水鏡律季と爆乳魔女 -The March of The Black Queen-

水銀@創作

第二章『炎夏の秘密と律季の野望』

1. 天道炎夏のΨ難 その1





「――天道てんどう先輩、好きです! 付き合ってください!!」


「ことわるわ」


 キッパリ。

 校舎裏で待っていた後輩の男子の告白を、私は断った。

 

「ど……どうしてですかっ!?」


「いや、どうしても何も、

 初対面の人に自己紹介もなしでいきなり告白する人がありますか。出直していらっしゃい」


「は、はい……失礼しますっ」


 そう言われてすごすごと逃げ帰っていく彼。私はその後ろ姿を見送ることもせず、こめかみを少しもみほぐした。

 相手の思いを無碍にしたという罪悪感は少しもなかった。なぜなら――


「――うーむ、相沢も撃沈……と」


「天道もすげーな。これで一年の卓球部男子が全滅だぞ」


「……はぁ」(毎日毎日良く飽きないわね)


「そ、そろそろいいかな……?」


「ああ、行って来いよ」


(全部見えてるし……)


 二階の窓からは、男子たちが私を見下ろしながら下世話な話を囁き合い。

 すぐそこの木の後ろでは、をしていた男子が、付き添いの友達と一緒に私に話しかけるタイミングを待っていたのだから。

 

「て、天道先輩っ! お話いいっすか!?」


「はいはい……なにかしら?」


 そして、ずっと機をうかがっていた彼が、意を決したかのように木陰から出てくる。

 全然隠れきれていなかったし、相談する声も丸聞こえだったのだが、私は精一杯疲れを隠しながら何も知らないふりで応じた。


「お願いします! 付き合ってください!」


「ごめんなさい」


「ど、どうしてですかっ!?」


「あなたとも初対面だからです! さっきのを聞いてなかったの!?」


 ……私の名前は、天道てんどう炎夏ほのか。県立真序まじょ高校三年生。おそらくこの学校で、一番男子から人気がある女子である。



 










 突然だが、『斉木楠雄のΨ難』という漫画を知っているだろうか?

 端的に言えば、超能力者の主人公が、普通の生き方がしたい本人の思いとは裏腹に、己の力に振り回されて苦労する物語だ。あまりにも大きすぎる長所は本人さえ持て余すということであり、私の人生にもこれがそっくり当てはまる。


 私にとってのそれは『容姿』――そう、私はあまりにも見た目が優れすぎていたのだ。隠すことができないという点では、むしろ超能力よりも難儀かもしれなかった。


 一つ、私は顔が良い。テレビに出まくっている女優やアイドルにも余裕で勝つほど顔が良い。

 きりっとした眉、切れ長の吊り目、通った鼻筋。可愛いより綺麗さが勝るタイプの、大和撫子という言葉が似あう美人である。……自分で言っていて恥ずかしくなるが、全部事実なので仕方がない。

 

 二つ、私は発育がいい。17歳で身長は180cmを越え、胸はこの前計った時点で124cmのRカップになっていた。

 ……もう一度言う。『124cmのRカップ』である。これは冗談でも測定ミスでもない。重いとか蒸れるとかそういうレベルではなく、日常生活に支障をきたす数値である。当然お尻にも太ももにも、それに比例する形でたっぷりお肉がついている。

 だからといって太っているわけでもなく、ちゃんと締まる所は締まったボンキュッボンのスタイルをキープしている。そのことで特に苦労はしていない。生まれつきどれだけ食べても脂肪がお腹周りにいかず、代わりに身長とか胸ばかりが育つ体質だったからだ。


 以上の理由で私はモテる。どこを歩こうが男性に振り向かれるし、胸やお尻をジロジロ見られる。

 そしてそれこそが、私の日常に苦労が多い原因であった。


(……ふー、今日も疲れたなぁ……)


 結局、今日告白された回数はなんと6回。そのうち四人が面識のない人で、残りの二人は三日前にも告白したのをリトライしてきた。『なんと6回』と言ったが私にとってこの数字はむしろ少ない方で、新入生が入って来る四月など、一日の休み時間がそっくりつぶれて、放課後に行列ができている事もあった。

 『天道炎夏』はあまりにも高嶺の花マドンナになりすぎて、最近は告白する男性の側も成功を期待しなくなってきており、『男子が私に告白して断られる』のが学校の名物になっている節さえあった。……こうして書くと、なんだか私の方がイジメに遭っているようだが、そういうわけでもない。とにかく、それぐらい私は可愛すぎるということだ。

