乳揉みというは生きる事と見つけたり その4



 やってきたのは、ごく普通のファミリーレストラン。

 ユウマは背もたれに肘を載せ、どっかりとテーブルの上に靴を脱いだ足を掛けた。炎夏はレンと、律季はユウマと向かい合う配置で、四人は同じテーブル席に座っている。


「――いきなりかましてくれるわね」


「やめとけ、さすがに行儀が悪いぞ」


「えー、別にいいじゃん。どうせ店員には見えないんだし」


 律季がちょっと目を落とすと、白いソックスを履いたユウマの両足がある。なんとはなしにグランドメニューをその間に差し込んでみた。ユウマはそれを足で掴み、頭の上で落として、器用にも広げた状態でキャッチした。


「おっ、気が利くねぇ。しかもちょうどハンバーグのページだよ。片っ端から頼んじゃおっかな~」


「いやいや、君は君でなにしてんのよ」


「いいじゃないの炎夏ちゃん。キミたちもさっさとメニュー決めなよ」


「大丈夫ですかね先輩? まさか、お会計押し付けられるんじゃ……」


「んなせこいことしないよ。やろうと思えばタダにできるんだし。なんならお二人の分もそうしてあげようか?」


「結構です!」


 結局、ユウマはグランドメニューの中からハンバーグやステーキを五種類も注文した。律季と炎夏は気を張ってはいるものの、ファミレスまで来て何も頼まないわけにもいかないので、律季はチキンカレー、炎夏はナポリタンを注文することにした。


「ボク、ちょっとこの町が気に入ったんだよね。食べ物おいしいし、温泉もあるし」


 ドリンクバーのジュースをありったけブレンドしたものを持ってきて、ユウマはのうのうとそんな台詞を吐く。炎夏は眉根を寄せて腕を組んだ。右手に杖をしっかり握っている。


「私としては、今すぐに出て行って欲しいんだけど」


「キミらが捕まってくれるならそうするよ。無駄に抵抗するからボクらも滞在しなきゃならないんだ」


「だったらやってみなさいよ。どうせ水鏡くんに勝てないくせに」


「そりゃあボクも承知の上さ。なにしろ、を引き連れてる中でボクら二人を倒したわけだからね」


 キャットファイトを繰り広げる美少女二人。蚊帳の外の律季とレンはなんとも所在なさげだ。ただただ縮こまり、コップが空になってもピッチャーに手を伸ばせない律季に比べると、争いを横目にしながらコーンスープをかき混ぜているレンの方が、まだ慣れている風ではあった。


「むしろ、感謝して欲しいぐらいだよ。救急車沙汰起こしたってのに、変な噂が立たないようにしてあげたのは誰だと思ってるのかな?」


「え? そうなんですか? あ、ありがとうございます。怖がられてないか心配だったんで……」


「いやいやいや。違うわよ、この人たちが来なきゃ、最初から何も起きなかったのよ」


「さてね。少なくとも、君たちがこれからまともに学校生活を送れるかどうかは、ボクの胸三寸だってのを分かって欲しいな」


「あのね! じゃあ言うけど、騒ぎになったらあんたたちにも都合が悪いんでしょ!? そうするようにって上から指示されてるに決まってるし!」


 律季がとぼけてみせても、まだ喧嘩をやめないユウマと炎夏。窓の外の雷に怯えるような顔をする律季に、マホを片手にしたレンが声をかけた。


「おい」


「は、はい」


「水、足すか?」


「……あ、ありがとうございます」


 素直に気持ちを受け取り、『敵』の手でコップに水を注いでもらう。なにか細工があるのでは? とも考えたが、彼はどうもそういう性格には見えなかった。先の戦いでも、ユウマが暗示を得意としていた分、レンは搦め手を使わず肉弾戦に徹していた覚えがある。


「あの……まだこの町にいるってことは、俺たちを捕まえるのはあきらめてないってことですか?」


「ああ、もちろん任務は継続中だ。前回の件で、お前の重要度がますます上がっちまったからな。だが、お前がド素人だった段階でも負けたんだ。俺たちだけでまたやっても返り討ちに決まってるし、奥の手の『カレイドスコープ』も見せちまったからな。今は攻撃を仕掛ける余裕はないし、そのつもりもねぇよ」


