親友二人の歪んだ関係 その1
――女の子の、良い匂いがする。
『夢』から帰還し、眠りから意識が戻った瞬間、律季はそのことに気が付いた。ガバッ! と飛び起き、ぼやけた視界であたりを見回す。部屋の電気はついていないものの、夜明けの日光が窓から差し込んでいるので様子が分かる。
「……な、なんだこれ……? 寝る前と部屋が違ってるぞ!?」
――律季はゆうべ、螢視の番をするため、彼の部屋のベッドの隣に布団を敷いて寝た。
その時に見た内装は寒色系を基調にしたシンプルなものだったが、今の螢視の部屋は、ピンク基調の温かみのある空間になっている。昨日までは無かったはずのクマのぬいぐるみやクッションも置かれ、いかにも「女の子の部屋」に変貌していた。
「ん、んぅ……? ――え? り、律季?」
「!! あ、あれ!? 文月先輩もおっぱいでっかいまま!?」
「え……? はっ……はぁ!? な、なんだこれッ!?」
ベッドの上では、部屋の主が目を覚ます。爆乳美少女と化した文月螢視だ。
クリーム色の髪に寝癖をつけ、起こした上体は裸である。(昨日寝かせた段階ではちゃんと服を着ていた) くっきりした鎖骨、たっぽたぽのおっぱい、綺麗なおへそがすべて丸見えの、すばらしい眺めだ。
「ど、どうなってんだ……あれ夢じゃなかったのか?」
己の胸についた重たい肌色の塊を見下ろし、仰天する螢視。これが炎夏なら「きゃぁ!?」と叫んで反射的に腕で胸を隠す所だが、螢視はあくまで意識は男なため、『とっさに隠す』という概念がない。
ではどうしたかというと――手で片乳を下から持ち上げ、たぷたぷと重さを確かめたのだ。夢かうつつか疑った時、頬をつねるのと同じ心理であろう。もちろん、律季がすぐそこで見ていることなどおかまいなしである。
下からのアングルだと細い指が重さで乳肉に食い込んでいるところまで見え、その重量感がよくわかった。
「うぐ……ッ」
身体のエロさと無防備な態度のアンバランスに加え、彼女の寝ていた毛布の中からは甘い匂いまで漂ってきて、朝のそれではない生理現象が律季の股間を襲った。
昨晩『処理』できなかったのもあって、ギンギンである。
「ていうか、ここどこだ? お前、なんで俺と一緒に……」
――ドタドタドタドタ
「
「へ? ほ、
「あ! 炎夏さん! 大丈夫でしたか背中!?」
「あ、うん……今はなんともないみたいだけど……なにこの部屋?
なんでこんな女の子っぽくなってるのよ。なんかいい匂いもするし」
慌てた炎夏がドアを開けると、空間の爆乳成分の密度が上がる。
時計は4:30を指していた。早朝から魔法使いたちはとても騒がしかった。
「な、なんなんだよ!? なんで二人が俺んちにいるんだ?」
たっぽぉ♡
ベッドから降りた螢視のおっぱいが、律季の右頬にのしかかる。「おっふ!?」という嬉しそうな声が胸の下から上がった。
「
むにゅうっ♡
螢視に詰め寄った炎夏のおっぱいが、律季の左頬に押し付けられる。「んおっ、こっちもッ!?」という喜びの声が上がった。
「――え、えーと、俺としてはしばらくこのままでもいいんですが、そういうわけにいきませんよね。
いったん話を整理しましょうか。ちょっと情報が多すぎるんで」
「そ、そうね。まずは
「……???」
◆
「……二人とも、これ見てくれる?」
「……名札? こんなの昨日まで掛かってなかったっすよね?」
「それもそう。だけど問題は……名前が違うことよ」
炎夏が指さすのは、螢視の部屋のドアにかかった木の名札だ。
ポップなアルファベットがこう言っている――『Kei’s Room』。
「しかも連絡先見たら、電話番号の名前も、LINEのアカウント名も『螢』で登録されてるわ。水鏡くんのは?」
「……同じです。これ、ひょっとして……」
「ちょ、ちょっと待ってろ。昔の教科書とかの名前も見てみるから」
「意味無いわよ。多分あなたの名前は、『
こうなるともう、螢視の体が女の子になったっていうだけの問題じゃないわ。女の子として通用する名前に、女の子らしく変わった部屋まで用意されている。まるで世界全体が、
「……お、おいおい、勘弁してくれよ。
一番困ってるのは俺なんだぞ?」
弱り果て、冷や汗を流す螢視の恰好は、もう裸ではない。
だが、しかし――本人はむしろ、裸だった時よりも恥ずかしそうにして、律季や炎夏の視線を腕で遮っている。
「ほ、ほら、そういう風に見るじゃないかぁ」
(かわいい)
(かわいいわね)
今の螢視の服装は、青のシャツに黒のジーンズ。
恥ずかしがっている割になかなかのコーディネートで、着こなしも様になっていた。
「先輩、女装趣味あったんですか?」
「えっ!? そうなの!?」
「違うわ!?
