第18話 父を殺すかもしれない②
父が否定したのは、特撮ヒーローと怪獣だけはない。僕の大好きな漫画雑誌やコミックスも許してくれなかった。そんなものは役に立たないというのだ。世間ではサブカルチャーという言葉があるのに、日本の重要な文化であるとは認めなかった。
テレビ番組も厳しく制限された。テレビの見過ぎは目を悪くするという理由から、一日に一つの番組しか見せてもらえない。それでも特撮ヒーロー番組やアニメ番組を見ていると、父はあからさまに嫌な顔をしたものである。
おそらく、父は自分の価値観で、息子を縛りたかったのだろう。顔を合わせると説教をたれるという、不愉快な日常が続いた。父と一緒の時間と空間は苦痛でしかない。だから、中学生になった頃には、ほとんど父を避けるようになっていた。
リビングにあるテレビを観ることはあきらめて、自分の部屋で漫画を読みふける日々が続いた。中学・高校時代の僕を支えていたのは、まちがいなく漫画だったと断言できる。少年漫画だけでなく少女漫画や青年漫画まで目を通していた。
とりわけ大好きなのはTという漫画家だった。青年誌に読み切り作品を掲載したばかりの新人だったが、その魅力的な絵と抒情的なストーリーにすっかり魅せられてしまった。T先生は人生の先輩であり、憧れのクリエーターでもあった。だから、生まれて初めてファンレターを書いたのである。
T先生の読み切り作品が掲載される度に、僕はファンレターを送った。幸運にも、T先生に気に入ってもらえたらしい。毎回ご返事をいただいたし、僕が読みそびれていたデビュー作のコピーまで送っていただいた。
ここまで書いてきて思い出したことがある。こともあろうに、僕宛にとどいたT先生の封書を父が勝手に開封したのである。信じられない暴挙だった。菓子箱にためていた宝物を捨てられた時以上に腹が立ったし、父に殺意を抱いた瞬間でもあった。
思春期真っただ中の僕にとって、それは本気の殺意だった。例えば、深夜に台所に行き、包丁を手に取ってみた。父の心臓に突き立てることを考えてみた。漫画やテレビドラマなどではお馴染みのシーンだが、できるだけリアルにイメージしてみたのだ。
父の寝室に忍び込み、三歩歩いて、素早く掛け布団をはぐ。父の胸元に狙いをつけて、両手で握った包丁を勢いよく振り下ろす。父が暴れたり、返り血を浴びたりしないように、素早く後ずさる。(返り血対策として、レインコートを羽織ることも要検討である)
自分の部屋で実際に布団を敷いて、シミュレーションをおこなってみた。父の寝室に忍び込んでから、包丁を振り下ろすまで、ほんの数秒である。ゆっくり行っても五秒とかからない。「案ずるより産むがやすし」とは、こういうことを言うのだろう。
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