 毎日毎日この調子なので、さすがに参るのである。こちらとしても、たとえ体目当てや遊び半分での告白であろうが、『告白を断る』という行為には覚悟が必要なのだ。飽きたり疲れることはあっても、『慣れる』ことはできなかった。


「――飯田くーん、もっと背筋を伸ばして!」


「は、はいっ!」


 そんな日常の中で私の心が晴れるのは、男子バスケ部のマネージャーとして働いている時だ。もともと私はバスケが好きで、中学の時には女バレの全国大会に出場したこともある。

 それがなぜマネージャーに転向したかというと、中三の時に胸が成長しすぎたせいで、自分ではプレイできなくなってしまったのである。物理的には無理すればやれないこともなかったが、動くとおっぱいが「ぶるん! ぶるん!」と揺れるので人目が恥ずかしかったのだ。

 自分では試合に出なくなってしまったものの、好きなスポーツに関われるだけで嬉しかった。


 わずらわしいことを忘れ、活気に満ちた体育館で、入って間もない部員たちを張り切って指導するひと時。

 ――その私を、遠目からボーッと見つめる、一年生の少年がひとり。


「……」


「――おい律季りつき、どこ見てんだ!?」


「えっ……って、うぎゃーッ!?」


「律季ィー!!」


 ドリブル練習の最中、よそ見をしていた『彼』は、大柄な先輩部員たちの突進に巻き込まれて吹き飛び、ぐるぐると目を回した。

 『彼』の友人たちの悲鳴。ホイッスルが鳴り、プレイがいったん中断された。ミスってけがをした彼のもとに人だかりができ、私もあわてて駆け寄る。


「おい水鏡みかがみ、練習中に何ぼんやりしてんだよ」


「す、すみません……気を付けます」


「あっちゃー、ケガしてるじゃない! おいで、手当てしてあげるわ」


「は、はい……」


 ――水鏡みかがみ律季りつき

 彼は、今年入って来た一年生の中で、私が一番期待している子だった。バスケ未経験にもかかわらず、抜群の運動神経と吸収力で一気に部のエースになり、先輩連中からもかわいがられている。

 

「鼻を打ったのね。絆創膏貼ったげるからじっとして」


「い、いいですよ。自分で貼れますから」


「自分の顔じゃ難しいでしょ。遠慮しなくていいから」


 椅子に座って恐縮している水鏡くんの顔は赤い。

 太い眉と大きな茶色の目、日焼けした肌。短く切った黒髪に汗の粒がついていた。


「よし! できたわよ!」


「……はい……あ、ありがとうございます……」


 鼻に直接絆創膏を貼ってあげると、水鏡くんはみるみるうちに瞳孔を開かせていた。応答する声も震えている。

 校内の他の男子たちが、振られても振られても臆面もなくアタックしてきたり、人が告白される様を見世物にしたりしている中で、彼はこの反応だった。……こう言ってはなんだが、とても可愛い。

 しかも水鏡くんは入部当初から数か月間ずっとこの調子なのだが、一向も私に告白してくる気配がないのである。部活での活躍もさることながら、そういうところも私は彼に好感を持っていた。

 

「おーい、律季、早く来い!」


「あ……はーいっ!」


「――お、なにそれ。なんか可愛いじゃん」


「えへへ……天道先輩につけてもらっちゃったよ」


「マジか。うらやましー」


 ホイッスルが鳴る。赤い顔でボーッとした水鏡くんがまだ立ち尽くしている。そして、そのまま先輩たちに跳ね飛ばされて宙を舞う。


「うぎゃーっ」


「水鏡くーんっ!?」




 ……結局、なぜか水鏡くんは練習終了までボロボロだった。物理的にも内容的にもボロボロだった。

 調子が悪いと判断され、チーム練習から外されてシュート練に回されたが、そっちでもろくに入らなくなっていた。


 これは、いくらなんでもおかしい。

 みんなが帰っていく中、私は急いでジャージから着替え、水鏡くんを追うことにした。


(具合が悪いのかしら。無理に練習に出てるのであれば、マネージャーとしてちゃんと止めないと……)


「どうしたんだよ、律季。メタメタだったじゃねーか」


「面目ないぜ……ごめんな、お前ら」


(……あ、いた!)


