水鏡律季と爆乳魔女 -The March of the Black Queen-

水銀@創作

序章『律季と炎夏 最初の契約』

Girl Meets Boy その1

 

 ――『天道てんどう炎夏ほのか』。

 真序まじょ高等学校三年生で、男子バスケットボール部のマネージャーを務める彼女は、全国有数の大神社・天道神社の長女である。

 黒髪ロングの和風な美貌と、温厚で誠実な人柄、格調高い家柄からくる自然な気品。まさしく完璧超人といってよく、同級生・後輩問わず学校中の憧れの存在である。


「あ――おはようございますっ! 天道先輩っ!」


「うん。おはよう水鏡みかがみくん。今日も早いね」


 そんな炎夏がバスケ部の朝練に向けて体育館に向かうと、いつも通りの『先客』が、熱心にシュート練習に打ち込んでいた。炎夏の後輩、一年生の水鏡みかがみ律季りつきだ。

 ユニフォーム姿の律季は入口から入ってきた炎夏を見つけて、人懐っこい笑顔になる。汗の粒がキラキラと光っていた。

 現在時刻は朝の六時半、朝練開始の三十分も前だ。炎夏は他の部員に先んじるために早めに来ているのだが、律季はいつも体育館が解放される六時直後に来て、時間が許す限り目いっぱい練習している。その甲斐あって顕著に成長が見られ、炎夏も律季にまじめな有望株と好感を持っていた。


「……えっ? あっ、あれ……?」


「どうしたの? いきなり球筋を乱しちゃって」


 その律季が、突然スランプに陥った。炎夏に気づくまで三回連続で決まっていたシュートが、まったく的外れに飛ぶ。――まるで、炎夏の存在が集中力を乱しているように。

 背後から炎夏に声を掛けられ、律季は手を止める。そしてゆっくりと振り返った。その目は、何かとても思いつめた表情をしている。


「――あの、天道先輩。ちょっとお話があるんです。できれば、他の人には聞かれたくないことを」


「何か悩みでもあるの?」


「……はい」


「わかった。じゃあ体育倉庫まで行こう。練習に支障が出るなら他人事じゃないし、なんでも言ってね」


 顔色は紅潮し、口調の歯切れも悪く、律季は明らかに尋常ではない。炎夏も表面上はいい先輩を取り繕っているが、これから起こることは既になんとなく察していた。なにしろ彼女は学校一の美少女。『あれ』をされる経験ならいくらでもある。

 ……胸の奥で、心臓がドクドクと鳴っていた。経験豊富だからといって、慣れるわけでも、免疫がつくわけでもない。まして、いつも生真面目な後輩が勇気を振り絞ったとなれば、心も動かされるというものだった。

 

「――で、話っていうのは……」


「は、はい。じゃあ――」


 さあ、二人で体育倉庫のドアをくぐり、二人きりの空間。

 果たして、耳まで真っ赤の律季が言ったのは――




「お願いしますっ、天道先輩!!!

 ――『おっぱい揉ませてください』ッッ!!!」




「――――え゛っ?」




 九十度に頭を下げた律季の前で、炎夏は開いた口がふさがらなかった。












         序章『律季りつき炎夏ほのか 最初の契約』 










 ――沈黙。頭を下げたまま動かない律季と、硬直した炎夏。

 ともかく炎夏が何か返事するまで、律季はこの体勢のまま待ち続けるつもりのようだ。


「……とっ、とりあえず、頭上げよ? ね?」


 とりあえずそう言うしかなかった。今年度始まってからのこの二か月あまりの期間に絞っても、告白された回数は二桁を越す炎夏だ。

 実家の神社が恋愛に厳格なことと、で、炎夏は告白を受けるわけにはいかない。炎夏は一切告白を受けないことはすでに学校中の周知になっているのだが、それでもアタックしてくる男は絶えなかった。

 つまり炎夏の中で、律季が告白してきた場合、断ることはどのみち既定路線だったのだ。だが、こんなものすごい変化球を投げつけられたのは当然初めてなので、どう返していいかわからなかった。


