Girl Meets Boy その3



 神瀬ユウマは、突出して練度が高い魔法使いではない。にもかかわらず上層部から直々に命令が下されるほど重用されている理由は、ひとえに暗示魔法の才能だ。

 町一つをすっぽりと包み込むほど広大な範囲で人間の心を操り、事実上支配下に置くことができる。たとえ金を盗もうが物を壊そうがお構いなし、殺人でも犯さない限りは咎められない。


「高校なんて久しぶりだねー。ま、別に懐かしいとも思わないけどさ」


「俺はわりと楽しいぞ。里帰りに来てる気分で」


「ボクのことは忘れさせたけど、中学の時のみんなとか、今どうしてんだろうねー。もうぼちぼち受験シーズンでしょ?」


 日本に転送されてきた初日のこと。ひとまず体裁を整えるため、衣料品店を叩き起こして調達してきた制服をまとい、ユウマとレンはターゲットのいる真序高校に潜入していた。廊下を歩いている二人は、服装こそ違和感がないものの、周囲の生徒と比べると、目つきや立ち振る舞いの剣呑さが違っていた。


「おい、君。なんだこの髪は」


「……はい? ……って、え?」


 生活指導の教員らしい男が、居丈高にユウマとレンにつっかかってきた。

 ユウマは一瞬ぽかんとする――なぜならこれは、起こりえないはずの事象だからだ。確かに、髪染め禁止の公立校で、レンの銀髪はとても目立つが、それを認識できないよう暗示をかけている。

 まさかこいつも魔法使いで、暗示が効いていないというのか? そんな考えがよぎったが――


「何目をそらしてる。君の方だ」


「は? ボクですか? いや、これ地毛なんですけど」


「見え透いた嘘をつくな。それに何が『ボク』だ。女のくせにふざけているのか?」


「――――あ゛ぁ……!?」


 ユウマの眼光が、無言のうちに鋭くなる。敵意は隠しようもない。教師を上目遣いに睨みつけるユウマの横で、レンも険悪な声を喉の奥から発した。

 ユウマのコーヒー色の髪は、もともとの髪色であるがゆえに認識操作をかけていなかったのである。魔法や任務に一切関係なく、決めつけで非難を浴びてしまったわけだが、潜入任務の真っ最中なので騒ぎは避けたい。

 だから彼女も、ここまでならなんとか怒りをやりすごすことができたのだが――この手の教師とは、大抵無抵抗な生徒をいびることに慣れており、反抗は毛筋一本も許容できない性質である。そのことを、長い間裏社会に居たユウマは忘れてしまっていた。


「――おい、なんだその態度は?」


「きゃっ!?」


「――なっ……!」


 幼稚な悪意が赴くまま、教師は制裁のつもりで、ユウマの髪を乱暴につかみ上げる。驚愕に息を飲むレン。一見すればしっとりと魅力的なだけのユウマの髪だが、その一本一本が核爆弾につながれた導火線であることを彼だけが知っている。――そのことを知る者は、彼以外にから。


(――え? なに? ボク、なにされて……)


 ユウマは、とっさに何が起こったかわからず、一秒にも満たない間唖然として目を見開いていたが――不快な痛みが『過去』の呼び水となる。思い出さないようにしていた経験が猛烈な勢いでフラッシュバックし、澱となって溜まっていた憎悪が、彼女の底からめくれ上がった。


「う、ああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


「おい、まさか……!」


 狂乱。可憐な顔がドス赤く変色し、全身から汗が噴き出す。ユウマは絶叫とともに腰に隠された杖に手を伸ばした。

 ――汚い、汚い、気持ち悪い……! 気まぐれで見逃してやろうと思っていた害虫に、突然飛びかかられたような不快さを、百倍にしたかのような――そんな感覚。レンの静止も間に合わず、任務さえも忘れたユウマが、無垢な殺意を込めて杖を――


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 横合いから飛び込んできた声が、ユウマの動きを鈍らせる。絶妙のタイミングであった。1/10秒でも遅れていたら、最悪の事態が現出していたであろう。

 レンは勢いで杖ごとユウマの手をひねり上げたが、すでに彼女の表情には理性が戻っていた。二人が振り向いた先にいたのは、クリーム色の髪をした真面目そうな少年だった。

 

「ん? なんだいきなり」


「そんな、決めつけなくても。俺もこんな髪ですけど、ちゃんと地毛ですよ。届け出てるかどうかぐらい聞いたらどうです?」

 

 理知的な印象に反し、体格はレン以上に大柄で、いささか日本人離れしていると言っていい。まさかそれに威圧されたわけではないだろうが、中年の教師はユウマの髪から手を離した。


「……そうなのか?」


「うるさいっ。今すぐ消えて」


「そうか、わかった」


 学校一の優等生に言われ、パワハラ教師の興奮もトーンダウンしたようだった。いつも張り付いている笑みは跡形もなく剥がれ、涙すらにじませたユウマが、荒々しく髪をぬぐう。吐き捨てた暴言には教師も螢視も無反応だった。適切な言葉に勝手に変換されて聞こえるよう細工したからだったが、あそこまでやっておいてすまないの一言もないとは――と、レンはのしのしと去っていく後ろ姿に不快感を隠せない。螢視のおかげで死の危機を未然に回避したというのに、知らぬは本人ばかりなりだった。

 

「災難だったな、ユウマ。俺も一年の時に澤村先生のカミナリを喰らったけど、今回はひどかった」


「……えっと、お前は?」


「お前はって、D組の文月だよ。何回も会ってるだろ?」


「――は? 文月? ……じゃあお前が、天道炎夏の親友の文月螢視か?」


「???」


 普通なら流す所だが、ターゲットの近親者が向こうから近づいてきた偶然に、レンは驚きを隠せない。一方、螢視は『レンとユウマは以前からの同級生』と暗示をかけられているため、話がかみ合っていなかった。

 ユウマはその辺を歩いていた女子から消臭スプレーをぶんどり、それを髪の毛にかけると、十秒ほどたっぷり深呼吸してから、いつもの微笑みを螢視に投げかけた。


「なるほど。もともと近づくつもりだったけど、こうやって会ったのも何かのめぐりあわせだ。

 助けてくれたに――キミをではないかっ!」

 

「「――はっ?」」


 綺麗に声をそろえたレンと螢視の眼前で、ユウマはちゃっと杖を取り出した。

 

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