2. 「∞」の物語


◆まえがき




カップルは犬猿の仲の状態からどんどん仲良くなっていく展開が一番好き。

ラムちゃんとあたるとか。しろがねとナルミとか。ハンソロとレイアとか。

だからチョロインは好きじゃない。デレるまでの過程こそ至高。














「――はぁ……おっぱい、おっぱいかぁ……こんなお肉の何がいいのかしら」


「あれ? よう炎夏ホノー。奇遇じゃん」


「!」


 ぐったりとした思いを抱えて帰路についていた私は、その声を聞いた瞬間そちらの方角へ飛びついた。『炎夏ホノー』とは、私が一番信頼する友達しか使わない呼び名だったからだ。


螢視ケージぃぃ~~~~っ! 聞いてよぉ~~~~っ!!」


「お、おう……ど、どうした?」


 スタンドで歩道に立てた彼の自転車が、私の飛びつきの衝撃で揺れる。

 困惑しながらも大柄な身体で私を受け止める、彼の名前は秋月あきづき螢視けいじ。私の大親友で、物心ついたときから一緒にいる幼馴染だ。家のしきたりが厳格な私にとっては、両親以上に頼れる相談相手である。


「ふぅーん……なるほど。律季はそんな事を言ってたか」


 話をすべて聞いた螢視ケージは、苦笑しながらクリーム色の髪をいじる。

 彼は中学時代に水鏡くんと面識があったが、そういう変態性は知らなかったらしい。


「ホントにショックだよ。水鏡くんはマジメな子だって思ってたのにさぁ……」


「ある意味ではマジメだったんじゃないのか? お前にエロいことしたい一心で、部のエースになるぐらい努力してたってことだろ?」


「……そこがまた裏切られた気分よ。水鏡くんって朝練にも一番早く来るし、先輩方にもすっごく熱心に質問するから、みんなにも評判よかったの。うちの顧問は水鏡くんのこと、『居るだけで空気が良くなる』って言ってたわ。――それが全部下心だったなんて、さすがに納得いかないわよぉ……」


「まぁな……本人は練習中もミーティング中も、『おっぱい揉みたい!』以外考えてなかったってことだもんな」


「そういうことになっちゃうわよね。だからこれからどうやって接したらいいのか、わりと本気で悩んでるのよ」


「あんまり気にしすぎない方がいいぞ。?」


「……うん」


 螢視は、夜空に浮かぶ満月を見上げながら言った。私はうなずき、目つき鋭く月の光を睨む。『人食いの夜』を象徴する光を。


「そうね……あまり考えすぎると後に響いちゃうわ」


「『バディ』はまだ見つからないのか?」


「ダメみたい。上の人が言ってたんだけど、私みたいに何年もソロっていうのは、世界でも珍しいケースなんだって」


「おれがなってやれれば、話は早いんだがなぁ……ごめんな、魔法使えなくって」


「いいわよそんなの。いっつも相談に乗ってもらってるのに、危ないことをさせられないわ」

 

 そう言うと、螢視ケージはしょんぼりしてうつむいてしまう。この話題になると、こいつはいつもこうだった。

 本人には直接関係のないことなのに、相変わらず責任感が強すぎる。私はそういうくそまじめなところも好きだけど……。


「気を付けてくれよ。起きたらいつも通り電話してくれ。電話がなかったら家に行くからな」


「うん。おやすみ螢視ケージ


 自転車を走らせ、小さくなっていく螢視ケージの姿。路上の水たまりは、車のヘッドライトや街灯、満月の光が照り返していた。

 ――そして、の、ささやかな光を。





















 気が付くと、私は謎の世界にいた。

 点在する電灯に照らされた、四方がタイル張りになった空間だ。


 私の服装は、キャミソール一枚にパンティのみ――『さっき眠りについた時』のままだ。

 

「――今日は、水場か」


 湿ったタイルの壁に、独語する私の声が反響する。天井はやたらと低いが、前にも後ろにも通路が続いていて、奥まで声が届いたのだ。

 ネットミームの『Poolrooms』を彷彿とさせる、非現実的な領域リミナル・スペース。私は体内の魔力の流れを早め、『宣言する』。




魔装形成フォーミングアーム:『穢祓けがれはらい鉾矢ほこや』」




 大きな炎が燃え上がり、私の全身を包み込む。狭いタイル張りの空間が煌々と照らされ、周囲の湿気が消し飛んだ。

 炎が消えた時、私の姿は、だらしない下着姿から、『魔装』をまとった戦闘態勢へと変わっていた。


 左眼の中に炎を宿らせ、露出度の高い巫女衣装をまとい、右手に紙垂のついた槍――『鉾矢』を持った私の前には、水生生物の姿をした中型の魔物の群が現れた。魔力を放出したせいで寄って来たのだ。私は『鉾矢』を一振りし、炎を放ってそれらを苦も無く蹴散らした。


