癒すために[PET]を生み出した。だから人を愛している。ただ、[PET]のことも愛していないわけではないのだ。
「まずこの愉快な仲間たちなんだけど、彼らは[PET]の不老不死を利用して[PET]に虐待を行っていた。到底許せることじゃないよ。しかも主を亡くした[PET]を利用していたんだ」
「ゴミを再利用して何が悪いのかね?」
うわあ、このばあさん、悪さに年季が入ってるなあ。コロンはその言葉を意に介すことなく続けていく。
「[PET]たちがその性質を利用されて虐められるのはよくないことだ。でもボクは人間の『死なないペットが欲しい』という願いを元に[PET]を作った。だから[PET]の『死なない』という性質を変えるのはとても難しい」
そこで、とコロンは人差し指を立てた。
「[PET]の不老不死に条件をつけることにした。具体案がまだないから、キミたちの意見を聞きたい」
具体案ないんかーい。まあ、そこまで込みでコロンらしいけどな。コロンの物差しで測れないものがあるのも確かだし。
動物愛護団体の者たちはどよどよと言葉を交わし合い始めた。自分たちの提案が受け入れられて嬉しい半分、まさか判断基準を丸投げされるとは思っていなかった戸惑い半分。順当などよめきだ。
「動物を愛護するキミたちだからこそ生み出せる意見もあると思うんだ。もちろん、ボクも何も考えないわけじゃないから、みんなで[PET]をいいものにしていこうね」
それと、人を裁くのは人にしてもらおう、と愉快な仲間たちを置いていくことになった。
動物愛護団体を後にしながら、コロンは俺に話しかける。
「ドットさんは何かいい案ある?」
「俺は[PET]じゃないからな」
「わかってるよ」
まあ、立場として[PET]に近いのはわかるが。
「不老不死の条件か……まあ、わかりやすいのは飼い主の死を目安にする、か?」
「飼い主の?」
「そう。ペットの死を見んのが嫌なんだろ? だったら、人間側が死んだら、[PET]も死ぬようにすればいいんじゃね?」
「えー、ドットさん、情がなーい。飼い主だけが愛着を持つんじゃなかろうにー」
いや、どこかで区切りをつけないといけないからわかりやすいところを言ったんだろうに。
「みんなに死んでほしくないよー」
「いや、お前が愛着持ってどうすんだ」
そんなの、誰も死ねなくなるだろう。
コロンは人間じゃないんだから。
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