親友二人の歪んだ関係 その2





 居間のテーブルで全てを話し終えた時には、空が青くなっていた。

 炎夏と螢視が対面に座り、律季は炎夏の横でちょこんと正座している。いろいろとでかい炎夏と螢視と一緒にいるせいで、律季は、まるで自分がハンバーガーのパテになったような気分だった。


「……り、律季てめぇ、人の幼馴染に何してくれてんだよ!? 

 炎夏ホノー本体マスターなのをいいことに、散々セクハラしやがって……!?」


「う……! べ、別に強制はしてなかったじゃないですか! まあたまには強引に迫ることもありましたけど、本気で嫌がることはしなかったつもりですよ! そもそも、炎夏さんもまんざらじゃなかったし!」


「人聞きの悪い事言わないで!!」


 いの一番に突っ込まれたのはやはりそこだった。

 炎夏に怒られるぶんには興奮の材料になるだけだが、螢視に数々の悪行が知られると、律季もさすがにバツの悪さを覚える。美少女化していても螢視の罵声にはドスが効いていて、年上であることを感じさせた。


「……しかし炎夏ホノー、つくづくとんでもない奴に捕まっちゃったんだな。

 たった半月の間にこれだけ進んでいたなんて思わなかったぞ」


「まったくよ。毎日毎日大変だわ」


 頬杖をつく肘に圧迫され、「ぐいっ♡」と歪む螢視のおっぱい。腕を組んだ拍子に持ち上げられ、「たぷっ♡」と跳ねる炎夏のおっぱい。

 炎夏のRカップと、それに匹敵するTS螢視っぱいで、計四つの爆乳。空間おっぱい濃度が危険域に達している。しかも螢視は、炎夏と違って視線に敏感ではないため、かなり露骨に胸を見ても気づかない。


「(……見過ぎ)」


 ――ギュッ!


「(あちっ!? す、すいません……いてて)」


「(これで五回目よ? まったく……)」


 螢視の無防備な爆乳に見とれる律季を、炎夏がつねった。

 そこまでなら彼女にとっては当然の反応だが、注意するだけにしては、やけに力が強かった。しかも魔力まで込められており、熱くヒリヒリした痛みが長く続く。


(……もしかして嫉妬してくれてる? だったら嬉しいけど……まさかな。

 後でおっぱい揉みながら聞いてみよっと)


「ま、まぁ、そのへんはおいおい聞くとして……確かなのか? 俺が、魔法使いになったって?」


「――ッ」 


 一瞬で沈痛な表情になる炎夏に対し、なにやらそう訊く螢視は、瞳をぎらつかせていた。

 「え? そのへんを詳しく聞くんですか? 俺はいいですけど、多分炎夏さんの方がダメージありますよそれ」……との律季の抗議は、二人とも軽く聞き流す。


「ええ――間違いないわ」


「いろいろ謎はありますが、ゆうべの『夢』と『回復魔法』は、確実に先輩自身の力です」


「――ほ、ほんとうか?」


「……うん」


「……ごくっ……」


 奇妙なことだが、『かのじょ』はどこか生き生きとしていた。それを証明するように、テーブルの上に身を乗り出す螢視。天板に爆乳が押し付けられて横に潰れるが、お構いなしだった。


「で、あれば……当然俺に、その『教国』って奴らとの戦いの手助けをしてくれってことになるよな。

 今までは魔法が使えなかったせいで間接的援護しかできなかったが、今の俺なら戦える」


「んぐ……! ま、まあ、そういうことになるでしょうね」


「……えへへへ。そ、そうかぁ……マジかぁ」


「……むう」


 へにゃあ、とだらしなく顔を緩ませる螢視。クールな顔立ちの美少女の、満面の笑み。本来なら喜ぶはずの律季は、この時ばかりは機嫌が悪そうにそっぽを向いた。理由は誰の目にも明白だった。