「……ちっ、やっぱりいつものより燃えにくいわね。気を引き締めてかないと……!」


 私は左目の炎を一層燃え上がらせ、キツネの半面をかぶる。

 炭化して散っていく魔物と、まだ燃えている炎の上を飛び越えていった。













 ――満月の夜に眠ると、魔物たちが徘徊する異界へ迷い込むことがある。今私がいるこの場所がそれだ。

 運悪くここに来てしまった人々は、わけもわからないまま、ここに棲む化け物たちのエサにされてしまう。しかも犠牲者は体に外傷が残らないまま、ベッドで寝たままの姿の死体を発見されるので、医学上は自然死にしか見えない。

 世界各地で多くの死者を出している、この『夢』の存在に、社会はいまだ気づいていない――。


「『セイントフレイム』!」


 ここに来て20分ほどが経過した。私は『夢』の中を駆けまわりながら、目につく魔物をひたすら焼き潰している。

 ――私、天道炎夏は『魔法使い』。『夢』の中に任意で入ることができ、迷い込んだ人を守り魔物を狩ることを仕事としている。数年前にある組織から勧誘を受け、以来ずっとこの任務について、町の人々を守ってきたが、そのことを知るのは螢視ケージだけだ。

 今日の夢はいつもに比べるとやたらと敵が多い上に、水場だらけのため、炎使いの私にとって大変不利な環境であった。


(――むっ! 前方に人間の反応がッ……!)


 炎を放って魔物たちの中に灰の道を開き、私は速度を速めた。いくらかの距離の先に、迷い込んだ人が居るのを感じたからだ。この魔物の密度では既に襲われている可能性もあった。

 床が水浸しなので走るのが怖いが、ホウキで飛ぶには通路が狭すぎる。とにかく急がねば……!


「――ひいっ……な、なんなんだよこいつらは!?」


(いた!! やばい、ピンチだわ!!)「――そこの人!! ふせてっ!!」


「へ、へっ!?」


 『パジャマを着た、短い黒髪の少年』が、数匹の魔物に詰められておろおろしているのが遠くに見えた。

 もはや一刻の猶予もならない。私は鋭く声を飛ばし、返事が来るより先に、『鉾矢』を構えた。


「燃え尽きろォ――ッ!!」


「ひゃぁぁぁぁぁっ!?」


 降り下ろした『鉾矢』の穂先が勢いよく火を噴く。襲われていた少年が情けない悲鳴を上げながらしゃがみ、それを避けた先で、魔物が炎に飲み込まれた。

 ……あれ? 今の声、どこかで聞いたような? 奇妙な既視感を覚えつつも、私は間一髪で命を救えたことに安堵する。

 

「間に合ったようね……ケガはないかしら?」


「は、はい……ありがとうございます――って」


「……あ、ああっ!? き、君は……!!」


 戸惑いながら礼を言おうとした彼が目を見開いた。思わぬ人物との出会いに、私も思わず素に戻ってしまった。

 彼は、私の知り合い――それも、今は一番会いたくない人だった。


(み、水鏡くん……っ! なんでよりによって!?)


(え!? 天道先輩だよなこの人!? な、なんだよ今の!?)


 いくらかの間唖然としてしまったが、すぐに我に返って視線をそらす。

 『魔法使い』は自分の正体を知られてはいけないというルールがある。だから、人命救助につく者は、仮面をつけて素性を隠さなければならないのだ。今までに私が『天道炎夏』だとバレたことはないが、それは知り合いに会った事がなかったからでもある。

 ……だ、大丈夫だ。私の変装は完璧。水鏡くんだって動揺しているはずだし、私だと気づかれるはずがない……!


「……ゴホン。――お、おケガはありませんか? もう心配いりませんよ(裏声)」


「あ……ありがとうございます。さっきぶりですね、天道先輩。なにしてるんですか?」


「ふぇぇっ!?」


 一発でバレた。水鏡くんは完全にいつも部活で話す感じの距離感だ。

 しかし……なぜわかったのだ!? 顔はキツネ面で隠しているというのにッ!


