爆乳魔女・天道炎夏 その1


「た、大変申し訳ございませんでした先輩……」


「……」


 謎の室内プールの夢の中。律季と炎夏が、タイル張りの奇妙な空間にいた。

 恩をセクハラで返された炎夏は、顔を真っ赤にして涙目だ。腕を組んでいるために広い袖が互い違いになっていた。しこたまお仕置きされた律季はたんこぶの上にたんこぶを作って正座している。


「は、反省した? 水鏡くん」


「……はい。こんだけ痛いなら、絶対夢じゃないですね……」


 炎夏のおっぱいに顔を突っ込んだ際はとても柔らかくて良い匂いがしたし、折檻された時はしっかり痛かった。頬をつねるまでもなくただの夢ではない。

 ――しかし、ついさっき見た、憧れの先輩が異能の力を振るう光景は、やはり現実とは思えなかった。


「あの――先輩。質問していいですか?」


「……なによ?」


「そのエロ衣装はなんなんですか?」


 びきっ。

 炎夏がこめかみに青筋を浮かべて、律季の顔面に正拳をぶちこむ体勢になった。


「こ、この欲しがりさんめぇ。まだお仕置きされたいの?」


 肩を捕まえる手に、この世ならぬ凄まじい力がこもっていた。

 律季は上から押さえつけられて一歩も動けない。


「ち、違っ!? いやだって、マジでなんなんですか『それ』!? 祭りの時に神社で見たやつと、全然違うじゃないですか!?」


「う……」


 律季が、眼前の光景から目をそらしながら必死で反論する。炎夏は再び耳まで紅潮して、両袖で体を覆い隠した。事実、炎夏の恰好はまさしく痴女同然であり、律季でなくても目のほようすぎる。色合いや意匠こそ、祭りの時の巫女衣装と同じだが、とにかく露出度が高かった。

 一枚歯の下駄に、上着と分離した広い袖。腋の部分には布地がなく、肩と腋も横乳もこれでもかと露出している。臍も腹もしっかりと出ていて、上半身は乳首以外の全てがほぼ丸見えの状態だ。下半身は紺色のロングスカートに白いハイソックスだが、こちらも太ももの部分に大きくスリットが入っていて、前の部分が独立した腰布のようになっている、きわどい衣装だ。ちょっと段差を登るだけでも、容易に下着が見えてしまうだろう。

 こんなのを本職の巫女が着るなど、神への挑発としか思えなかった。まさしく天をも畏れぬドスケベっぷりだ。


「重ね重ねありがとうございます!」


 律季は二礼二拍手一礼。現役巫女のエロコス! 拝まずにはいられない! とばかりに、ドスケベ衣装の炎夏を丁寧に拝んだ。


「もぉ、だからちがうのに、わたしだってきたくてきてるわけじゃないのに……」


 蒸気を発しながらうつむいてしまった炎夏。隠そうと必死な姿が、逆に蠱惑的だ。

 わかったのは、眠りに入った時の恰好が、この空間での服装となるわけではないことだ。律季はいつものパジャマ姿だが、今の炎夏はどう見ても寝巻きではない。第一、本物の巫女がこんな物を持っていたら、即家族会議ものだ。


「せ、先輩。一生のお願いなんですけど、祭りの時の舞い、ちょっとだけやってもらえませんか? その格好でやったらどうなるのかめちゃくちゃ見たいです」


「だから! あの舞いをそういう目で見ないでって、何回言わせるのよ!? 大概にしないと燃やすわよ!?」


 律季を燃やす前に、炎夏の顔から火が出そうだ。

 これ以上セクハラすると本当に極刑に処されかねない。さすがの律季も話題を変えることにした。


「じ、じゃあそれはひとまず置いといて……真面目な質問をします。

 ――ここはどこですか? 天道先輩は何をしているんですか?」


「……っ、そうね、どこから話したらいいか迷うけど……水鏡くん『満月の夜の怪死事件』をご存じ?」


「もちろん知ってます」


 それは、ここ数年で最も有名な社会現象だ。

 満月の夜、眠りにつくまでは全く健康だった者が、夜が明けると突然外傷もなく死ぬ。日本では満月のたびに平均で十人前後が、地域を選ばず犠牲になっている。その様はまさしく無作為抽選で、満月になると恐怖で眠れなくなる者も増えたとのことだ。

 怪死事件は世界中で起こっており、死者の数は先進国中心に毎月100~200人と言われる。コンスタントに続くこの怪現象に対し、多くの学者や研究機関が様々な角度で解明に挑んだが、自殺か他殺か自然死かもわかっていない。そのため、莫大な被害にもかかわらず、この事件にはいまだに正式名称すら付いていなかった。


「端的に言うと、この空間こそが『怪死事件』の正体よ。ここは夢というより、『満月の夜だけ現れる異世界』のような場所なの」


「……は?」


「この世界に迷い込んだ人は、うろついている化け物に食い殺される。眠ったまま殺された人は死体に外傷が残らないから、何が起きたのか誰にもわからない。

 そして私は『夢』の被害を食い止め、町を守る『魔法使い』よ。その証拠はさっき見せたよね」


 情報量が多すぎて頭が追い付かない。夢が現実? 炎夏が魔女? 衣装がドスケベ?

 プールの塩素の匂いに、炎を使った戦闘で汗ばんだ炎夏の香りが混ざる。いろんな意味でクラクラする律季。


「水鏡くんが気になってるこの服も、魔法で戦うために必要な物なんだ。……あっ、ちょっとどいて」


「――うおっ!?」


 炎夏が律季の肩越しにお祓い棒をふりかざし、魔法の炎を打ち出した。後ろの通路から迫ってきていた四匹の魔物が、一撃で消し炭になる。


「い……いろいろ気になることはありますけど。とりあえず出口に案内してくれませんか? こんな状況じゃ考え事なんてできやしないんで……」


「ま、そりゃそっか。でも答えられるかどうかは――おっと」


 高い天井の隅の暗がりに、這いずって移動していた魔物を見つけて、炎夏がまた火の魔法を撃った。

 真っ黒に焦げたナメクジのような物体が床のタイルの上に落ちる。律季は気持ち悪さと恐怖で真っ青になった。


「あわわわわ……」


「じっとしてても消耗するだけか。行こう水鏡くん。ついておいで」


「は、はい!」

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