開戦、炎夏VSユウマ その1
律季の部屋はアパート『メゾンバルーン』の三階にある。
パジャマ姿の借主は、スマホ片手に部屋のドアの前で立ち往生していた。
「考えてみりゃ当たり前なんですけど――鍵かけて寝たから、インキーで部屋に入れなくなってます。管理会社に連絡すればなんとかなりますけど、とりあえず遅刻は確定ですね」
テレポートの怪現象の意外な弊害である。炎夏のパンツと寝起き姿を拝めたことを加味すれば黒字と言えるが、自国はすでに高校の授業開始直前、日が燦燦と照っている。朝食も食べられず、身支度もできないため寝癖がそのままだった。しかも、アパートの管理会社の始業は一時間後である。
『そっか。学校には言ったの?』
「はい。経緯は説明できないんで、頭痛ってことにしました」
『こっちはこっちで困ったことになってるの。来れないのはむしろ運がよかったかもね』
「――え? 学校で何かあったんですか?」
彼が電話している相手は炎夏だ。さっき別れたばかりなのだが、彼女の方から律季にかけてきたのである。
「『
「こうのせ……? 聞いたことないです。帰国子女かなにかですか?」
「そう、水鏡くんも知らないのね。私も知らないの。でも、その二人は私の事を友達だって言ってるわ。それに友達の誰に聞いても、神瀬さんと朝霧さんは、昔からこの学校にいたって思ってる」
微妙に要領を得ない話に、律季は首をかしげる。
他のみんなが知っていて、律季と炎夏だけが知らない生徒? しかもバスケ部の先輩? 両方とも変わった苗字なので、一度でも耳に入れば忘れないと思うのだが……。
「結論から言うと、その二人は『敵』よ。魔法で学校中のみんなを洗脳して、ユウマとレンは元からいた生徒だったっていう認識にしてるの。私と水鏡くんが二人を知らないのは、多分同じ魔法使いだからよ」
「――敵?」
「ええ。これはさっきの話の続きだけど――私たちの敵は『夢』だけじゃないの。魔法使いの組織は、『機関』のほかにもう一つあるのよ」
玄関前で眉を顰める律季。パジャマ姿なのがしまらないが、事態は深刻なようだった。
「夢の中で闘う『機関』の魔法使いは、現実世界でも、その『組織』の魔法使いから命を狙われている。もちろん、私も含めてね」
「敵の魔法使い? っていうことは、そいつらは普通の人間ってことですか? 夢の中から出てきたとかじゃなくて」
「ええ。私たちと同じ、魔法が使える人間よ。私は運よく、今まで敵に会ったことがなかったんだけど……とうとう、来るべき時が来たらしいわ」
『敵』『組織』と言葉を濁すのがどこか気になる。しかし正直細かい事情など律季には正直どうでもよかった。
今重要なのは、炎夏が危機にあるということだ。ならば律季はこんな所でじっとしている場合ではない。なにしろ彼は、炎夏の『
「じ、じゃあすぐに行きます。詳しいことは学校で話してください」
「いいえ、ダメよ」
「えっ!?」
電話の向こうからキッパリと突き放す声。それこそ、『おっぱい揉ませろ』と言われた時とは比較にならないほどすげない。
「『夢』のこととか、『機関』のことは、もともと私個人の問題なの。誰も巻き込みたくなかったけど、それはもうとっくに手遅れね。――夢の中で水鏡くんを死なせかけた上、君自身の意思に関係なく『
「先輩……!」
「水鏡くんには本当に申し訳ないことをしたと思ってる。なにもかも私の責任だわ。だからこそ、これ以上君に迷惑をかけるわけにいかないのよ。このケジメは、私一人でつけるべきだわ」
声色だけで、それが本心だと伝わった。炎夏の決意は固い。
電話の向こうで責任感に押しつぶされている彼女は、律季が名前を呼ぶのにも答えなかった。
「遅くても練習時間までにケリをつける。もう一度言うわ――君は来ないで」
「待って、先輩……! ――クソッ!」
一方的に切られた通話。最後までこちらの話を聞いてもらえなかったと、律季は短く歯ぎしりして太陽を見上げた。
「迷惑だなんて、一言も言ってないのに……!」という呟きが、住宅街の中に消える。いつもより暑い朝だった。
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