「――『今は』、ですか」


「そう――『今は』、だ」


 スマホをいじる手を止めなかったが、ドスのきいた声色だ。それはレンなりの宣戦布告……否、復讐宣言だった。クールな外面の下に、『このままでは済まさない』という闘争心が感じられる。


「――ところで、天道炎夏。どうやら水鏡律季は、正式に機関の魔法使いになったらしいな。さっきこいつが出した杖は、見慣れた制式品だった」


「ええ。本人の希望もあるし、今日からでも戦い方を教えてあげるつもりよ。――あなたたちも分かっている通り、彼はこの場にいる中で一番の逸材だわ。あんたたちなんかには、もうすぐ手も足も出せなくなる」


「だからその前に摘むんだよ。ボクらがね」


「……ッ!」


「ふふーん」


「――お、お待たせいたしましたー……」


 いくら暗示があっても、テーブル席に満ちた殺気までごまかしきれるものではない。カートに料理を載せてやってきた大学生ぐらいの店員が、雰囲気にあてられて震えていた。


「あ、どーもどーも。ハンバーグは全部ボクのなんで」


「は、はぁ」


「律季くん、フォークとナイフ。レンの分もお願い」


 スイッチを入れるがごとく一瞬で切り替わる態度に、店員どころか炎夏も毒気を抜かれた。仮にも敵に唯々諾々と従うのも癪だったので、律季は不慣れな手つきで杖を握り、ケースの中から食器を浮かせて、四人の前に並べてみた。


「……へぇ? 初心者にしてはやるじゃん――って言いたいところだけど」


「『念力サイコキネシス』は魔法使いの『基本技能』だ。杖を持つ必要はねぇ」


「『基本技能』?」


 律季が聞き返しても、ユウマはすでにナイフとフォークを手に、所狭しと並べられたハンバーグプレートを貪るのに熱心だ。


「ちょうどいい。天道炎夏の代わりに、俺がちょっとだけレクチャーしてやるよ」


「え? な、なんでよ?」


「あのなぁ……過程はどうあれ、俺たちは一度このチビに負けてんだぜ。いつまでも素人って顔されてちゃ、こっちがムカつくじゃねーか」


「この通りレンはツンデレだから、仲良くしてあげてちょうだいね」


「誰がだこの野郎」


 リスさながら頬を膨らませたユウマが器用に言い、レンはそんな彼女の顔面をわしづかみにする。「むーっむーっ」とうなるユウマをよそに、レンは語り出した。


 ――『魔法の基本技能』とは、全ての魔法使いが杖なしで扱える能力のこと。レンがそうであるように、『附属物バディ』の中には『本体マスター』を支援に徹するため、あえて杖を持たず基本技能だけを鍛える者もいる。それら基本技能は、以下の四種類である。


 ① 身体強化

 読んで字のごとく、生身の身体能力を強化する。強化分野はパワー・ディフェンス・スピードの三つで、それぞれ剛化・堅化・迅化という呼称がついている。


 ② 念力

 遠隔で物体を動かす。ただ浮かせたり飛ばしたりするだけではなく、握りつぶすように力を操ることで物を破壊することも出来る。攻撃魔法が便利なためあまり使われていないが、理論上は不可視かつ予備動作要らずの攻撃手段となりうる。


 ③ 解析

 万物の『状態』を読み取る。周囲の地形を調べたり、物を探したりと用途は広い。相手の精神状態や強さ、得意な魔法なども解析できる。格下の魔法使いからの解析なら拒絶することができる。


 ④ 創造

 魔力で物体を生成する。単純な構造の物ほど作りやすく、複雑な物は練度を高めないと作れない。簡単に作れて、しかも鎮圧に便利な非殺傷の武器である棍棒は、便利な獲物としてエージェントの間では広く使われている。


