第19話 父を殺すかもしれない③

 殺すだけなら簡単に行える。だけど、それだけでは不十分だろう。すぐに殺人者として逮捕されてしまっては、行動が著しく制限される。下手をすれば、人生を棒に振ってしまうこともありうる。


 つくづく思う。衝動的な殺人は愚か者のすることだ。殺人を犯すのなら、完全犯罪でなければならない。父親を手にかけるのだから、事が発覚すれば大騒ぎになるだろうし、マスコミが大喜びで飛びついてくるだろう。面倒くさいことになるのは容易に想像がつく。


 当時、親殺しが新聞で大きく取り上がられていた。少し過去にさかのぼれば、金属バットで父親を殴り殺したり、包丁で刺したり、家に火をつけたりした少年がいた。どれも衝動的なおこないであり、計画性など微塵もなかったはずだ。


 殺人を犯す場合は、殺した後も考慮しなくてはならない。僕が容疑者と見なされて、警察から厳しく追及されるような状況は避けたい。だが、父が寝室で殺された時点で、疑いの目を向けられることは火を見るより明らかだろう。


 では、どうすればいいのか? 例えば、強盗の仕業に見せかければどうか? 悪くないと思う。ただ、強盗に襲われたと思わせる工作が必要になる。窓ガラスを破って侵入した痕跡、それらしき足跡などを残せばいいのだろうか?


 いや、もっと良い方法がある。犯行現場を家の中から外へと移すのだ。例えば、通り魔に襲われたと見せかければどうか? 父が出先で殺されたのなら、僕に向けられる疑いはぐっと下がるはずだ。


 死体が見つからなければ、さらにベターである。サスペンスドラマで学んだことだが、警察が本格的に乗り出すには、死体の存在が不可欠らしい。完全犯罪をおこなうには、死体を跡形もなく完璧に処理することがベストだ。死体がなければ、行方不明もしくは失踪と見なされることになり、殺人事件として捜査することはない。


 考えるだけなら、いくらでもできる。考えること、イメージすることは重要だ。シミュレーションを重ねて、殺人計画のレベルを高めていけば、いつかは完全犯罪を果たすことができるだろう。


 ただ、それは今ではない。冷静に考えて、そう思った。考えたことを実行に移して、うまくいくとは思えないからである。客観的にみて、思い通りになる確率、期待通りの結果になる確率は決して高くない。


 だから、父を殺すことは止めた。殺害計画を考えるだけに留めておいた。リスクの高い計画が実行に移すべきではない。せめて、八〇%の確率がなければ、まず間違いなく成功するという計画でなければ、実行には移せない。


 もう一つ、計画を練るだけで、すっきりしたという想いはある。だから、父殺しは先延ばしにした。




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