契約が果たされる時 その2




螢視ケージやみんなをおかしくしたのはあなたね。……『教国』の者かしら?」


「んふふ。なんのことかな~?」


 昼休み、屋上へ続く人気のない廊下で、炎夏はユウマを問い詰めていた。

 支給の『杖』の切っ先を喉に突き付ける。彼女たちが本当にただの一般人なら、『教国』というワードや『杖』に何か疑問を持つはずである。それがこうしてヘラヘラと笑っているだけというのは、もう『魔法使い』だと自白したも同然だった。

 レンのほうも、あからさまに敵意を見せる炎夏に対して何を言うでもなく、静かに睨みをきかせている。双方いつでも戦闘に入れる体勢だった。


「授業中もずーっとこっちの方チラチラしてきて、気になってしょうがないみたいだったね。君以外の全員が、ボクたちのことをここの生徒だと思ってるんだよ」


「不審がってるのはお前だけだ。おかしくなったのは自分の方だとは、考えないのか?」


 授業中、ユウマとレンは炎夏と同じクラスで、昨日までは影も形もなかったはずの席についていた。

 そして螢視や教師たちを含めた全員が、彼らをもともと居たものと思い込まされている。少なくともこの二人のどちらかが、『催眠』や『暗示』の魔法が使えるのは間違いない。


「水鏡くんにも聞いたわよ。『知らない』って言われたわ。……いくら先輩だからって、あんたたちみたいに濃い人、いたら知らないわけないでしょ。しかも同じバスケ部で」


「……チッ、そうか。『附属物バディ』のほうには、もしかしたら暗示がかかるかと期待したが」


 レンの一言で空気が一気に張り詰める。いや、炎夏がそう感じただけかもしれない。ユウマとレンは眉一つ動かさず淡々としているからだ。突きつけられた杖のことも明らかに脅威と見なしていない。

 そしてやはり、律季が魔法使いで、炎夏の『附属物バディ』であることまで調べをつけられていた。


「レン、いいの? 言っちゃって。せっかくいろいろ準備したのに」


「ハナから敵と決めつけられてるんだ。水鏡律季にもバレてるんなら、嘘つく意味もないだろ」


「――そう、自白するのね。『教国』の手先だって」


「そうだよ。それでどうするの? 


 周囲の気圧が一気に下がったようだった。あくまで笑みを絶やさないユウマに、炎夏は息を飲む。

 律季の屈託のない笑顔とは似ても似つかない、威嚇の笑いだった。そして直感する――この二人組の『本体マスター』はユウマだと。

 

「ボクたちとここで闘うつもり? 『附属物バディ』もいないのにキミ一人で」


「ええ、そのつもりよ。元から水鏡くんを巻き込むつもりはないわ。これは『機関』と私個人の問題。責任をとるだけの覚悟はできてる」


「偽善だな。『附属物バディ』にしておいて、巻き込まないも何もないだろう。それに、自分一人で責任をとる? ――この学校中の人間の命に対して、お前ひとりで責任を負えるつもりか」

 

 レンが呆れたようにそう言った瞬間、炎夏が眉を跳ね上げる。顔色の変わった彼女を見て、ユウマはくすくすと上品に笑った。


「そりゃそうでしょ。学校に敵が潜入してくる展開って、生徒のみんなを人質にされるまでがだいたいパターンじゃない。キミらが暗示にかからないとなると、こっちもそうするしかないよね」


「――ッ! いったいあなたたちの目的は何!? 今まで音沙汰もなかったのに、水鏡くんを『附属物バディ』にした翌日に来る意図も分からないわ!」


「そんなもん俺たちも知らんよ。こっちは『お前らを生け捕りにして連れてこい』と命令されて来ただけなんだから。いちいち命令の意図なんか考えてちゃ追いつかないんだ。

 ――で、お前はどうするんだ? 俺たちをわざわざこんな所へ呼び出して。自分一人で俺とユウマに勝てる気か」


「キミの魔法は、人から隠れて使えるようなもんじゃないでしょ。派手な火をゴーゴー出してさ。万一ボクらに勝てたところで、もうこの学校にはいられなくなるよ?」


「ええ。構わないわ」


 そう、覚悟はできている。天道神社の退魔の巫女としてこの世に生まれついた以上は。『機関』の魔法使いとして、人々を悪しき者たちから守ると決意した時から。

 その点に関して炎夏に迷いはない。懸念と言えば、もし急に自分が死ねば、両親や友人を悲しませてしまうということだけだ。


「私も『機関』の魔女よ。立場や保身を気にしてるなら、命なんか張らないわ。

 それに――みんなを人質にするなんて、ブラフでしょ?」


「……ちぇ、バレた。レンが余計な事言うから」


 『教国』の組織力は『機関』のそれと比べ物にならない。手段を選ばなければ、使、炎夏と律季を拉致するなんて芸当も可能なはず。それがたった二人で、しかもわざわざ生徒に潜入するなんて回りくどい手段をとってきたのだ。


