寝ても覚めてもイチャつきたい その3
「ねぇ、歩いてみて体調はどう? 痛いところはない?」
「平気です。体中が凝ってるんで、むしろひとっ走り行きたいぐらいです。これなら来週の試合も心配いりませんよ」
「……それはよかったけど、ごめんね。水鏡くんは、試合に出せなくなっちゃったの」
「はっ!?」
病院をウキウキ気分で出て早々に、炎夏からの爆弾発言。
窓口を素通りしても、まったく何も言われなかったところに、『機関』の手回しを窺うことができたが、そんな感想がすぐにすっ飛んでしまうほどに衝撃的だった。
「え、まさか……ケンカが問題になって出場停止ですか!?」
「ち、違うわよ! みんなは水鏡くんのケガを事故だと思ってるから、心配しないで良いわ。――でも意識を失う大怪我なんて、普通たった一週間で治るわけないでしょ? 学校からバスケ大会の運営に連絡がいっちゃったんだ」
「うわー、マジか! まぁケガ自体はもう治ってるんだけど、大会の運営にそう言ったってなぁ……」
「ううん。そうとは限らないわよ。君のダメージは普通のケガとは違う。今はよくなったように見えても、本当に完全回復してるかどうかは、まだまだ様子を見ないと分からないの」
「無理したらぶり返すかもってことですか?」
「うん。それに、部員のみんなも水鏡くんをすっごく心配してるわ。運営側から許可が出たところで、みんなが絶対に水鏡くんを試合に出さないと思う。マネージャーとしても、先輩魔法使いとしても、君が試合に出るのは止めざるをえないわ。
――本当に、ごめんね。私のせいでこんなことになっちゃって」
「だからそれはいいんですってば。でも、つくづく予想以上に大事になっちゃいましたね。むしろ俺の方が申し訳ないっすよ、いろんなところで迷惑かけてるじゃないですか」
並んで歩くと身長差がある二人だった。律季は高校一年生にしては小柄で、炎夏は高三女子の中でも背が高い方である。律季の頭頂部の位置が炎夏の肩の位置に来ていた。
土曜日昼間とあって、たまにカップルも通りがかるが、男どころか女も炎夏の美貌に目を奪われ、二度見したり振り向いたりしている。そこは、律季のいやらしい夢の中とまったく同じだった。
「あーあ、しかし残念だなぁ。そうなると、試合に勝ったらデートの約束もなしになっちゃうわけでしょう? 皮算用だけど、いろいろプランとか考えてたのになぁ」
「えー、こんなことになってもまだそれ? 水鏡くんって、ちょっと私の事好きすぎじゃない?」
「ええ、大好きですよ。こうやって一緒に歩けるだけでも、ちょっと優越感に浸れちゃうぐらいには。休日にプライベートで先輩とお話しできて、今とっても幸せです」
――二人の目の前で信号が赤になった。
交通量の少ない路地の道路であるが、律季も炎夏も赤信号を無視するようなことはしない。しばらく無言の時間が流れる。律季も炎夏も、お互いの顔が見られない。
何十秒かして信号は青になったが、二人の顔は赤いままだった。それは二人の世界から邪魔者を遮断する赤信号。視線は交わさずとも、二人とも相手以外を見ていない。
「――ねぇ。ちなみにさ、水鏡くんのデートプランって……どんなの?」
「それは、その……服屋さん行ったり、映画行ったり、ご飯食べたり、俺のバイト代でなんとかできる範囲でいろいろ……」
「うわー、オーソドックスだなぁ。ネットで調べた?」
「長い事田舎にいたせいでプレイスポットもあんま知らないんです。しょうがないじゃないですか」
からかうような炎夏の態度も、律季の軽くふくれた口調も、この二人には珍しかった。
軽口をたたいているようで、実際は慎重に言葉を選んでいる。平静を装って装い切れていない。
「あのさ、機関で働くと、相応のお給料が出るって、もう話したっけ? 戦闘状態になるとその分の手当も入るんだよね。今回ぐらいだとたぶん二桁いくよ」
「え!? じゅ、十万単位ですか!?」
「そうよ。――だから、えっと……遊べるだけのお金もお互い入って来るし、立て替えてあげるからさ。今から私と、運動もかねてデートのお勉強しない? 何が流行りかとか、いろいろ教えてあげるよ」
「ッ!? は、はい! よろしくお願いします!」
なんとも迂遠な言い回しだが、明らかにデートのお誘いである。
炎夏からの申し出を断る舌をもとより律季は持っていない。二つ返事でOKしたが、心臓はバクバクと跳ね回っていた。それだけならいざ知らず、横隔膜のあたりにもふつふつと高揚感が沸き上がってきている。
(反射的に答えちゃったけど……き、今日って言ったよなこの人!? え、じゃあこの足で!?)
