7. brave heart その1



――二日前・現地時間13:16 イギリス・ロンドン市郊外――




 Prrr、Prrr……


「ユウマ、出てくれ。停められる場所がねえ」


「はいはいー」


 神瀬ユウマと朝霧レンは、バイクの二人乗りをして三車線のハイウェイを疾走していた。

 レンの上着のポケットの携帯が揺れ、後部座席のユウマは器用にそれを取り出して電話に出る。ヘルメット越し、しかも走行中なので、音量はもちろん最大だ。


「もしもし。どったのシーラちゃん」


『シーラ様と呼ばんか。こっちの番号は仕事用だぞ』


「レンがどっちの番号も『シーラ』で登録してるんだもん。で、なに? また任務?」


『そうだ。貴様らの故郷である日本に飛んで、とある魔法使いを捕えて欲しい。指令は生け捕りだ。殺すことは許さん。貴様らなら得意なはずだ』


「……今も任務中ですが、そっちはどうするので?」


『優先順位はこちらが上だ。追加の人員をよこすから、仕事の引継ぎを済ませてすぐに発ってくれ。ターゲット二人の情報もあとで追って伝える。目を通しておくように』


「「了解!」」


 流暢な英語で話していた二人が通話を終える。通り過ぎた標識には「ロンドンまで11マイル」との表示があった。ユウマが自分のポケットにレンのスマホをしまおうとしたその時、「Prrr、Prrr……」とまた着信が来た。


『さっき言い忘れたんだけど、任務のついでに日本みやげ買ってきてくれよ。海外こっちだと手に入らない銘菓とかがいいな』


「シーラちゃんも公私混同してんじゃん」


「というか俺たちに頼まなくたって、アンタの権力ならいくらでも手に入んだろ?」


『アタシはオマエらが買ってきたやつがいいんだ』


「わがままだなあ、もう……じゃあ、リクエストとかあったら言ってね?」


『おう。あと、最寄りの聖堂のテレポーターを開けておくからな。早めに現地入りして準備を整えてくれよ。じゃ、よろしく』


 通話がブツリと切れたちょうどその瞬間、ユウマとレンのバイクの横を、とある広告看板が横切った。

 「己の中の力を感じよFeel the power inside you ―― マナ教団Mana Church」。律季と炎夏の敵、マナ教団が信徒を募る宣伝だった。その下には「聖女シーラが君を待つSaint Shiela awaits you」――ユウマが話していた相手である「シーラ」の名前とともに、修道服のようなフードを被った美女の肖像があった。

 マナ教団および教国は近年さらに勢力を増し続け、キリスト教国家であるイギリスにもその手を広げつつあった。そしてこの二人こそが、教団にとっての邪魔者を排除するために魔法の力を行使する、闇のエージェントなのだ。


「――聞いたレン? テレポーター開けとくって。そんなに急いでんのかな?」


「よほど重要なターゲットらしいな。これは報酬も期待できそうだぞ」


 美男美女のバディを載せたバイクは、さらに速度を上げていく。まだ見ぬ敵のところへ向かうために――




 














「いずれ来るとは思っておったが、たった7日しか待ってくれんとはのう。せっかちな男は嫌われるぞ」


「やめてくださいレイン先生。その言葉は俺にも効きます」


 機関エージェント・神瀬ユウマから宣戦布告を受けてから数十分後。天道先輩、レイン先生、そして俺が集まる自販機コーナーには、出撃前夜の緊張した雰囲気が漂っていた。

 学校には通院のために遅刻するという風に連絡してある。下手すると遅れるどころかこのまま『行方不明』になる可能性もあるが、まあ仕方がない。こっちはすでに町中の人間を人質に取られているのだ。白い手袋を拾うしか選択肢はなかった。


「わしも加勢できればよいのじゃがな……あいにく、戦いは苦手での。すまんが力になれそうもない」


「レイン先生が魔法使いだとは向こうにバレていません。むざむざ情報を渡すこともないでしょう。――それに、変に横やりを入れたりしたら、ヤツらがどんな行動に出るかわからない。ここは、あの神瀬ユウマの言う通りにするしかないと思います」


 なんでもレイン先生は直接戦闘で敵を倒すのではなく、『解析』を磨いて偵察任務をこなすことでのし上がった人らしい。俺が『視て』も全然魔力の気配が感じられないあたり、自分の気配を隠すのも物凄く上手かった。

 彼女に被害が及ばないのはよかったが――さて、どう戦ったものか? 天道先輩はともかく、俺は一週間前まではド素人だったピカピカのルーキーだ。対して向こうは、教国が抱える魔法のプロフェッショナルがふたり。俺たちの能力は向こうに筒抜けらしいので、情報でも完全にこちらが不利だ。


「足しになるかは分からないが――今のうちに『契約』を済ませてしまったらどうだ? 幸い刻限は正午まで。それぐらいの時間はあろう」


「っ!? そ、そんな……!?」


「……『契約』? なんですかそれ? なんかやらしい響きですね」


 天道先輩が顔を赤らめて慌てている。この反応は多分エッチなことだな。俺はがぜん興味がわいて、レイン先生に詰め寄った。


「エッチなことすね? エッチであれかし!」


「テレパシーに次ぐバディの権能である『魔力授受』を解放する儀式じゃ。その方法は、肉体接触によって互いの魔力経路パスを接続する――つまり、おぬしが期待しているような事じゃな」


「――肉体接触……『にくたいせっしょく』!? それって、まさか……!?」


「ああ――おっぱいじゃ」


「魔法ッ! 素晴らしすぎるだろ反省しろ!!」


「違っ……何言ってんですかレイン先生!? 触るのは『経路パスが集まってる場所』であって、胸限定じゃないでしょ!?」


 悪ーい笑みを浮かべたレイン先生が天使に見える。この前のデート発言もそうだが、もしかしてこの人俺の味方してるのか?

