爆乳巫女・天道炎夏 その4


 アラームのけたたましい鳴き声が、律季を温かい眠りから覚醒させる。

 まず最初に感じたのは、背中をじっとりと濡らす汗の感触だ。決して心地のいいものではないが、あの水びたしに比べれば万倍マシなので安堵が勝った。

 ……次に、『夢だった』のかと、少し残念な気分になる。律季はふかふかのベッドの中で、憧れの先輩と共有した大冒険を思い返した。とんでもない悪夢だったというのに、目を開けるのが、少しだけ名残惜しかった。


(……ん? あれ?)


 律季は徐々に現状を認識するごとに異常に気付く。――俺のふとん、こんなふかふかだったっけ? それに……なんか、ベッド全体からめっちゃくちゃ良い匂いがする。そういえばいつもベッドサイドに置いてあるはずのアラームも、妙に遠いところから聞こえるような……?


 


「すぅ……すぅ……んんぅ」




(――はぁっ!!!???? て、天道先輩!!!!?????)




 まだ夢の中にいるのかと思って目を開ける。すると隣で炎夏が天女の寝顔をさらしている。ブラインドの隙間から朝日が薄く差し込み、彼女の白い肌を照らし出していた。

 律季の部屋とは似ても似つかない、女の子らしい綺麗な部屋だった。律季は、炎夏の部屋とおぼしき場所で、彼女と同じベッドに潜り込んでいた。

 彼があたふたしている間に、炎夏もアラームの音に身をよじる。そして、長い睫毛の中から現れた瞳が、律季の顔をぼんやりととらえた。


「……あれぇ? みかがみくん? かえったんじゃないの……?」


「てっ、天道先輩。これは、その……」


「――って。えっ!? みっ、水鏡くん!? なっ、なんで私の部屋っ……」


「ぎゃああああーーー!!??」


「へっ? ……あっ」


 慌てたせいか勢いよく布団をひっぺがして起き上がった炎夏。その姿を見て、律季が奇声を上げた。


「――あ……あぁ……っ」


 ……『黄色のタンクトップに、白のパンティ一枚』。髪にもばっちり寝癖が付き、右の肩紐が取れておっぱいがきわどいところまで見えていた。

 普段のクールさなどこれっぽちもない、だらしない寝起き姿。あられもない下着姿。健全なエロスに満ちた炎夏の素の姿が、後輩の前にさらけだされてしまっている。

 目をぐるぐる回して、魔法を使わずとも顔から火が出そうな炎夏に、律季は数秒後に降りかかるであろう未来を確信しながら、この絶景を目に焼き付けた。






「わが生涯に一片の悔いなし」






 律季のまっすぐな瞳とまっすぐな鼻血。

 ――朝を告げるニワトリの声のように、ビンタの音が暁にこだました。












 


「とうとう動き始めたか。『ルミナ』と接触した、あの男が」


 炎夏と律季がベッドの上で再会を果たしたのと同時刻。地球の裏側の、欧州『グレゴリオ教国』。

 薄暗い地下室で、大量のモニターのライトに囲まれ、頭部にケーブルをつながれた銀髪の女性が、独裁者の微笑を浮かべて呟いた。


「こちら、ユウマです。スノー様ですか?」


「こちらレン。珍しいじゃねーか、アンタがかけてくるなんて」


 端末でコールをかける。穏やかで溌溂な少女の声と、沈着で少々ぶっきらぼうな少年の声が答えた。気安い口調を軽く聞き流し、白銀色の絶対者が命を下す。


神瀬こうのせユウマと朝霧あさぎりレンの両名に次の任務を与える――日本へ飛び、『魔術師』リツキ・ミカガミ、『掃除屋』ホノカ・テンドウの両名を可及的速やかに連行せよ。詳細は追って連絡する」


「「了解!」」


 セクハラから始まった運命が動き出す。

 世界の陰で、少年と魔女の語られざる戦争が幕を開けようとしていた。

 


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