「おいおい、律季、そんな露骨に拗ねるなって。

 そこまで炎夏ホノーと二人っきりじゃなくなるのが嫌なのか?」


「……そりゃあ、嫌ですよ。いくら美少女になったからって、中身は文月先輩なんで、さすがにちょっとモヤつきます」


「セクハラし放題じゃなくなるしな」


「……はい。正直それも……」


「いや認めんなよ」


 むすっとした律季を、ニヤニヤしながら問い詰める螢視。からかい好きの姉と弟のようだった。いろいろあって長く疎遠になっていたが、もとは中学時代からの友人である。

 そんな和気あいあいとした二人を尻目に――ただ、深刻な面持ちで思い詰めていた炎夏が、ここに至って、ようやく重い口を開いた。


「――ダメよ。認められないわ。

 あなたを連れて行くわけにはいかない」


「「……え?」」


 その言葉を受けた律季と螢視は、まったく同じ表情で炎夏を見た。

 申し訳なさそうな、だが妥協を許さない決意を固めた面持ちの炎夏を。律季はたまらず詰め寄った。


「ちょ、ちょっと、炎夏さん!? いくら俺と二人っきりがいいからってそれは!」


「誰がいつそんな事を言ったのよ!? その発想から離れなさい!」


「……なあ、やっぱり邪魔か? 俺……」


「なんで螢視ケージも乗るのよ!? 違うわよ、私はあなたの安全の為に言ってるの!

 ――あのね、何度も何度も言うけど、私たちがやってるのは遊びじゃないの。私や『機関』と行動を共にするっていうのは、死ぬかもしれない決断なのよ。『夢』が危ないのは当然として、これからは敵の魔法使いまでやってくる。現にあなたは、つい昨日神瀬さんに怖い思いをさせられたじゃない」


「……そ、それはそうだけど……でも、俺だって魔法使いなんだろ?

 つまりもう無関係じゃない。ユウマやレンが悪い奴らだって言うのなら、俺自身が身を守るためにも、魔法の使い方を知らなきゃいけないじゃないか。律季のときもそうだったんだろ?」


 縋るような目で水を向けられ、律季は無言でうなずく。

 必死で反論しているあたり、螢視は相当仲間外れにされるのが嫌なようだ。――前に同じように炎夏に突き放された経験があるので、律季にも気持ちは痛いほどわかった。

 ここで炎夏に便乗して螢視を見捨てるようでは男ではない。たとえライバルだろうが、女の子になろうが、律季は螢視の友達である。


「……水鏡くんは、それでもよかったけど……でも、あなたは白魔力の適性がある貴重な人材なのよ? 神瀬さんと朝霧さんを通して、その情報も敵に知られてしまった。

 『成長すること』の重要度が私たちとは違いすぎるのよ。鍛えれば鍛えるほど、脅威ではなく『おいしい獲物』に見られるわ」


「そういやレンさんも言ってましたよね。そんなに貴重なんですか? 回復魔法って……。」


「えーっと……イヌイさんの話だと、『千人に一人』らしいわ」


「――えーっ!? ……そ、それって……魔法使いの中での話ですか?」


「うん。だから、確認できてる回復魔法の使い手の人数は、世界中でも100人に満たないんだって。

 機関どころか教国でも十分な数はいないみたい」


「……冗談だろ、おい……。じゃあ俺は、たとえばその中の101人目ぐらいってことか?」


「そんなに希少な才能を持っていて、しかも本人がおっぱいのでかい美少女ですもんね。こりゃ追われますよ」


「それは関係なくないか? ……というか、俺が女になっちゃってるのも、これはこれで謎だしな。

 俺自身も含めてすっかり順応しちまってるが」


 昨日まで男だった者が、突然おっぱいの大きいウルトラ美少女になるという大事件。常識人枠の炎夏さえそれを棚上げせざるを得ないことから、今回の状況の深刻さが分かるという物である。

 なお、律季は最初からなにも疑問を抱いていない。美少女が二人に増えてうれしい。おっぱいが四つに増えて楽しい。TS美少女の裸が見れて幸せ――彼にとってそれ以外は重要ではないからだ。


