3. アナザー・パート・オブ・ミー その1



 俺が天道先輩を初めて見かけたのは、高校の入学式から一週間ぐらい経った時――

 田舎から引っ越してきて間もなかった俺は、この町をブラブラと散歩していた。土地に慣れたかったというのもあるが、バイト先を探す目的もあった。『町に出たらさっさと働いて、家賃や高校の学費を少しでも返すように』と祖父から言われていたのだ。


 ちょうどそのころは部活の入部届が配られていた時期だった。運動部に興味はあるけど、バイトしながらスポーツはちょっと無理かな~……などと考えながら歩いていると、地元の大神社である『天道神社』に、大勢の見物人が詰めかけている場面を見かける。

 何気なく立ち寄ってみたその場所で――俺は、運命に出会ってしまった。


 ――『ボイン♡ バイン♡ ぷるんっ♡ たゆんっ♡』と。黒髪ロングをした綺麗な巫女さんが、爆乳を揺らしながら神楽を踊っていた。

 神聖な踊りにふさわしい静謐な雰囲気と、緩慢な振付にもかかわらず、彼女の胸が巫女衣装の中で大暴れしているのがはっきりと見て取れた。


(お、おっぱい、でっっっか!!!??)


 鼻息を荒くする見物客たちの輪の中で、俺は雷に打たれたような衝撃に立ち尽くす。

 ――あれを揉みたい。よし、揉もう。いや、揉まずにおくべきか。




 俺は、あの人の彼氏になる!! そして、あのおっぱいをこの手にッ!!












 そうして俺、水鏡律季は、その日のうちにバスケ部の入部届を出しました……」


「出しましたじゃないわよこの変態っ!?」


 ……以上、全て水鏡くんのモノローグである。思った以上に露骨な動機に、私は思わず声を裏返してしまった。


「はぁ……なんてことなの。神様に奉納する大事な舞が、そんな目で見られていたなんて……」


 ――ちゅどーん。


「きっと神様もエロい目で見てますよ。大丈夫です」


 ――どかーん。


「なにそれ? どこが大丈夫なの?」


 ――かぶーん。

 『鉾矢』の炎を振るって魔物を殲滅していく私を、水鏡くんは三歩下がってついてくる。今や彼はすっかり魔法の力には驚かなくなり、魔物が燃えつきる様を尻目にしながら平然と話をするようになっていた。


「……というか水鏡くん、順応早すぎでしょ。なんで既にこの状況を受け入れてるの」


「そりゃ多少はびっくりしましたけど、先輩のおっぱいがデカすぎるってことに比べたら大した驚きじゃないっていうか。こんなおっぱいつけた人がこの世にいるんだから、魔法ぐらい別に大したことないかなっていうか……いやホント、マジでなんなんだ『これ』、デカすぎだろ。プールより俺をウェットドリームにする気か」


「ぶっ!? ……き、きみ、さいっっってい!!!! 意味分かって言ってんのそれ!?」


「『むせ……」


「みなまで言うなぁぁぁ!!」


「ぎゃぁぁぁぁ――ッ!?」


 水鏡くんのあまりにもひどいダジャレに、私は炎をぶちかました。ヒヨコ柄のパジャマが燃え上がる。

 ……意味が気になるなら各自で調べて欲しい。ここに書くのもはばかられる……。


「……つまり君は、本当に私だけが目当てで部に入ったって事?」


「はい。あの時は一目惚れした勢いのまんま届け出たので、入部した動機ってなるとマジでそれだけです」


「……なるほどね。だから、バスケ未経験であんだけ張り切ってたの」


 黒焦げのアフロヘアになった水鏡くんが、全身あちこちから煙をぶすぶすと立ち上らせている。なぜかパジャマの柄のヒヨコまでローストチキン柄になっていた。……本当になぜ?