「水鏡くん、どうしてこの完璧な変装を……。――! ま、まさか、君も魔法使いっ!?」


「いやいやいや、普通分かるでしょ。だってホラ……そんなおっぱい、他にいないし」


「――はっ!?」


 露出度の高い『魔装』により、乳暖簾をかけただけの状態になった私の胸を、水鏡くんは指さした。

 「顔以外の何もかも隠れてねぇよ。尻隠さずなんてレベルじゃねぇ」という言葉が突き刺さる。――くそぅ、こんなところにもこの体の弊害がぁ……!


「……というか、顔も言うほど隠れてませんしね。可愛さがお面を貫通してますよ」


(うぐぅぅ……ふ、不覚だわ。よりによって、水鏡くんにバレちゃうなんてぇ……!)


「てか今、『君も魔法使い』……って言いましたよね。

 ――てことは、先輩がさっき火をゴーッと出してたのは……『魔法』ってことですか?」


(会って30秒で全部バレたー!?)


 あまりのショックに思わずのけぞってしまうが、もうこうなってはしょうがない……私は観念してお面を取り、顔の横側にずらして正体を明かした。


「――他の人に正体を明かすのは初めてね……そうよ、私、天道炎夏は魔法使い。

 炎の魔装・『穢祓けがれはらい鉾矢ほこや』の使い手。この『夢』に迷った人々を救う任務を負った掃除屋スイーパーよ」


 キリッとして胸を張り、ホウキをかたどった『機関』のバッジを突き出す。すると「バイン♡」とおっぱいが揺れて、乳暖簾がそよいだ。


「さっき変な事聞いちゃったからちょっと複雑だけど……『機関』の名においてあなたを護衛してあげるわ」


「――じぃぃぃぃぃ~~~~~ッ」


「……ちょっと、露骨に見ないでよっ!?」


 ほとんど丸出しの私のおっぱいを、水鏡くんは血眼になって凝視する。私は慌てて両手で身を守ったのだった。








◆あとがき





魔装形成フォーミングアーム


高い才能を持つ魔法使いだけが発現させられる力。

獲得の条件は『己の欲望を爆発させる』こと。発現時には全身が光に包まれ、展開している間も左目に光が宿り続ける。

特有のビジョンを持ち、炎夏のように『衣装』と『武装』でセットになっている場合が多いが、そのどちらか片方しかない場合もある。


これを持っているというだけでも魔法使いの世界では相当な上澄み。




・『夢』


元ネタはThe Backrooms。

魔法使いや魔物たちが跋扈する、正体不明の異界。今作の主な舞台であり世界観のキモ。


第一層リミナルスペース第二層オンベウスト第三層ファンタジア第四層アポカリプスの四層で構成されている。

現在炎夏たちがいるのは第一層・リミナルスペースであり、満月の夜に一般人を飲み込むのはここだけである。

夢の中に入った者は寝た時の恰好のまま。魔装がなかったら炎夏もキャミでは寝ない。




天道てんどう炎夏ほのか


ヒロイン。今回で『爆乳魔女』としての本性が露になった。

炎属性で巫女属性でデカパイで乳暖簾。夜な夜なエロ衣装を着て敵を狩る。親友に泣きついたり、口が出たキツネ面一枚で正体を隠せると思ってたりと、若干ポンコツの気がある。


魔装形成フォーミングアーム:『穢祓けがれはらい鉾矢ほこや


発現時には左目に赤い炎が宿る。

乳暖簾とエグいスリットの入った袴が特徴の、痴女じみた巫女衣装と、柄に紙垂がつき赤熱した刃を持つ槍がセットになっている。

槍と炎以外に特別な能力はないが、本人の出力がバカ高いのでシンプルに強い。

難点は大ぶりすぎて精密動作が難しい事。「まるで先輩のおっぱいですね」とか言った律季は焼かれた。



水鏡みかがみ律季りつき


主人公だが活躍はもう少し先。

魔物に襲われたが結局死ななかったことと、炎夏の恰好がエロすぎることから、全部ただの夢だと思っている。

この後「スケベコスの先輩が見れるなんて……俺の夢グッジョブ!!」とか言って焼かれた。




秋月あきづき螢視けいじ


愛称「ケージ」。

炎夏の幼馴染で親友であるが、律季とも旧友の関係。クリーム色の髪をした長身のイケメンで、超インテリ。

炎夏は自分が魔法使いであることと、炎使いであることを彼に明かしているが、守秘義務があるため魔装を見せたことはない。なので彼は炎夏が夜な夜などんな格好をしているか知らず、人々を守る彼女のことを純粋に誇りに思っている。


彼が炎夏とくっつくことはない。





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