「それに螢視ケージの『適性』が回復である以上、護身用の攻撃魔法を会得できるかどうかも分からないのよ。

 『適性』は魔法使いにとっては才能であると同時に、そこからは出られないという制限でもあるの。私は炎、神瀬さんは暗示と風、それ以外は使えない。教国が水鏡くんを狙うのも、『他者の属性を一時的に行使する能力』を持っているからっていうのが理由なの」


「……『生命力の鉄拳リビドー・ナックル』、『乳揉ちちもみ技巧スキル』か……。俺も一度は見たけど、アレそんなにすごいのか?」


「うん。ネーミングはふざけてるけど、実はアレってかなり画期的な能力らしいの。

 魔法使いにとって、絶対的といっていいルールを無視しているわけだから」

 

 ……もしまかり間違って、水鏡律季という存在が魔法界のブレイクスルーになったりしたら、世界中の魔法使いが彼をマネすることになるのだろうか……。『乳揉ちちもみ技巧スキル』と『乳揉ちちもみ技巧スキル』のぶつかり合いというめまいのする構図を思い描き、炎夏は激しくかぶりを振った。

 とはいえ今は、その掟破りの能力たる『乳揉ちちもみ技巧スキル』を持つ律季と、希少な白魔力を持つ螢視、さらに超高出力を誇る炎夏が、一か所に固まっているという状況だ。否が応でも教国から見た重要度は上がる。


「したがって、あなたが身を守るための最善策は、私たちが強くなり、そして螢視ケージは強くならない事しかないわ。

 教国にとって螢視ケージを奪うメリットよりも、私たちを敵に回すデメリットの方を大きくするの。そのためには、あなたの身柄の価値が上がってはいけないのよ」


「……そんな。せっかく魔法使いになれたっていうのに、ただただお前に守られてろっていうのかよ。そんなの嫌だ。回復魔法を持ってるっていうなら、俺にもサポート役ぐらいできるはずだろ?

 さっき炎夏ホノーのケガを見た時に、回復魔法の使い方が勝手に頭の中に入ってきた。それを使ってお前の傷を治した時、これが俺の役目だって感じたんだ。お前についていけないのなら、俺はなんのためにこんな力を持ってるのか分からないじゃねぇか?」


 内容はシリアスではあるが、語気が高まるたびに爆乳がぷるっ♡ ぷるっ♡ と定期的に揺れる。『おっぱいとおっぱいが言い争いをしている』ような絵面。

 律季もおろおろしながらも、視線は揺れるおっぱいをチラチラ。存在感が抜群すぎて話に集中できない。


「普通なら魔法なんて力は、関わらない方が幸せなのよ。あなたが神瀬さんにちょっかいを出されたのも、私っていう使に関わった結果じゃない。そして今、自らも力を持ってしまったせいで、さらに危ない状況になっているのよ。

 こういうことになるのが怖かったから、私は水鏡くんと一緒に戦ってたの。なのに自分から戦いに参加したいなんて、認められるわけないじゃない。あなたは、状況をよく分からないで舞い上がっているだけよ」

 

「……!!」


「ほ、炎夏さん……ッ!」


「水鏡くん、ごめん。でも、これだけは譲れないわ。

 あなたが私の本体マスターなのも分かってる。でも、お願い、今だけは私のわがままを聞いて」


 親友の厳しい言葉に、螢視は衝撃で息を詰まらせた。

 いつになく強硬な態度をとる炎夏は、本気で憤慨しかけた律季に対しても、附属物バディではなく先輩としての毅然とした表情を見せた。それは、余裕が無いために冷静さで取り繕っている顔だった。


「……私は今まで『夢』の中の掃除に徹していたから、大きなけがもしないで済んでるけど、機関の魔法使いは基本的に、『教国』との戦争を主な任務としているの。私の知り合いの魔法使いだって、何人もさらわれたり行方不明になってる。殺された人もいるわ。情報を隠していたせいもあるけど、あなたはそんな奴らと戦おうって言ってるのよ?」


「……じゃあ、律季はどうなんだよ」


「彼は私の本体マスターだもの。その時点で否応なしに一蓮托生になってしまうわ。

 ――そもそも、本当は水鏡くんのことだって少し後悔してるのよ。一度は意識不明の重体になっちゃったこともあるんだから」


「だから、俺はそんなの別にいいんですってば!」


「……私にとってはよくないのよ! というか、この先も教国と戦うなら、もっとひどい目に遭うかもしれないのよ!?

