4. アナザー・パート・オブ・ミー その2
高い場所の壁に、3mはあろうかという巨大な甲殻類状のクリーチャーが張り付いている。形はカニに似ているが、ガサガサと超高速で壁面を走り回る様はゴキブリを思わせる気持ち悪さだった。あれこそ、この夢の空間の『主』――ヤツを倒せば私たちは現実に帰還できる。
試しに炎を放ってみたが、遠すぎてよけられてしまった。部屋が広すぎるのだ。しかも足場が浸水しているので追うこともままならない。
(やばいわね……!)
前後の通路からはとめどなく水が侵入してくる。つまりこの段階で進路も退路もない。現在私たちがいるのは天井が高く広大な、柱の多い体育館のような空間だが――このペースで浸水したら、部屋全体が沈むのにも猶予はない。炎使いの私にとっては最悪のフィールドと言えた。
「か、壁に穴を開けるとか……」
「……いい考えだけど、できないわ。あの壁の向こうは宇宙空間みたいに真空になってるの。排水するどころか、かえって寿命を早めてしまうわ」
窒息死が早まるどころか、炎を燃焼させる分の空気さえ無くなってしまうことになるのだ。敵の方が放り出されたらどうなるのかも不明であるが、そんな賭けに水鏡くんの命を委ねるわけにはいかない。
ここはやはり――部屋が浸水しきる前に、敵を仕留めるしかなさそうだ。大量の柱立ち並ぶ前方に向け、私は『鉾矢』をかざす。
「火力全開でおダシをとってやるわ。少し暑いけど我慢してね」
「オッケーです」
「いくわよ――『
私の獲物の穂先から、燃え盛る炎の舌が伸びて壁面に突き刺さった。火炎放射の反動が強すぎ、逃げる敵を追い切れないが、かまわない――直撃せずとも、あぶるだけでダメージは通るはず。落っこちてきたら、槍で直接攻撃を喰らわせてやればいい――
凄まじい熱風の圧力に柱がきしみ、『鉾矢』についた紙垂が激しくはためく。濁った緑色をしていたクリーチャーの甲羅の色が、みるみる鮮やかな赤に変わっていった。このまま殺せるか……?
「KIYYYYYYYY――――ッ」
敵は甲高い叫び声を上げて、壁から転落した。勝った……!? 一瞬そう思ったが、違った。敵は水中に潜伏し、気泡を立てながらつかず離れずの位置で止まったのだ。
「――!! 水鏡くんっ!!」
「はっ……!?」
さっきまで焼き潰していたのと同じ、雑魚の魔物たちの気配が、大量に向かってくる。流れ込んでくる水の勢いに乗ってそれらが侵入し、一気に水鏡くんに襲い掛かった。
――まずい! 今の叫びは、こいつらを呼ぶためか! 水鏡くんは腰まで水につかっている――大技で吹き飛ばすしかない!!
「セ、『セイントフレイ――」
「ダメだ先輩!! 今危ないのは俺じゃなくて――!!」
「――ッ!?」
私の頭上に巨大な影がかかる――『主』だ。
雑魚に水鏡くんを襲わせて、私がそれに気をとられたスキに迫って来た――!
(挟み撃ちッ!! しくじった! もう間に合わない……!)
私の危機を目の当たりにした水鏡くんの必死な形相。彼に食らいつこうとする水棲生物状の魔物たちと、私の脳天に降り下ろされるカニのハサミの動き。
全てがスローな視界の中で、私は――水鏡くんの見開かれた左目が、突然虹色の光に輝いたのを見た。
◆
(し……死ぬのか? まだ天道先輩に好きになってもらってないのに? こんなわけもわからないままで? いや……それ以前に、このままじゃ先輩まで死んじゃうじゃないか。それも、俺に気を取られたせいで――!)
そんなのは嫌だ――水鏡律季が心からそう思った瞬間、
(ぐ、うぅぅぅっ!? な、なんだ……!?)
左目の奥から頭まで、恐ろしいほどの激痛が走る。
炎夏と己、二重の危機を目の前にして、記憶が走馬灯となって駆け巡った。
――『暗い雨空の下、雲の切れ目から差し込む光に、ひとつの丘が照らされている場面』。
――『すり傷だらけの汚れた両腕が、ぬかるんだ地面に手をついた場面』。
――そして、『そっくりな後ろ姿をした二人の女の子』。
ピンク色のロングヘアと褐色の肌をした美少女と、緑色のロングヘアに白い肌をした美少女――その姿に、ノイズの入った声が重なる。
『大丈夫だからな、○○○。△△が、必ず守ってやるから……』
(なんだこれは? 俺は、何を見ているんだ!?)
――見覚えのない光景、知らないはずの女の子たち、記憶にない記憶――。それらはすべて、失われた
律季はまだ、自分の頭に流れて来る情報の意味を理解できない――『だけど、今は、そんなことはどうでもいい!!』とめどない頭痛と困惑の中で、ただひとつ確かな思いに向けて彼は念じた――!
(死なせてたまるか!! 死んでたまるか!! そうだ俺は――こんなところでは終われないんだッ!!)