「――は、はい……」


 爆弾発言の張本人はおもむろに上体を戻し、真っ赤な顔をさらした。


 ――水鏡みかがみ律季りつき

 短く切った黒髪、日焼けした肌を持つ小柄な少年だ。取り立てて美形でもないが、太い眉と大きな茶色の目が特徴的で、人懐っこい印象を受ける。

 中学まではまったくのバスケ未経験者だったが、入学式が終わるなりバスケ部に飛び込んできて以来、必死の努力でいまや三年の練習に混ざれるほどの実力になっている。素人からわずか二か月余りでよくやっていると、炎夏も先輩連中も律季には感心していたのだ。

 ……そんな彼の突然の奇行。炎夏が動揺するのは当然だった。


「水鏡くん、その……食べ物、変えた?」


「変な物食べたヤツ扱い!?」


「それか、何かの罰ゲーム? いじめられてるんだったら相談に乗ってあげるけど」


「違いますって! 俺はちゃんと本気だし、全部自分の意志です!」


「だったらなおさら困るのよぉ!」


 思わず声を荒げる炎夏。律季は直立不動、背筋もまっすぐ。防犯効果がありそうな立派な立ち姿だ。

 律季の真剣な眼光が炎夏を正面から見据えていた。「おっぱいを揉みたい」その点において彼にやましさは一切ないと見える。炎夏はいよいよ弱り切った。


「お願いします先輩! 俺、正直もう我慢できないんです! 練習中も指導中も、ずーっとそんなの見せつけられて……!!」


「っ……! べ、別に見せつけてるわけじゃ……!」


 ――むにゅうううう~~~~~~~っ♡♡♡♡

 律季の視線から身を守ろうと、炎夏が両手で胸を隠すと、腕が乳に沈み込む。全然隠せていないどころか、余計に男をたぎらせるだけだ。


「ほ、ほらっ、今まさにですよ! そんなエロい恰好して、どの口が見せつけてないとか言うんですか!」


「普通にエロいとか言うなぁ! そんなこと言われたって、自然とこうなっちゃうんだもん! だって……その……」


「……だって、なんですか? 『だって、おっぱいがデカすぎるから』?」


「う、うう~~~~。そ、そうよ……」


 ――そう。律季の指摘したそれこそが、炎夏の人気の最大の原因。

 背が高く、濡れ烏色の艶っぽい黒髪をロングにした、巫女衣装の似合う美貌。THE・大和撫子と言わんばかりに、優しくたおやかな振る舞い。地区の守り神を祀る天道神社の長女という家柄と、それによる格調高い存在感。

 そのどれよりも男の目を引くのが――おっぱいがデカすぎることなのだ。

 

「俺も、天道先輩と同じ理由で困ってるんです。先輩はいつもは優しくって、明るくって、頼りになる人なのに、おっぱいだけがスゴすぎるから。

 これでおっぱい気にするなっていうのは、クジャク見て羽見るなっていうようなものですよ。片方だけでも顔よりデカいんだから、目が行くのは当たり前じゃないですか。

 歩いてるだけでぷるんぷるんっておっぱい揺れまくるから目のやり場がないし。香水とかつけてないのに、なんかめちゃくちゃ良い匂いがするから、話してるだけでもエロい気分になっちゃうし。本人がそのあたりに無自覚でいるのも、ギャップを感じちゃって余計にエロいし……」


「う、うえぇぇ!? み、水鏡くん、私の事ずっとそんな風に思ってたの!?」


「だから、我慢してたんですってば! というか口に出しては言わないだけで、だいたいの男はそう思ってますよ! むしろ思わない方がおかしいです!!」


 機関銃のようにセクハラをかます律季に、天道炎夏はたじたじだ。まじめだと思っていた後輩の熱い思い。しかし今になって考えれば、これまでに炎夏に告白してきた男たちも、同じ思いだったのかもしれない。


「だから――お願いします! 俺と付き合って、おっぱい揉ませてくださいっ! 俺、ホントに先輩の事好きなんです!」


 律季が再び、ビシッと頭を下げた。またしてもそのまま動かない。

 炎夏が返事をしない限りは、やはりずっとこの気まずい状態が続く。


(ど、ど、どうしよう?)