 ……レンがそれを語り終えるまでに、律季たちは料理を半ばほど平らげていた。律季は時々炎夏に視線を送ったが、嘘は言わなかったらしい。


「でだ、水鏡律季。話している間にお前を『解析』してみたが、どちらかと言えば、杖より基本技能で戦う方が向いてそうな感じだ。『本体マスター』には珍しい傾向と言える」


「しかも炎夏ちゃんがバチバチの杖派でしょ? かなり異色のデュオだね。両方杖の魔法が得意だと隙が多くなるから、その点だとバランスが取れてるけど」


 杖を使わないのが『基本技能』。なら『杖を使う魔法』とは一体どのようなものなのか? 律季はそれが知りたかったが、その前にひとつの疑問にぶちあたった。


「――あの。一個聞きたいんですけど、『マスター』ってのは具体的にどういうもんなんです? 例えば俺はマスターとして、先輩にいろいろ命令とかできちゃうってことですか?」


「いやそんな、サーヴァントじゃないんだからよ。『本体マスター』の側にある程度の特権があるのは事実だが、契約関係にそんな効力はねぇ」


「え? じゃあ、なんであの時、先輩は俺とキスしそうに……」


「水鏡くん!?」


 瞬時に茹だった炎夏が、律季の口を封じた。ユウマは目を見開いて口を覆い、レンは所在なさげに目をそらしている。炎夏の必死な反応が、律季の発言を裏付けていたからだ。

 律季が思い出したのは、夢から脱出して炎夏の部屋で目を覚ました時、炎夏とキス寸前までいったことだ。無意識のうちに律季が強制命令を出していたとすれば、あの時のことに納得がいく。彼自身、なぜあそこで炎夏が拒まなかったのか分からないのだ。


「……そ、そんなことしてたの?」


「は? でもお前、今朝目覚めたばっかりって」


「――い、いや、ユウマさんたちと会う前の話ですけど……となるとあれ、全部先輩の意思ってことに」


「そ、そんなことないわよっ! 水鏡くんが無理やり迫ってきたんじゃない!」


「いやいや、だったら魔法で拒めたでしょ! 嫌ならどけてくださいって言ってたじゃないですか!」


「おいバカ! 大声で言うな!」


 レンが痴話喧嘩を始めた二人を止める。炎夏と律季は真っ赤な顔で沈黙した。なお、会話は暗示能力の魔女がシャットアウトしていたのだが、ここにユウマがいることを三人とも忘れてしまっているようだった。


「――ね、ねぇ。あなたたちだけじゃ水鏡くんに勝てないって、今自分たちで認めたわよね? それでまだ任務が継続中ってことは、これから増援が来る手はずになっているとしか思えないけど」


「いや、そんな話のそらし方されても……。こちとら衝撃冷めやらないって感じなのに」


「――こ、答えられないってことは、やっぱりそういうことなのねっ?」


 ユウマも炎夏も、舌鋒に見違えるほどキレがない。二人ともフォークとナイフが完全に止まっていた。気を取り直すようにステーキを焼き石で焼いて音を立てたレンが、目つきを鋭く改める。


「そう思いたきゃそう思ってろ。それより、俺たちも質問させてくれ。

 ――前の戦いで俺たちをぶっ飛ばしたあの技、ありゃ一体なんだったんだ? 天道炎夏の炎を、水鏡律季が操っていたように見えたが」


「……それこそ答えられるわけないわ。機関にとっても機密情報よ。あと――水鏡くんにも、正直聞かせたくないというか」


「え? なんでです? あれって俺の力なんでしょ?」


 拒絶するよりも、なぜかもじもじと恥ずかしがっている炎夏。ユウマも軽く所在なさげな表情になっていた。レンはテーブルの上、律季の手元の杖を指さす。


「さっきの話の続きになるが、杖を使う『触媒魔法』には、個人個人に適性がある。天道炎夏は火、ユウマは風と催眠がそれぞれ適する属性だ。自分に適さない属性の魔法は、絶対に使うことはできない。魔法の奥義である『魔装顕現』――お前ら機関が『武装形成フォーミングアーム』と呼ぶ技術もまた、その適性に縛られている。

