エッチな巫女さんとの冒険 その3
「……乗ってやるしかないみたいね。あそこまでジャンプするわ。掴まって!」
「は、はい! ――クソーッ! 先輩と二人でスライダーとか、こんな状況じゃなきゃ最高なのに……!」
炎夏が律季を腕の中に抱き、2メートルほど上へ飛んだ。律季が炎夏に抱きしめられる形で、水の流れるスライダーに中を滑走する。見た目は仲睦まじいカップルのようだが、事態は極めて切羽詰まっていた。
後ろから甲高い鳴き声が響いてくる。奴も追ってきているらしい。追いつかれれば最悪だが、出口にはいつ着けるのか――律季が必死で考えを巡らせている間に、スライダーの天井が開く区間に入った。スライダーの外の景色が、彼の前に広がる。
「――――う、ああっ……!!!?? なんだよこれ……っ!!!?」
それはまさしく悪夢の世界だ。
無限に広がる闇の中、蜘蛛の巣か血管網のように、支柱のない無数のスライダーが橋渡しされている。その中には垂直に近い角度になった、明らかに人間が滑るようのものではないものもあり、真っ暗な天空から同じく真っ暗な奈落まで限りなく伸びている。
そのスライダーの表面では、何体もの魔物が動いている。タコのような軟体生物がゆっくりと触手を動かしてスライダーをよじ登ったり、巨大な蛾が羽を広げていたり、人間状の個体が器用にバランスをとってその上に座っている。
炎夏の言った通り、この世界には出口などない。今後ろから追ってきている『クリスタラー』を倒さない限り、無限に続くのだ。律季が本能でそれを思い知り、生唾を飲みこんだ瞬間――ねちゃり、と嫌な感触がする。――『クリスタラー』がねばついた触手を伸ばし、吸盤で律季の腕をつかんでいた。
「ひ、ひぃっ!?」
「水鏡くん! ちぃっ――退けっ!」
「あ、ありがとうございます! 助かりました……!」
炎夏が唱えると、たちまち青い炎が触手の表面で渦を巻き、取りついていた吸盤が離れた。この地獄では彼女だけが律季の味方だ。
(ダメだ! やっぱり大して効いてない……! それにこいつ、今私じゃなくて水鏡くんの方を狙った? 意図的かどうかわからないけど、彼を守らなきゃいけない分直接来られるよりタチが悪いわ!)
律季と密着し、しかもまがりくねったウォータースライダーを滑走し続ける炎夏は、まともな攻撃などできない。今は自衛に徹するほかなかった。
「そろそろ出口よ! 先がどうなってるかわからないけど、出たら急いで水場から離れて!」
「わかってます!」
きつい下り坂が続き、スピードが乗ったせいで、出口を認識するより早く二人は排出された。勢いよく水中に突っ込み、何秒か上下感覚が失われるが、慌てて出る。幸い、そこにあったのは天井の高い広間だ。
「あいつはまだ来ないみたいね。出口の前で待ち伏せするわ――それでダメなら、多分もう無理ね。水鏡くんがいる時だけこんなに強いのが出るなんて、ついてないわ」
「死にゃあしませんよ。絶対生き延びます。だって俺は――まだ一回も、先輩のおっぱい揉んでないんだから」
「バ、バカ。こんな時までそんな……」
「もし先輩がダメだった時は、俺があいつを倒しますよ。なにせ、おっぱいも揉まずに死ぬわけにはいきませんからね。
――約束してください。それで二人ともここを出られたら、おっぱい揉ませてくれるって」
――ドオオオオーーーッ!
口を開いた炎夏の返答は、すさまじい水音によってかき消された。先刻のウォータースライダーから流れて来た水さえも生易しく感じる、膨大な水量が部屋を襲った。
瞬きで部屋が水浸しになり、足がつかなくなる。口元まで一気に水につかったせいで、文句を言う時間もなかった。
(畜生っ! とことん水責めかよッ!)
(まずい、息が! 私はある程度覚悟してたけど、水鏡くんは助けなきゃ……でもどうしたら!?)
たちまち巨大な水槽となった広間。水中に浮く二人の前に、ついに『クリスタラー』が接近し、のっぺらぼうで滑らかな表面をした、銀色の人間型の姿をさらした。胸にはそれだけ色の違う、青色をした結晶体がはめこまれている。
今まで一貫して距離を取り続けてきた敵が近づいてきたということは、今ここで律季と炎夏を始末する自信があるのだ。もう律季は恐怖しなかった。目の前の怪物に対する、純粋な怒りと勇気が体中を支配した。
(ふざっ……けんな! 冗談じゃないぞ。せっかく先輩が、試合に勝ったらデートしてくれるって約束してくれたのに。今の答えだって、まだ聞いてないんだ!
――こんなところで。こんなところで……!!)
炎夏は窒息する水圧の中、律季の左目が光を発するのを見た。
虹のような七色の光――それはまさしく希望の光明だ。
(左目の光――!? 水鏡くん、君はまさか……!)
「こんなところで……『死んでたまるか』ぁあああぁぁぁぁーーッ!!!!」
律季の中で奔騰する感情。左目の光が最高潮に達した時、彼の『使命』が稼働する。
両の拳がまばゆい光を発し、律季はそれを本能に導かれるまま突き出した。そして生まれる巨大な波動。パンチの軌道で走った渦が、『クリスタラー』の胴体を直撃した。
銀色の軟体が勢いよく水上へ吹き飛ばされ、四方から雪崩れ込んでいた水流が止まる。轟音がやみ、水中を埋め尽くす大量の気泡が晴れた。この機を逃さず、炎夏が両足で水を蹴る。
「――ありがとう、水鏡くん。おっぱいは揉ませてあげれないけど、かっこよかったよ」
水面に出た炎夏は、赫灼の光を左目に灯して、『天道』の名の通り、日があるべき天空へ向かって高く手を掲げた。
周囲の空間から炎が集まり、彼女の手の中で一本の槍へと変貌する。柄に鈴がつき、長方形を斜めに並べたギザギザした形の刃は、高熱で紙垂のような純白に光った。
「
――閃光の一撃。熱い光が乱反射し、衝撃波が水面をまっすぐにえぐる。律季の攻撃で打ち上げられた『クリスタラー』は、チリひとつ残すことなく空中で消滅した。
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