 まさかのタイミングで浮上したおっぱい揉まれる危機に対し、さすがに天道先輩も取り乱す。


「まあそれはそうなんじゃが、おぬしのように胸が大きい女はそこに一番経路パスが集中しておるからの。胸の成長が著しいということは、体を育てる力――すなわち魔力がその部位に集約されておるということなんじゃ。特に左胸は心臓にも近い。他のどの部位よりも早く、儀式を完成させられるはずじゃぞ」


「聞きましたか天道先輩っ!? レイン先生もこう言ってますよ! 

 おとなしくおっぱい揉ませてください! ここでおっぱい揉ませなくて、どこで揉ませてくれるってんですかー!?」


「いつか揉ませるみたいに言うなぁー!!」


 この期に及んでも頑固に拒否する天道先輩。だが俺も今度ばかりは引くわけにいかない。

 ちょうど教国から敵がやってきたタイミングで、『おっぱい揉めば強くなる儀式』の存在が明らかになった。先輩を押し切るのには、これ以上ないぐらいの大義名分が揃っている。がんばれ律季!! ここで逃がしたらもうチャンスはねえぞ!!


「あのね水鏡くん。『契約』して魔力のやり取りができるようになっても、魔力量なんて私はとっくに間に合ってるのよ。こっちはなんのメリットもなく、ただただ体触られるだけじゃない」


「――? 何を言っておる……おぬしにとってはそうでも、バディが強化されることは戦闘の助けになるであろうが? だからわしも提案したのじゃぞ」


「今回水鏡くんは戦わせません。私一人で行きます」


「――はぁっ!?」


 まさかのどんでん返しである。そもそもの前提から覆してきたぞこの人。

 ――いや、マジで……今のはちょっと、俺でも茶化せないぐらいキツい。この一週間でそれなりに信頼築けてたつもりだったのに、この拒絶のされ方はさすがにショックすぎる。魔法使いの戦いは二人一組のはずなのに、そこさえ曲げるほど嫌なのか……?


「いくらおっぱい揉ませたくないからって、それはあんまりです! 俺、先輩の仲間じゃなかったんですか!?」


「……そういうわけじゃないわ。そもそも今朝あの二人に会った時点で、水鏡くんは出さないつもりだったのよ」


「――どういうことだ? 説明してくれ」


「私の見た所、水鏡くんは確かに才能はあります。魔装形成フォーミングアームの発現、そしてこの一週間での成長から、それは明らかです。ただ――町中の人の命を背負うほどの覚悟は、まだできていない。今回戦いに臨むのは早すぎると考えます」


 ――つまり、『契約』の話は関係なく、最初から自分一人で戦う気だったと? だとすると、俺としては余計つらい。つまりはなっから戦力外通告ってことじゃないか!?


「そんなっ! そりゃ確かに先輩に比べりゃ力不足かもですけど、『契約』すりゃ先輩の炎も使えるんだし、足手まといにはならないはずです! おっぱい揉めなくたっていいから、俺も連れて行ってほしいです!」


「……言ったでしょ? 強さのことは、私もそんなに心配はしてないの。私が気にしてるのはむしろ、君の精神面のことよ。水鏡くんは私にはいっつもセクハラするけど、本当はすごく優しい子だって知ってるもの。だから重責負わせたくないのよ。

 ――それに、『契約』したって炎魔法が使えるようになるわけじゃないわ。魔力の授受っていうのは、そういうものじゃないの」


「え……?」


「……『属性』の問題じゃ。人それぞれの個性の問題と言い換えてもいい。使える魔法の種類は、使い手自身の性格によって限定される。他人から燃料となる魔力を分けられたところで、自分に元々ない属性の魔法は使えんのじゃ。

 炎夏が言った通り、今のおぬしらが『契約』を交わしたところで、正直大して戦力増にはならん。わしがそれを提案したのも、『やらぬよりはまし』という理由にすぎん。


 ――そして炎夏は、律季をこの七日間見てきた張本人じゃ。それがおぬしの判断なら、わしは尊重するしかあるまいの……」


 俺は言葉を継げなくなる。天道先輩はそれを納得と見たのか、近くにあった自販機で栄養ドリンクを買って飲み干す。三メートル離れたところから、絶妙のコントロールで空き瓶をゴミ箱に投げ入れ、魔装形成フォーミングアームを展開した。


「……そんな顔しないの。おっぱい揉ませてあげる気はないけど……私、君のことけっこう好きなのよ? だから守ってあげたい。傷ついて欲しくないの」


「……!」


「待っててね。すぐに終わらせて来るわ」


 天使のような微笑みを残して去っていく天道先輩。その善意が俺にとってどれだけ残酷であることか、彼女は分からないのだろう。

 ユウマとレンが待つ階段を静かに登っていく後ろ姿を、俺は見送ることしかできなかった。







◆あとがき










一話分の予定でしたが長くなったので分割しました。話が重くなってきやがったぞ……。

恒例の登場人物紹介は次回に回します。




 ――ブックマーク・感想・評価等よろしくお願いします――







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