(やばいやばいやばい! なに言ってるのよ炎夏ッ!? 教えてあげるなんて言って、友達としか遊んだことないでしょ……!?)
炎夏の目がぐるぐると渦を巻いている。箱入り娘というほどではないが、自他ともに認める高嶺の花だ。軽々しい男女交友が許されていない彼女にとって、親友の螢視を除けばデート経験などは皆無だ。
経験皆無な童貞処女カップル。積極性は律季に軍配が上がるため、こうなってしまえばむしろリードするのは、年少の律季の側になるかもしれなかった。
「じゃあ……もう、このままあそこの服屋に寄っちゃいますか? この服も着替えたいですし」
「の、望むところよ。私のコーディネートスキルを見せてあげるわ!」
炎夏に立て替えてもらうということもあり、安めのチェーン店の衣料品店を指さす律季。
それに対して炎夏は、ドンと威勢よく胸を叩き、おっぱいをたわませた。無理にテンションを上げすぎてキャラクターが崩れていた。
「先輩、いつもはかっこかわいいですけど、ぽんこつでも可愛いですね」
「だ、誰がぽんこつよ!?」
「ムキになっちゃうところも可愛いです」
「……もう、余裕ぶってんじゃないわよぉ。君だって初めてのくせにぃ……!」
「熱っち!?」
調子に乗って負けず嫌いを刺激しすぎた律季が、脇腹をつねられ、同時に魔法で加熱された。
火傷するほどではないものの、それなりには痛い。
「俺、Mなんですかね。セクハラするより、先輩にお仕置きされる方を楽しみにしてる自分がいます。痛いけど楽しいっていうか。痛いと書いて
「ふーん。じゃあもっと欲しい?」
「ぎゃー! すみません、熱いのは勘弁です!」
こっちも熱いカップルなんて勘弁だ――じゃれ合いながら店に入ってきた二人を一目見た瞬間、レジの店員はそう思った。クーラーは効いているが、初夏にしては暑い日である。
魔法が結び付けたえにし。恋愛を厳格にとらえる天道家の家風も影響し、周囲の予想に反して、律季と炎夏はまだ付き合ってすらいないのである。
「うん、水鏡くんはやっぱり黒が似合うね。太陽熱もあるから、白いシャツに黒のカーディガンを合わせようか」
「あの……先輩。俺もちょっと選んできたんで。二人で見せあいっこしません?」
「えー、大丈夫? 水鏡くんのことだから、がっつり谷間見えてるやつとか持ってきてそうで怖いよ」
「そ、そんなのここに置いてませんよ。他の奴にも見られたくないし、それはないです」
「ふーん。じゃあ、一応試してみるけど」
しかし――告白して、一緒にデートにまで来ているのに、まだ付き合っていないとは、考えようによっては、普通に付き合うよりも遥かにふしだらな関係かもしれない。
姿見に映った自分の姿に、炎夏の確かなファッションセンスを感じながら、律季はそんなことを考えた。
「「……あ」」
まったく同じタイミングでカーテンを開け、炎夏と律季の目が合った。
炎夏の服装は予想に反しまともだ。紺のノースリーブにブラウンのロングスカートと、涼をとった上で露出度を減らした、清楚な上下である。落ち着いた印象が、炎夏の長身の美貌によく似合っていた。
「ちょ、ちょっと、何見とれてんのよぉ。君が選んだんじゃない」
「あっ、す、すいません」
印象の変わった炎夏に見とれる律季。初々しいやり取りに対し、パッツパツの袋状に盛り上がった胸の部分と、巨尻で持ち上げられて前と後ろで丈の長さが変わってしまったスカートが、なんとも目の毒である。律季はそのことを見越して大きめのサイズを選んだのは、それでもこんな大惨事になってしまうのは、彼の計らいではなく炎夏のドスケベボディにすべての非がある。