水鏡律季の止まっていた時間が――今ここに、動き始める。
◆
「み、水鏡くん……? あなた、どうして……」
「!! そうだ、今は――って……えっ?」
水鏡くんは、驚愕の表情を浮かべた。――私を腕の中に抱いて救出している、自分自身に気づいて。
両の拳に黄金色のナックルダスターを嵌め、背中に漆黒のマントを羽織ったその姿――まさしく『
数メートル向こうでは、彼に一撃で殴り飛ばされてひっくり返った『主』が、水面にプカプカと浮いている。
つい一秒前まで絶体絶命だった状況がいきなり急変している――そのことに、『なぜか水鏡くんのほうが戸惑った顔をしていた』。
「……? よく見えなかったんですが……天道先輩がどうにかしてくれたんですか?」
「な、何言ってるのよ? これは全部、君がやったことじゃない!?」
「え――?」
そう――私は見た。彼が窮地を自力で脱し、返す刀で私を救い出した、その一部始終を。
まず水鏡くんの全身が虹色の光に包まれ、その光が彼にたかっていた雑魚を吹き飛ばした。光が消えるより早く、彼は水面から跳ね上がり、柱の間を次々に飛び移って、私を殺そうとしていたカニをパンチの一撃でノックアウトした。そうして私を間一髪で助け出した直後、水鏡くんはこうして我に返ったようにおかしなことを言い出したのだ。
「……
「!? ど、どうしたの!?」
「平気です、ちょっと頭が――ぐ、ぐうう……」
水鏡くんの左目の中で、『虹色の光』がチカチカと点滅する。その点滅に合わせて、片頭痛が水鏡くんを襲っているように見えた。水しぶきで濡れた彼の顔に、脂汗が滲むのがはっきりとわかった。
――なにか、尋常ではないことが起こっている。私にもそれだけは理解できたが、それ以外は何もかも理解が追い付かなかった。
「KIYEEEEEEEEEE――――ッ!!」
困惑する私たち二人に関係なく、夢の『主』は柱の間に金切り声を響かせる。まだ戦いは終わっていない。
「く……またアレか!?」
「……いいえ。違うわ、この地鳴りは……!!」
地面が揺れ、水面が波立ち、柱に手をつかないと立っていられない震動が襲い――次の瞬間、天井付近の壁が、一斉に開いて水を吐き出した! 先ほどまでとは比べ物にならないペースで水位が上昇し、すぐさま私たち二人とも全身水中に沈んだ。
これで完全に炎を使えなくなった――どうする!?
(天道先輩ッ!!)
(は、はいっ!?)
水鏡くんが叱咤するような鋭い声を飛ばす――そう、しゃべれないはずの水中で。一瞬遅れて違和感に気づいた私は水鏡くんを見返し――彼の右目に、紋章の形をした光が宿っているのを発見した。『魔装』をつかさどるのが左目なら、右目は『バディ』の契約をつかさどっている。
……テレパシー。右目の光。まさか、彼は……!?
(なにがなんだかわかりませんが――どうやら俺の能力は打撃系みたいです! 俺がヤツを上にぶっ飛ばすので、先輩はその隙に炎でトドメをッ!!)
(わ、わかったわ!)
虹色と紋章、水鏡くんの両目に宿った二種類の眼光に圧倒され、私はそう答えるしかない。体の芯まで凍えさせる冷水の底で私は、不思議な高揚が全身を熱くさせるのを感じていた。多脚の足音を響かせながら水底を突進してくる『主』――これでダメなら、私たちの負けだ!!
(
(
二人の攻撃がさく裂し――気が付いたときには、『主』は私たちの足元で燃え尽きていた。
勢いのまま水面を飛び出した私と水鏡くんは、揃って顔を見合わせる。『主』の死によって夢は崩壊を始め、白む世界の中には、パジャマの上にマントを羽織った奇妙なスタイルの水鏡くんがいた。
「――天道先輩、これって……」
「そう……あなたが私の『
――数秒の対面の後、視界が漂白され、私たちの意識は現実に帰還した。
◆あとがき
・
ヒロイン。バスト124cmRカップで黒髪ロングの大和撫子。
本来は数年間一度もしくじらなかった凄腕なのだが、作品的にはしょっぱなから相性最悪の水属性の魔物を相手どってしまい、あまりかっこいいところを見せられないまま、護衛対象である律季に救われてしまう展開に。(彼女が弱く見えたならそれは筆者のせいです。どうか炎夏さんを責めないでやってください)
なお、乳暖簾にスリット袴というスタイルなので、びしょびしょになった戦闘後半では、いろんなところがスケスケピチピチの大変ドスケベな状態になっていた。残念ながら話の流れ的にイジれなかったが、「お、おっぱいが濡れて力が出ないよぉ……♡」とかいつか言わせたいものだ。
・
主人公。短髪でデコ出しで鼻絆創膏の少年。童貞。
今回で図らずも計画の第一段階『魔法使いになる』をクリアー。ここからどう炎夏を落とすかが今後の課題になるだろう。さらに正体に関する謎が増えたが、本人はそんなことよりおっぱい揉む方が大切。おっぱい揉みながらでも難しい話はできる。
ナックルダスターとマントがセットになった魔装。勢いと性欲だけで生きてる本人そのまんまなネーミングである。
ナックルダスターは金色に光っており、各指ごとにはめる部分が分離していて十個の指輪のようになっている。マントは表が黒、裏が赤色で、立った襟がついている。見た目は吸血鬼っぽい感じだが、いわゆる外套ではなく背中にかける部分しかない構造。そのため発現時にパジャマを着ている場合はパジャマの上にマントのみ、制服を着ている場合は制服の上にマントのみと、子供のごっこ遊びのような奇妙なスタイルになる。
現状ではただぶん殴る以外の能力が判明していないが、その真価は……?
・ふたりの少女
律季が走馬灯の中で見た、謎の少女たち。一人は『緑髪に白い肌』もう一人は『ピンク髪に褐色の肌』をしている。
現状正体は謎に包まれているが、律季いわく「おっぱいはめちゃくちゃデカかった」ようだ。
――ブックマーク・感想・評価等よろしくお願いします――
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