「バスケで活躍したら先輩に振り向いてもらえるかなー、ぐらいの考えだったんですけど……まぁ、今になって考えると無理ですよね。先輩に告った中には、俺より運動ができる人なんて山ほどいたはずだし。それが全部振られてる時点で、スポーツで目立とうってのがまず無理な話です」


「ちょっと、だからって辞めないでよ? 君はもうウチの柱の一人なんだから」


「光栄です。さしずめ恋柱ですかね」


 水の張ったプールがそこら中に点在する廊下。時々天井から水滴が落ちて、高い音を立てる。

 魔物がうろつく異界で二人っきりだというのに、水鏡くんはすっかり世間話モードだ。


「……今までに結構な数の人を救助したけど、君みたいな反応は見たことないわね。大抵は襲われないかとビクビクしながらついてくるのに、なんでそんなに落ち着けるの?」


「え? だって、先輩が守ってくれてるじゃないですか? 怖くないわけじゃないですけど、信頼してますから大丈夫ですよ」


「――っ。そ、そう……」


 ――水鏡くんの率直な言葉に、私は自分で思った以上に動揺してしまった。

 顔を隠し、魔法の力で敵を屠る掃除屋スイーパーは 夢の中に迷い込んだ人にとっては、魔物と同じく化け物に映る。助けようとしても逃げられることもあるし、護衛している間に疑惑の言葉を投げられることもある。面識があるというのも一因だろうが、心から頼りにしてもらえることが嬉しかった。


「しかし、どうしよっかなぁー? じゃあどうやって先輩と付き合ったらいいんだろ? エースになったって先輩の気は引けないし、エロい気持ちでやってたってこともバレちゃったしなあ……先輩、どうしたらいいと思います?」


「えらく斬新な切り口で来たわね」


「先輩が魔法使いだっていうのを知れたことは、一歩前進だと思うんですが……ここからどう攻めたらいいやら」


「……いや、あのね……この際言っちゃうけど、私は告白を受ける受けない以前に、そもそも高校の間は恋愛する気がないのよ。天道神社に限らず、巫女っていうのは大抵、お役目が終わるまでは結婚しちゃいけないものなのよ」


 天道神社は全国的にもかなり大きい部類の神社で、地元社会では未だに影響力が強い。選挙の時になると、県議会だの市議会だのの候補者まで厄払いしに来る。

 両親が厳格なのは当然として、いわゆる地元の名士といわれる方々ともよく話すような距離感なので、自由恋愛なんかしようものなら何を言われるかわかったものではないのだ。特に天道家は巫女の血筋こそが重要な女系の神職一族で、私以外の女の子もいない。私の行動いかんでは、最悪この地域の伝統が絶えることになってしまうのだ。


「まぁ交際自体ができないわけじゃないけど……私と付き合う人は、この辺のお偉いさんから『天道神社の巫女の交際相手』っていう目で見られることになるのよ。うちの両親をはじめ、地域社会全部から監視される。それを承知で付き合ったとしても、『やっぱり耐えられない』って別れたりしたら、お互いどれだけ辛い立場になるか分からないわ。

 現役の巫女と付き合うって言うのは、そのぐらい重いことなのよ――どう、諦めてくれた?」


「NEVERッ」


 ズコーッ!

 あまりにも曇りなき眼でそう言われ、私は濡れた床で転んだ。……というかこの子、なんでさっきからこうウィットにとんでるのよ!?


「き、君ねえ……私の話ちゃんと聞いてた?」


「聞いてましたよ。……その上で言わせてもらいますけど、今のは全部、先輩が男の人を好きになった前提の話でしょ。先輩は告白を振ったんですか? 違うでしょ。 先輩が本気でいいかなって思って、そういう試練に耐えられるって少しでも期待できる人であれば、門前払いにしてないはずでしょ。

 先輩本人の気持ちを動かせないのに、周りの大人の目を気にしたってただの皮算用。外堀を埋めるにしたって、まず先輩を惚れさせなきゃ始まらない」


「どんだけ私のおっぱい揉みたいのよ君!?」


 チリチリのアフロヘアーがもとに戻るほどクールに、水鏡くんは分析する。いやらしいことがしたいだけなのにこの熱意……正直いってドン引きだった。他の女の子じゃダメなの? と言いたくて仕方がない。


「そして、俺はもう思いつきましたよ。先輩が魔法使いである事実という、俺の唯一のアドバンテージを活かす方法を。

 先輩に俺を好きになってもらい――おっぱいを揉ませてもらう方法をッ!」


「……へえ? どうするっていうのかしら?」


「ふっふっふ――使んです!」


「――はあッ!?」


 かっこいいポーズを「バァーン!」と決めながら、彼はとんでもないことをのたまった。

 なんだそれは? 論理になっていない。まず不可能だし、魔法使いになれたとしてそれがどうして私の気を惹くことになるのか?


