爆乳魔女とボクっ子魔女 その2
「えー……ということで。こちらが新しい魔法使いの水鏡くんです」
「どーも、文月先輩。水鏡律季です」
「ごまかすんじゃねぇ。まずさっきのを説明しろ。たった一晩で何があった?」
平静を装っていても、二人とも体温が冷めきっていない。まもなく螢視が訪ねてくるのを忘れるほど、二人ともキスに熱中していたのだ。
螢視の疑問も当然であって、たった数時間前まで律季と炎夏は片思いする側とされる側でしかなかった。しかも律季がパジャマで炎夏の部屋に上がり込んでいたわけで、誰が見ても今夜アタックをかけたのは炎夏の方だ。
「律季が夢の中に飲み込まれて
「……その理由がお互い全くわからないんです。このパジャマ見ても分かる通り、アパートで寝た時の着の身着のままで、起きたらこの部屋にいて」
キスについては、お互いに雰囲気でエスカレートしただけで言い訳のしようもない。黙殺しようという了解が、お互いの間に無言のうちに成立していた。
「いや、詳しくはわからないけど、心当たりがないわけじゃないの。水鏡くんは多分、私の『
「――え……っ?」
「バディ? なんですかそれ?」
『
「魔法使いは原則二人組で動くのよ。まず『
「俺が先輩のバディで、先輩が俺のマスターですか……。ちょ、ちょっとときめく響きですねそれ。でも、具体的にそれはどういうもんなんですか?」
「私もざっくりとしか聞かされてないのよ。『機関』は秘密主義だからね。必要のない情報はそうそう提供してくれないの」
「――『機関』?」
またしても知らない単語だ。炎夏を取り巻く状況は、律季が考えていたよりもずっと複雑らしかった。
「私は別に一人で『夢』と戦ってるわけじゃないよ。私たちみたいに夢の中で戦ってる魔法使いは『機関』っていう組織に所属してて、それぞれの場所で任務についてるの」
「あー、そういえば先輩は『この町を』守ってるって言ってましたね」
「そうそう。この近辺が私の持ち場なの。死ぬかもしれないけど、ちゃんとやってればお給料ももらえるのよ。まぁ私はもともと何も知らないでボランティアでやってたら、『機関』の方から誘いが来たんだけどね」
「うわー、じゃあ魔法使いは俺と先輩以外にも、世界中にいっぱいいるってことっすよね!? すっごい話になってきたじゃないですか……!!」
「なんでそんなワクワクしてんの」
――そこで、律季のパジャマのポケットから、ロックが大音量で鳴る。律季の携帯の目覚ましだった。持ち主は手癖でストップボタンを押そうとして、突然血相を変える。
「あっ、そうか! やばい!」
天道神社と律季のアパートは逆方向だ。律季が登校するには、いったんアパートに帰って折り返さなくてはならない。夢の中の出来事が激動すぎたためすっかり失念していたが、実は炎夏といちゃついている時間などなかったのだ。
「先輩、靴ありませんか!?」
「えーっと、弟のサンダルなら裏口にあるよ。ちっちゃいけど持っていけるのはそれぐらいしか……」
「ありがとうございます! じゃあ、お邪魔しました!」
「う、うん。できれば見つからないようにね!?」
大急ぎで出ていく律季。夢の中で何度も殺されかけるわ、起きたら起きたで朝っぱらからパジャマにサンダル履きで出歩く羽目になるわと散々である。本人は、炎夏と距離が詰められれば大いに黒字だと言うだろうが。
「――ねぇ
「……なんでもない。忘れてたけど、借りてた本も持ってきたから返すな……」
一方、部屋に残された二人は、妙に気まずい。律季が裏口から出て行ってドアが閉まる音が聞こえるまでは会話もなかった。
「なあ。律季は、夢の中でお前と一緒に戦ったんだよな。どんな感じだった?」
「どんな感じって聞かれても……水鏡くんが魔法を使ったのは最後の最後だけだから、正直まだ実力はわからないんだよね。でも、少なくとも今回は水鏡くんのおかげで助かったよ。私だけじゃ相性が悪くて勝てない相手だったから」
本棚に自らの手で借りた本を戻す螢視。炎夏に背を向けているため、彼女からは螢視の顔が見えない。
「律季が『
「それもまだわからないなあ。水鏡くんがどうしたいかも聞いてないし、『機関』の一員にするとなると、問題は夢だけに限らないからね。――でも、もし協力してくれるなら正直嬉しいよ。水鏡くんは夢の中でもあの調子だから、一緒にいると寂しくないし。ライン越えたセクハラはお仕置きするけどさ」
「へえ。随分仲良くなったんだな」
「まあね。――あっ、それダメ。まだ読んでないやつだから」
ベッドに座って手鏡片手に髪をとかす炎夏と、彼女の本棚に遠慮なく手を突っ込む螢視。幼馴染同士の気兼ねしない距離感である。
――ピンポーン!