「つまりあなたたちはただの下っ端。民間人を巻き込む権限なんて、ありっこないわ」


「おとなしくついてきてくれる気は、無いのかな?」


「無いわ」


 既に拳が飛来してきている。レンだった。

 杖も持たず、直前まで壁によりかかっていた彼が、目で捉えられない速さで踏み込んだ。彼女の横っ面を容赦なく殴りつけ、立ち入り禁止の屋上へ続く扉へ吹き飛ばした。衝撃で錠がはじけ飛び、炎夏は扉と一緒に屋上へ吹っ飛ぶ。


「贅沢に『剛』と『迅』の合わせ技だ。女の顔面にいきなりぶちこむのは、心苦しいがね」


「……『堅』ぐらい使ったわよ。――でも、ちょっとだけキレたわ。武装フォーミング――」


 起き上がった炎夏の瞳には、赤々と灯る炎が。次いで、不死鳥のごとく彼女の全身が燃え上がった。レンも気だるげな眼をやめて、血のように紅い瞳に猛禽の眼光をたたえる。


「ああ、そうかい」


形成アームッ!」


「『創造』」


 ――激突。

 レンに向かって飛びかかったのは、火炎の中から巫女衣装の姿を現した炎夏だ。『創造』の発声とともに、レンの手の中に物干し竿ほどの長さの棒が現れ、燃え盛る『穢祓えばらえ鉾矢ほこや』の一撃を受け止めた。


(棒術……? 体術だけで闘う気? それにユウマは……)


「どこを見てる」


「く……!」


 依然として杖を取り出さず、魔力で強化しただけの体術で、炎夏に打ちかかるレン。炎夏に比べて派手さはないが、正規訓練を受けたと思しきこなれた技巧で、力任せでは攻められない。

 ユウマは廊下側の一歩離れた位置から、レンと炎夏の格闘を静観している。杖は持っているが、一切手出ししてこない。


「おおおおおおおおッ!!」


「――おっ、とっ、と……! ちっ、見た目の割に脳筋だな」


 左目の中で炎を燃え上がらせながら、炎夏は全力の降り下ろしをレンの棒に叩き込む。見た目はただの木の棒だが、白熱した『鉾矢』の刃でいくら打っても折れる気配がなかった。

 

「『剛』ッ!」


(ぐ……!?)


 炎夏の大ぶりな打ち込みを、レンが棒で跳ね返す。ガードのがら空きになった彼女の胴体めがけて、痛烈な『剛』強化の拳がえぐりこんだ。


「う、ぐぅ……っ!!」


 たまらず後ずさりし、『鉾矢』を取り落とす炎夏。杖を向けて威嚇はしたが、それを持つ手も震えていた。


「あらら……? ははっ、『掃除屋』って思ったより弱いんだねぇ。レンも手加減してよ。ボクの出番がなくなっちゃうじゃん」


? 後で水鏡律季に使ってやりゃいいことだろ」

 

(……! ダメだ! こいつらを行かせたら、次は水鏡くんの番なんだ……!

 ――なんのために、一人でケジメつけるなんて啖呵切ったのよ! 絶対負けられないッ……!!)


 消えかけた闘志に再び火をつける。レンが棒を構えて突撃体勢に入るのが見えた。

 痛みと恐怖の震えを意志力で無理やり抑え、杖を握る手に力を込めたその時――。




「――天道先輩ッ!」




「――水鏡くん!?」「水鏡律季か……」


 制服姿の律季が、息を切らして屋上へ突入してきた。レンとユウマが振り返る。炎夏は驚愕に目を見開いた。

 「なぜ来たの!?」「来てくれたんだ!」矛盾する二つの声で、炎夏の心が叫ぶ。




「へぇ……来たんだ。




 そして、三人の中で唯一表情を変えなかったユウマは低くそうつぶやいて。

 小さな青い結晶クリスタルを片手にとり、軽く上に放り上げた。


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