「じゃあなんでそんなの持ってるんですか」
「別に元から持ってたわけじゃねぇよ。タンスの中身がこれに変わってただけだ」
「あ、そうか。部屋の内装も変わってたもんね」
「……うーん……。もともと先輩に女の子になりたい願望があったとかなら、この状況も納得いくんですけどね。
先輩は夢が叶って、俺たちも喜んで、めでたしめでたしで済むんだけど……」
「人に勝手なレッテルを貼るな、お前。迷惑してんだよこっちは」
螢視が腰を当てるポーズをとると、たっぷたぷでもっちもちでぷりっぷりの体が一段と強調された。
炎夏をしのぐ背丈はそのままなので、ちょうど胸が律季の顔に突き出される形になる。螢視にとっては迷惑でも、律季にとっては大喜びだ。本人がうっとうしそうにしているのが残念ですらある。
「本人にも原因が分からないとなると、これ以上
――とりあえず、機関に連絡してみるわ。精密検査してもらえるかどうか」
「そうしてくれ。一刻も早く男に戻りたい」
「マジっすか? うっわ、クソもったいねぇ。せめて今のうちに揉んでおいた方がいいんじゃ……」
真剣な顔でのたまう律季。螢視はあきれたジト目で彼を見下す。
そんな二人をよそに、炎夏は専用端末で機関に電話を入れた。早朝ではあるが、迷惑を考えていられる事態ではない。
『炎夏ちゃんか? なんや、こんな朝早く』
「イヌイさん。緊急事態です。螢視がおっぱいの大きい女の子になりました」
『……は?』
――そうして真剣な顔で事態を報告する炎夏の後ろでは、
「いやマジで、一回でいいから触っといた方がいいですって! 二度とないですよこんなチャンス!!」
「だから、お前と一緒にす……(――むにゅっ♡)
――んなっ!? こっ、これは……っ」
「どっ、どうですどうです? すごいでしょ?」
「う、うん。(むにゅ♡ むにゅ♡ むにゅ♡) た、確かにすごいな……。(もみっ♡ もみっ♡) ホ、ホントに俺の体か? これ……。見ろよ律季、服越しでもこんだけ指が沈むぞ」
「おっぱいの方の感じ方はどうなってます? そっちの気持ちよさは感じますか?」
「わ、分からん。でかすぎるせいなのか、あんまり感覚がない感じだ……」
「あー、そんな軽く揉んでたらダメですよ。おっぱいの性感帯は乳腺なんで、それこそ大きければ大きいほどテクが肝心です。
もっとこう、下から深くほぐすみたいに。掌底も時々入れる感じで」
「……? なんでそんなこと知ってんだお前……?」
螢視の体に新しく生まれた部位に、バカ二人が夢中で目を輝かせていた。
炎夏は、電話相手にそれが聞こえないように、青筋を立てながらさりげなく階段を下りていく。優しい親友の、あまり見たくないところを見てしまったと思った。
『文月螢視が女の子になった件については、理由も理屈も分からない。敵の攻撃でないのなら余計に謎だらけや。近いうちに検査はしてみるけど、答えが見つかるとは期待せんほうがいい。
ふたつだけ言えるのは―― ① キミの友達は貴重な白魔力を持つ魔法使いになった。② 教国はその身柄を狙ってさらに攻撃の手を強めてくる。
身内に回復魔法を持った者が現れた以上、いよいよヤツらは血眼でキミらを狙うやろう。下手をすれば――〝あの十二人〟の誰かを、繰り出してくるかもしれん』
「!! ……『
『あの十二人』。電話越しのイヌイがその言葉を発したとき、炎夏は血相を変えた。それが何者を指すか分からぬ者は、機関の魔法使いの中にはいない。
魔法の力で世界を制覇せんとたくらむ悪魔・グレゴリオ教国――その中で最強の十二人の称号である『
機関の魔法使いにとっては、寝物語の怪物にも等しい恐怖の象徴――それが今、炎夏たち三人を狙ってやって来るかもしれないという。それこそ、ユウマたちとは比較にならないほどの脅威だ。
『もしヤツらが出てくれば、もはや手段は選んでいられん。いざとなれば〝切り札〟の投入も考えねばならん。
本気になったキミならヤツらとも戦えるはずや』
「……はい。しかし、アレは……少々危険すぎます。