――なお、惨事というのは服にとっての話。律季にとっては他の何にも勝る慶事である。こんなおっぱいがこの世に存在していいのだろうか。いいのだ。存在していてくれてありがとう。
宇宙の開闢より先に、このおっぱいは有ったのではないか。このおっぱいからすべてが始まったのではないか。生まれてくるよりずっと前、それこそビッグバン以前から、律季はこのおっぱいが好きだったのではないか――そんな気さえする。この双球こそ律季のコギトだ。
「でも、失礼な事言っちゃったけど、なかなかいいわね。こういうのも勉強したの?」
「あー……やっとけばよかったんですけど、そこまでは気が回らなかったっすね。単に、パッと見でこれが似合うんじゃないかって思っただけです」
「ほんとぉ? 水鏡くんの純粋なセンスじゃ、もうちょっとセクシーなの選びそうだけど」
「あのですね……誤解しないで欲しいんですけど、俺別に先輩のおっぱいだけが好きなわけじゃないんですよ。先輩が好きだから、おっぱいも好きなんです」
「……へぇ。水鏡くん、ちょっといい?」
珍しく殊勝なことを言った律季。心動かされまいと声を低めて、炎夏は彼を引き寄せた。
壁際に律季を追い込み、密着した姿勢。炎夏は胸の形がモロに出るノースリーブ姿のままだ。両腕を乳の下で組み、おっぱいの重さを支えるようにして――
――ぶるんっ! ぼいんっ! ばるんっ! ぼるんっ!
「ッッッ!!!!!!」
「……もう。ぜんぜん説得力ないよ……」
まさしくバスケのドリブルのごとく、激しく上下に乱れる爆乳。
ぴったりと密着した体勢は、律季以外の誰にもそれを見せないための即席の密室だ。それなりにかっこよかった態度が一瞬にして崩れ、釘付けになってしまった律季の血走った眼。
「生意気言ったって、結局『これ』なんでしょ。騙されないんだから。いくら経験ないからって、そんな簡単じゃないんだからね……」
「せ、先輩。そんな……やめてください! ――試着の服が可哀想ですっ!」
――ごいんっ♡♡♡
「ぐっ!?」
「あ」
絶妙な高低差と縮まった距離。そのおかげで、最後に大きく跳ね上げた乳が律季の顎にクリーンヒットし、アッパーカットを喰らわせた格好になった。
柔らかい物体とはいえ、重量がある分それなりの破壊力はある。インパクトの瞬間、律季の頭から、星とハートマークが散ったように炎夏には見えた。
「……!? ……!?」
「ちょ、ちょっと大丈夫!? 痛かった!?」
「ああ……あれぞ懐かしきおっぱい星……戻ってきたぞ、わが故郷に……」
「戻って来て! 君は地球人だよっ!」
律季は衝撃からしばらく立ち直れず、目を白黒させて幻覚を見ている。レンやユウマに攻撃された時よりよほどダメージが大きそうだった。
「――お客様、お決まりでしたらお預かりしましょうか?」
「ああ。はい、お願いします……あ、少し待ってくださいね」
「? まだ何か買うの?」
「いえ。後で立て替えるんで、先輩の服の代金メモっておこうと」
「いやいや、そんなのいいわよ。気に入っちゃったから自分で買うわ」
「せっかくの初デートなんだし、プレゼントにしたいんですよ。このために貯めてた分のバイト代があるんで、こういう時こそ使わせてください」
健気な事を言われ、炎夏はまた黙ってしまった。