「先輩はさっき、俺以外にこの姿を見せたことがないって言いましたよね。魔法を見せたことがない……と。

 俺より運動ができる人はいくらでもいる。頭がいい人も、顔が良い人も。でも――先輩に告った男の中に、魔法使いはいなかった。俺が魔法使いになれたなら、それは俺だけが持つ『共通項』! その時俺は、先輩に最も接近した第一号となるのだぁー!」


「な……何言ってんのよ!? 魔法使いなんて、今まで私の周りに一人も現れなかったのよ!?」


 そうだ――なろうと思ってなれるものなら、親友の螢視ケージがとっくになっている。なれないから彼は苦しんでいるし、そうそういるものではないから、私は『バディ』が未だ見つかっていない。それが魔法使いなのだ。

 しかし――いったいこの説得力はなんだ? 魔法の存在に驚かないことから始まる、彼のこの奇妙な感じは――


「魔法なんてのは生まれつきの才能よ。バスケが上達するのとは訳が違うの。なりたいからなるなんてありえっこないわ」


「俺はそうは思いません。女の子と付き合いたいって理由で魔法が使えたって、別におかしくはないでしょう?

 ――心から欲しがる願いならば、ありえない話ではないはずです」


「だ、だからって……! ――えっ?」


「ん?」


 ……ヒートアップしかけた思考が、一瞬にして我に返った。

 そう、『欲望が魔法の力を育てる』……それは確かに、魔法の力についての真実であり原則である。だが私は、。守秘義務があるので、そこまで突っ込んだ話を一般人の彼にしゃべるわけにはいかないのだ。


「み、水鏡くん、どうしてそれを知ってるの……?」


「……えっ?」


 水鏡くんも目をぱちくりさせているだけで、反応を返さない。自分自身が今言った台詞に困惑しているようだった。


「君は、一体……。――ッ!?」


「うおおおっ!? な、なんだッ!?」


 顔を見合わせていた私たち二人の足元で、突如として床が振動を始める。――いや、床だけではない――! 今までにない巨大な魔物の気配が、奥の方からやって来るのを感じる。『夢』の主が、自らの統べる世界そのものを揺らしているのだ。


「落ち着いて水鏡くん! 守ってあげるから、私の後ろに!! 危ないとき以外は動かないで!!」


「は、はい! 了解です!」


 広い部屋の前と後ろの通路から、大量の水が流れ込んでくる。水位は瞬く間にくるぶしの高さまで登って来た。

 この世界を抜け出すために欠かせない、今夜最後の仕事が始まろうとしている。






◆あとがき







天道てんどう炎夏ほのか


 ヒロイン。バスト124cmRカップで黒髪ロングの大和撫子。

 暴力ヒロインの側面を見せ始めているが、律季のほうもセクハラ魔なので妥当である。

 服装は変わらず魔装のまま。一歩ずつ歩くたびにおっぱいが揺れている。


 注:彼女が出るシーンでは、行間とか台詞の後ろとかに「ゆ゛っさ♡」「むっちぃ♡」という擬音を脳内で補完していただけると臨場感が出るかも。彼女の爆乳からは常にそんな感じの音が出ていますが、ここでは描写しきれません。




水鏡みかがみ律季りつき


 謎多き主人公。短髪でデコ出しで鼻絆創膏の少年。童貞。

 その行動原理はただ一言「おっぱい揉みたい!!」

 普段はいい奴だが、恋愛関係になると豹変。無数のライバルを静かに観察しつつ二歳年上の炎夏を虎視眈々と狙い、いざとなれば彼女を落とすための方法を本人に直接訊くという驚異の行動力を発揮する。

 魔物を瞬時に消し炭にする炎夏の火炎放射を喰らっても、ギャグ補正によりアフロで済ますことができるとんでもない男(パジャマの柄のヒヨコが焼き鳥になってダメージを肩代わりした、とかではない)。



掃除屋スイーパー


 『機関』所属の魔法使いで、『夢』の世界の探索と人命救助の任に着く者たちの総称。

 この名称は『魔女のホウキ』にかけたもので、身分証明であるバッジも、ホウキをかたどった形をしている。






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