「炎夏ちゃーん! 起きてるー!?」
「……え?」
それは日常がひび割れる号砲。インターホンの音と一緒に、まったく聞き覚えのない女の子の声が炎夏を呼んだ。
下の名前で、しかもちゃん付けで炎夏を呼ぶ。しかも、こんな朝早くに神社の広大な敷地をわざわざ歩いて天道家を訪問する者。彼女の友達の中には該当者が一人もいない。
「どうした? 行かないのか?」
「……え、いや。行くけど……誰か分からないから怖いよ」
「何言ってんだ? ユウマに決まってんじゃん。待ってんだから早く行ってやれよ」
「――ユウマ……?」
螢視の反応もどこかおかしい。互いの交友関係は知り尽くしているはずなのに、炎夏が全く知らない名前を螢視が知っているなど、本来ありえないはずだ。
部屋を出て階段を下りながら、正体不明の汗が彼女の背中を伝う。正面玄関にたどり着いた彼女は、念のためにチェーンをかけてドアを開けた。
「あっ、来た来た。どうしたのさ炎夏ちゃん、チェーンなんかして」
「――どちらさまでしょうか?」
「はあ? どうしたんだよお前。寝ぼけてんのか?」
玄関先で待っていた『ユウマ』は、コーヒー色の髪をボブカットにした小柄な少女だった。天衣無縫でつかみどころのない笑みを浮かべている。ユウマの背後からはむすっとした不愛想な少年の声がするが、チェーンをかけたままではその姿が分からない。炎夏はおそるおそるチェーンを外し、彼の姿を確認して、さらに驚いた。
「ボクたちのこと忘れちゃったの?
「昨日も練習に顔出したじゃないか。意地悪されるほど失敗した覚えもねーぞ」
『朝霧レン』は、派手な銀髪に目つきの悪い真っ赤な瞳という、白ウサギじみた外見だった。体形はがっしりしており、身長は炎夏に並ぶ。口調も態度も気だるげだが、身のこなしに一本の芯が通っていて、まるでユウマのSPかなにかのようだ。
ボクっ子の茶髪美少女に、銀髪赤目の少年。一度見かけたら忘れようがないほど特徴的な二人組だった。
どちらか単独でも絵になる美男美女だが、二人並んでいると奇妙にマッチした印象を受ける。長年付き添ったきょうだいと言われても不自然ではなかった。
「ちょ、ちょっと待って。練習に来たって……あなたたちバスケ部員なの?」
「おいおい、お前な。……おせっかいだが、根を詰めすぎじゃないのか。選手よりマネージャーが先にくたびれてちゃ困るぞ」
「じゃ、ボクたちもう行くね。学校で待ってるから、後で一緒にお弁当たべよ」
あくまで自分たちが炎夏と知人であるというスタンスを崩すことなく、一方的にしゃべるだけしゃべって去っていった二人。その後ろ姿に、炎夏は直感した――これは宣戦布告だと。
図らずもすでに巻き込んでしまった律季、そして敵の術中に落ちているらしき二階の螢視のことを思い、炎夏は爪が掌に食い込むほど拳を強く握ったのだった。
第一章『
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