 ――したがって、水鏡律季。『魔装顕現』だろうと何だろうと、お前が『適性外』である炎の魔法を使ったのは、本来はありえない事象なんだ」


「え、ええ。でも、あれって俺の力というより、先輩の魔力を貰ったような感じがしたんですけど」


「そうだ。教国としても、その結論になった。つまりお前の『魔装顕現』は、『他の魔法使いの属性を、一時的に行使する』能力ということ。そして発動のトリガーは、『相手の肉体への接触』だ」


「――


 記憶を失う直前でも、はっきりと覚えている、炎夏の『肉体』の天上の感触。つまり、それは――


「――天道炎夏が言いたがらないあたり、具体的に『どこ』を触ればいいのかも想像がつくだろ?」


「――お、おっぱい? 俺は『おっぱい揉んだら強くなれる』能力者ってことですか?」


「まぁ、そういうことになるな」


 鼻息荒く、炎夏を凝視する律季。彼女は両手で顔を覆って、「もう、なんでこんなことになるのよぉ……」と、数奇な運命を呪っていた。『本体マスター』と『附属物バディ』に上下関係は無いとはいえ、立場上彼女は、律季を成長させるために必要なことはやらなければならない。律季のセクハラもまた、武装形成フォーミングアームに関係する事象として正当化されるため、彼女はそれを拒むわけにいかなくなってしまったのだ。


「つまり魔法の訓練って言うのも、自動的に、あんなことやこんなことをするってことになるんですか!? テンション上がってきましたよ!」


「うううう……だから聞かせたくなかったのにぃ」


「お、お前、やっぱすげぇな。もう適応したのか」


「普通もうちょっと驚くとか、女の子に悪いと思うとか……」


「だって、これを喜ばない奴は男じゃないでしょ! 下心ってのは隠したってどうせバレるもんなんで、だったらめいっぱい楽しんでやろうかと!」


「……ったく、適性を捻じ曲げられるってだけでもおかしいのに、能力の内容がそれをぶっちぎる勢いでふざけてやがる。本国から報告が来た時は、軽く死にたくなったぞ」


「そんなもんにボクらは負けたのかってね。いやホント、マジでムカつくから一発殴っていいかな」


「水鏡くん、私も一発。人前で調子乗りすぎ」


「ごめんなさい!?」 


 炎夏に向けてホールドアップしかけて、律季ははっとシリアスモードになる。


「そ、そうだ先輩! 『訓練』の前に、約束があるの忘れてませんよね……!? あれは先輩から言い出したんですから、文句は言わせませんよ!」


「……っ!? ま、まさか……!?」


「そうですよ! ――戦いに勝てたら、おっぱい揉ませてくれるって!」


「で、でも、もう胸は触らせたでしょ……!? 言い方は悪いけど、前払いっていうか……!」


「あんなフェザータッチで納得するわけないでしょ! あれはあれで確かに良かったですよ、今朝夢に見たぐらいには! でも、揉むっていうのはこう、いろんなところを触っていろんな喘ぎ声を出させないと! 前は逃げられちゃいましたけど、今度こそ思う存分堪能させてもらいますから!」


「え、えええええ……!!?」


 お互いに瞳孔を開いて言い合う炎夏と律季。

 ひょっとしてボクたち、こいつらにとってイチャイチャのダシにしかなってない? ユウマとレンは揃って青筋を立てた。

 

「おいお前ら、次は絶対俺たちが勝つからな。二度と乳繰り合えなくしてやるから、首洗って待っとけよ」


「望むところです! その前に思う存分、先輩と乳繰り合ってやります!」


 拳を握りしめ、胸を張ってそう宣言する律季。

 『乳を揉むほど強くなる』律季にとっては、。つまりは『炎夏と思う存分に訓練を積み、来る戦いにも勝利してみせる』という決意表明だったのだが――炎夏を含めた全員が、「そうじゃないだろ!」と突っ込んだ。

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