「まぁ、しゃーねーよ。天道先輩にあんなに接近されちゃ、俺だってポーッとなっちまうし」


 いつもつるんでいる二人の同級生と一緒に、廊下を歩いている水鏡くんの後ろ姿があった。心なしか、肩を落としているような彼に、私は声をかけようとするが……話題が私のことになってしまったので、その声を飲み込んでしまう。しかも内容がとても恥ずかしかった。


「相変わらずきれいだよなぁ。あんなイモいジャージであんだけ可愛いって奇跡だよ」


「だからってうつつ抜かしすぎだけどな。いくら先輩がきれいだからってありゃねーぜ」


「いやいや、律季ならああなるって。――なんてったってコイツ、ってだけでバスケ部に入ったんだからな」


(……えっ?)


 水鏡くんの友人の思わぬ一言に、私は足を止めてしまった。

 ……なんだ、それは? 『好きだから』ではなく『おっぱいを揉みたい』? つまり、水鏡くんが私に抱いていたのは、恋愛感情ではなく劣情だったということで。顔を赤くしていたのも初心な反応も、全てそれが理由だったということに――


「おい、ちょっと……! それはここだけの話って言っただろ!」


 慌ててそう言う水鏡くんの態度も、今の発言を裏付けていた。

 唖然とする私の前で、三人は立ち止まって話を続行する。


「え? マジで? お前そんなこと考えてここ入ったんか?」


「……うん。ぶっちゃけ言うとそうなんだよな。でもお前らだって、ここ入った時点で多少ワンチャンは狙ってたろ?」


「いやいやいや。『付き合えるかも』とは確かにちょっと思ったが、『おっぱい揉めるかも』と思って入ったわけではねぇよ。

 えっ、なにお前どういうこと? マジでそれだけで入部決めたんか」


「うん。最初はそうだった。だって、見たら思考はそっちに向くだろ普通?

 むしろ俺は、お前のほうが嘘ついてんじゃねぇかって疑ってんだけど。あのおっぱい揉みたくない男がいるわけないじゃん。俺はそれだけがモチベーションで練習に打ち込んでたんだぞ」


「やめろやめろやめろ、人を変態に仕立て上げるなこのバカ! 

 マジかよお前、ちょっとドン引きだぜ……! 俺たちの友情はいったいなんだったんだよ!?」


(……あっ)


 ジェスチャーで引き具合を表現すべく、水鏡くんの友人が後ろに下がった。当然水鏡くんの目線も彼を追い……その後ろにいた私を認識して硬直する。

 硬直する彼の様子を不審がった他の二人も、私に気づいて固まった。気まずい沈黙が流れる。


「…………あ……せ、せんぱい。……その、今のは……」


「じょ、冗談です冗談っ!」


「そうそう! 男同士の悪ノリですから!」


 まともに舌が働かなくなった水鏡くんのかわりに、二人が前に出てきて必死で彼をかばいだした。

 ……まあ、確かに本気の会話ではなかったのはわかる。私としてもそのぐらい承知の上だが、気に入っていた後輩の予想外な一面を見てしまったのは、やはりそれなりにショックなわけで――


「つ……」


「「「……つ?」」」


「つーん!」


 私はくるりときびすを返し、水鏡くんの視線を切ったのだった。


「あー!? ちょ、ちょっと待って先輩!! 話を聞いて―!!」


「つーん!!」





 ――私の災難Ψ難な日々が、ここに始まる。










         第二章『炎夏の秘密と律季の野望』













「何が第二章よ、もうっ!! 水鏡くんなんて最低だわー!!」




「待って! 本当、そういうのじゃないんですってばーッ!!」









◆あとがき







天道炎夏てんどうほのか


ヒロイン。苦労人。身長180cmでバスト124cmRカップの黒髪美女。

今回は彼女の一人称視点だが、いわゆる『信頼できない語り手』というわけではない。容姿のせいで苦労している彼女にとって、容姿をほめちぎる描写はむしろ自虐である。

今回出たのは『爆乳』要素のみ。『魔女』要素は次回から。


一週間後におっぱいを揉まれる。



水鏡律季みかがみりつき


主人公。おっぱいフェチのド変態。

小柄で短髪で鼻に絆創膏を貼っている。顔はそれなりに整っているが、変態さがそれを台無しにしている。

目がグルグルになった時は、必ず『反時計回り』に巻いている。指紋の形も同じである。


なお『律季』という名前は、「めぐり続ける四つの季節のように、喜怒哀楽豊かな人になれ」との願いからつけられたものである。

両親が死んだときからは、その言葉を遺言として精一杯笑顔で生きている。






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