直前のおっぱいアッパーカット事件を知らない女性店員は、『青春だなー』と言わんばかりの生暖かい目で成り行きを見守っている。
「……じゃあ、私も水鏡くんの服を買ってあげるわ。お互い交換ってことでどう?」
「――あ、はい。ありがとうございます……」
炎夏の提案に、律季は蚊の鳴くような声で応じる。エロいことにはあれだけ鼻息を荒くして食いつく癖に、こういうことには初心な反応なのか……と、ギャップを感じずにはいられない。
店員は完全に、典型的な先輩と後輩のカップルだと思い込んでいる風だが、違う。普段は完全に律季が炎夏にガンガンセクハラする関係性であり、そもそも何度も言うがカップルですらないのだ。
(――うれしい。たのしい。しあわせ)
(ほんと、わっかりやすいなぁ……この子)
店を出て、紙袋を手に、律季はボーっと虚ろな表情で言葉少なになっていた。初デートで、楽しい出来事が飽和状態になっているようだ。炎夏も一見呆れているようで、実はまんざらでもなく、そんな彼から目を離せない。
散々セクハラしてきた律季に対し、ついに優位に立てたという事実と、彼がプレゼントで喜んでくれていることに、自尊心がビリビリと刺激される。
「ああ、そうだ。水鏡くんにもうひとつプレゼントがあるの」
「はい……?」
「君の杖よ。機関に入った者に支給される正式品。普段使い用と予備、二本とも携帯するようにして」
「……はい」
小さな木箱に入った贈り物を、半ば以上呆然と受け取る律季。
蓋の裏側には『For Wizards』と刻印されている。杖本体にも小さく『To resist the latter times of the world』と刻まれていた。
それは、これからの彼の行く末を暗示する一文――しかし、高校一年生相当の律季の英語力では、まだ意味は分からなかった。
「……あれ? 律季くんじゃーん」
「……ん? ――ッ!!!」
その声、その姿。くらくらと酩酊状態だった律季が、『相手』を認識した瞬間、猛烈に覚醒した。
全身に緊張をほとばしらせ、手に入れたばかりの己の杖を、拳銃のごとく向ける。
「ありゃりゃ。ずいぶんな反応だね」
「――ユウマさん……倒したはずじゃ……!」
「まあまあ、落ち着け。俺たちも今おっぱじめる気はねえよ」
ユウマとレン。三日前に戦ったばかりの二人組が、さも何事もなかったかのようなさらりとした態度で現れた。いきり立って炎夏の前に立ちはだかる律季を、炎夏は抑制した声色で制止する。
「大丈夫よ、水鏡くん。ここでは襲ってこないし、戦ったとしても私たちの方が強いわ」
「先輩?」
「そういうことだ。それが分かってるから俺たちも手出しはできない」
「――はふはふ」
何やら通じあっているらしい炎夏とレン。この三日間の間に何かがあったのだろう――と察するが、ユウマはそんなシリアスな空気感を尻目に、タッパー詰めのたこ焼きをほおばっていた。可憐な顔が口についたソースで間抜けな印象になっている。
「お二人とも、今ヒマ? ボクたち今からご飯食べに行くんだけど、一緒にどう?」
「――いいわよ。水鏡くんも目覚めたことだし、あなたたちに聞きたいこともある。水鏡くんは大丈夫?」
「……いやまあ、行くのはいいですけど」
昼飯をまだ食べてない時に、なんでたこ焼きを八個詰めパックで買ったんだ――という疑問を、律季は飲み込む。相変わらずつかみどころのない人物だった。
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