 水鏡くんを巻き込んでしまっただけでも、申し訳ないと思ってたのに……この上螢視ケージにまでそんな迷惑をかけてしまうなんて、考えるだけで怖いわ……!!」


(うぐぐぐぐ……相変わらずなんだから、もう……)


 炎夏大好きな律季も、彼女の責任感が強すぎる点だけは嫌いである。

 何もかも一人でかかえこみたがり、自責の念に駆られる悪癖がもろに出てしまっていた。律季に続いて親友まで問題に巻き込んでしまったせいで、完全にかたくなになっている。


「第一、螢視ケージはそんなことしてる時間ないじゃない?」


「え……?」


「だって、もうすぐ高三の夏よ。医学部の受験勉強して、学費稼ぐためのバイトもしなきゃいけないのに、無理して私に付き合うことなんてないわよ」


「そ、それは……! ――う、うう……」

 

「私が守ってあげるから、螢視ケージは自分の事に集中してていいのよ。

 それこそお医者さんになったら、回復魔法なんていらないわ。今は将来のために肝心な時期じゃないの」


 反論しかけて、なぜか口をつぐんでしまった螢視に、炎夏は母親が子供を諭す口調で語り掛けている。

 しかし、これは、要するに――『魔法にも自分にも関わるな』、『お前の助力はいらない』、『自分は律季と二人でもやっていけるから、お前は勉強に集中してろ』と言っているわけだ。理屈はまったくの正論なので、律季も口をはさめないが……それにしても残酷である。


 偽善者――あの壊れた美術室で、朝霧レンは天道炎夏をそう評した。

 律季は愛の重い変態だが、炎夏は炎夏で歪んでいた。


「……そういえば炎夏さん、そろそろ5時ですけど……試合、行くんですか?」


「行けないわよ。螢視ケージがこんなことになってるのに」


「えーっ!? いやいやいや、いいよ別にどこも悪くないし!

 ただでさえ律季がいねえのに、お前がいなかったら勝てなくなるだろ」


「大丈夫よ。今日はそんなに強い相手でもないから、マネージャー不在でもなんとかなるわ。

 昨日の帰り道の段階で、あなたが襲われたって聞いて気が気じゃなかったもん。少なくとも今日はあなたのそばを離れないつもりよ」


「…………」


 半ば呆けたように、黙り込んでしまう螢視。律季は気を利かせて話題を変えたつもりが、かえって落ち込ませてしまった。

 なお、炎夏には『悪のマーレブランケ』の襲撃という懸念があるため、試合など行けるはずがないのだが……事情を知らない螢視にとって、この状況は自分のせいで炎夏の足を引っ張っているとしか考えられない。


「――ぐ、ぅ……!?」


「――!? 螢視ケージ?」


「文月先輩?」


 警視がネガティブな考えに飲み込まれそうになった瞬間、艶っぽい唇から呻きがもれた。

 胸を押えて前かがみになる彼に、律季と炎夏は同時に声をかけるが……


 ――ジワァ……♡ 


 一拍おいて、が、襟の中から上って来る。

 「あ、ああ、なんでもない……」と螢視は体勢を直したが、二人の怪訝な目線はそのままだった。


(な、なんだ……?)


 巨大な胸が静かに疼き、先端から何かが漏れ出している。

 着慣れないブラジャーの内側で、温かい感触が乳首から下乳へと伝っていった。

 


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