夢の中でも使うのをためらうのに、現実世界で使ったりしたらどうなってしまうのか……」
『ああ、わかっとる。しかしもはや、ある程度一般人に被害が出てもやむをえん事態や。
ヤツらの存在を一日許せば、その分さらに被害が拡大することになる。キミらにとっても、機関にとっても、そして世界にとってもな。本当にヤツらと対峙することになったら――ええか、躊躇するんやないぞ。望もうと望むまいと、すでにキミらはそれだけの責任を負った存在になってもうたんや』
「……了解しました」
『増援は送られへんが、メディカルキットと文月螢視の杖は今夜までに用意する。
神瀬ユウマの件から考えると、今日中に敵が来てもおかしくはない。どんな些細な事でも連絡を怠らんようにな』
ガチャリという音で通話は切れた――自分の杖を見つめ、苦悩する炎夏を残して。
タイミングを見計らったかのように、上から律季と螢視、二人分の足音が下りてきた。
「……終わりました?」
「……ええ。検査はしてくれるって言ってたわ」
炎夏は、重要な点を意図的に省いて答えた。
螢視を狙い、『教国』の最大戦力がやってくるかもしれない――そんな胸が張り裂けそうな事実をいきなり本人に伝えられるほど、炎夏の心は強くない。
第一、伝えてどうするというのか? それを知ったところで、螢視が何をどうできるというのか? 事は明らかに、一介の高校生が直面していい重大さではなかった。
「ねぇ……ユウマさんとレンさん、どうします? ……殺すんですか?」
「……はっ?」
「……一応、後であのマンションを見に行くわ。いる可能性は高くはないけど」
ためらいがちな律季の言葉が炎夏を正気に戻す。物騒な単語に、螢視の顎が落ちた。
螢視は、女体化してしまった以外は何事もなく生きている。健康状態にも問題はない。そのため、炎夏の二人への敵意は昨晩に比べると和らいでいたが、教国が螢視の捕獲に動くとなれば、あの二人もその先兵として螢視をさらいに来るに違いない。
しかも昨日ユウマが螢視を家に連れて行ったのは、あくまで任務ではなく本人の個人的な意志だったのだ。それを加味すると、ユウマの脅威度は減るどころか、むしろ増していた。
「二人が教国のエージェントである以上、そう遠くないうちにまた会えるはず。その時こそは逃がさないわ。
捕まえられればいいけど、それができなかったら殺すしかなくなるでしょうね。」
「な、なあ二人とも何言ってんだ? あいつらは俺たちの友達――うっ!?」
「!? 文月先輩?」
「う、ううう……! 頭が割れる……!!」
突然激しい頭痛を訴えた螢視に、二人とも慌てた。両手で額を抱え、足は時々たたらを踏んでおり、尋常な苦しみ方ではない。
一瞬だけ顔を見合わせると、律季は背中を、炎夏は頭を、それぞれ撫ではじめた。
「よ、よーしよーし。大丈夫だからねー……」
「ぐうううぅぅぅ……ッ。あ、ありがとう。収まってきた……」
「どうしたんでしょう? 女の子になった副作用とかですかね?」
「……いいえ。多分、魔法使いになって記憶が戻ったせいよ。
神瀬さんの暗示が解けて、脳に負担がかかったんじゃないかしら」
「……暗示?」
汗をかき、疲れて摩耗した表情が、みるみる我に返っていく。
神瀬ユウマと朝霧レン。二人が過去の記憶のどこにもいないことと、それを昨日まで当たり前のように『友人』と思っていた自分自身に気が付いたのだ。そして、昨日の夢の中で見た魔法使いとしての姿。
「
「……そうよ。神瀬さんと朝霧さんは、私たちの敵。
『グレゴリオ教国』から私たちをさらいに来た、悪の魔法使いよ」
「――!!」
「……炎夏さん? いいんですか? 確か、そういうことは文月先輩に言いたくないって……」
「もう仕方ないわよ。話したくはないけど、今や
だからこの際、全て教えるわ。機関、教国、『夢』――そして魔法。今まで隠していたことすべてをね」
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