 彼の抱えた想いは想像以上に本気だ。ただのセクハラかと思ったら、それなりにちゃんとした告白。内面が好きなのは前提として、通常ならひた隠しにする炎夏の肉体への興味もバカ正直に告白してきたのだ。

 炎夏からすれば、ただ普通に過ごしていただけだ。それで律季が勝手に発情していただけなのだから、責任があるとまでは思わない。しかし、直接伝えねば耐えられないまでに悶々とさせてしまっていたのなら、無下に断るのは少しだけかわいそうなのも確かだ。


「――み、水鏡くん、ひとつ確認させて。君は、私とエッチなことしたいだけなの?」


「ち、違います! ちゃんとデートしたり一緒に遊んだりして、その上でやっぱりおっぱいも揉みたいってだけです!」


「何が『だけ』なのかわからないよ? けど……そ、そうか……」


 炎夏が考えをまとめている間も、期待と不安の籠ったキラキラした目で見つめられる。表情はきりっとしているが、気をつけの姿勢の律季の手は、腿のあたりで小刻みに震えていた。


「結論から言うと、まず胸は論外。付き合うのも、家が厳しいのもあるけど、マネージャーの仕事とか受験の準備とか忙しいから無理。……でもそれだけじゃ、水鏡くん納得してくれないでしょ? 我慢させすぎて、うちの後輩を痴漢にするのも嫌だし」


「襲ったりはしませんよ!? OKしてくれるまで何回でも告白しまくるだけです!」


「それはそれで困るんだけど!? ……だから、ひとつ提案。

 ――二週間後からの地区大会の試合で、水鏡くんが点を入れて勝てたら、デートぐらいは付き合ってあげてもいいよ。もともと胸揉ませるなんて無理な要求だから、これが精いっぱいの譲歩。それでいいかな?」 


 律季の熱意に対して言えば、相当冷たい対応だと炎夏は思う。だがまだ食い下がるようなら、これ以上はもう相手しないつもりだ。それを見越して、ことさら突き放すような態度をとったのだ。

 しかし律季の反応は、炎夏の予想とはまったく反したものだった。


「はいっ!! ありがとうございます、頑張りますっ!!」


 ――ガシッ。

 これ以上ないぐらいの歓喜を浮かべ、律季は炎夏の手を取った。

 律季からすれば大収穫だったのである。なにしろ炎夏は家のしきたりで、恋人どころかデートすら金輪際しないともっぱらの噂だったのだから。それをともかくデートの約束まではこぎつけたわけで、律季は炎夏と過去最も接近できた男と言ってよいだろう。


「――おーい、天道? 水鏡? いないのかー?」


「あっ、飯田先輩だ。ぼちぼち、他の部員も来る時間ですね。よーし、そうと決まったら、俺もさっそく練習しなきゃ! ありがとうございました先輩っ、失礼します!」


「ま、待って……! あ……」


「はーい飯田先輩! ここにいますよ! 皆さんご存じ水鏡律季ですっ!」


「お、おお? どうしたんだそのテンション? 変な物でも食ったのか?」


 いつも通り、明るく溌溂な態度に戻った律季が、スキップ同然の浮かれた足取りで体育館に戻っていく。炎夏の止める声も聞こえないようだった。空きっぱなしのドアの向こうで、律季がいきなり3ポイントシュートを決めるのが見えた。炎夏が近寄った直後はあれだけスランプだったというのに。律季から迷いが消えたのは間違いなかった。

 

「……勢いで、とんでもない約束しちゃったかも」 


 体育倉庫に一人残された炎夏は、朝練開始時刻に部員たちが集合するまで、赤面して立ち尽くしていた。

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