第17話 父を殺すかもしれない①


 人間には相性というものがある。二十人ほど集まれば、どうしても生理的な合わない奴が一人か二人は混じっている。精神的な安定を保つために、Kのような人間を無視することは良しとしたい。


 Kは、まだ他人だから構わない。だが、相性の悪い人物が肉親であり、一緒に暮らさねばならない場合、一体どうすればいいのだろう。顔を合わせるだけで、息苦しさを感じてしまう。思春期の男子なら猶更なおさらである。


 僕の場合、その相手というのは、父だった。


 父は癖のある人物だった。一応有名私大を卒業して国家公務員になっているのに、尊敬できる部分は少なかった。何かにつけて家族をバカにすることが多いし、口を開けば他人の悪口ばかりだった。


 社会人になってから、父のような人を何人か見かけた。他人の行為や発言を否定してばかり。そういった人は薄っぺらな印象が強い。おそらく、中身が空っぽなので、他人の意見を否定することでしか、アイデンティティを保てないのだろう。


 僕が父を嫌うようになったきっかけは、まったく覚えていない。小学生の頃は一緒に登山に出掛けていたし、普通の親子とかわらないスキンシップがあった。傍目はためには、おそらく普通の親子に映っていただろう。


 ただ、息子として断言できることが一つある。父は他人の気持ちを理解したり想像したりすることが苦手だった。一般人と比較して、そうした能力に著しく欠けていたように思う。


 例えば、マラソンのテレビ中継を見ていた時のことだ。選手の一人が体調を崩し、ふらつきながら懸命に走っていたのだ。やがて限界に達して、同じ場所をくるくると回る動きを見せた。その姿を見て、父は笑った。驚いたことに、せせら笑って、「バカな奴だ」と吐き捨てたのだ。


 親戚の多くは父の学歴や博士号をほめそやすのだが、そんなものより他人への気遣いや思いやりの方がはるかに大切だと思う。父は自分の主観や価値観が絶対であり、他人がそれを否定することは決して許さなかった。だから、僕や家族の主観や価値観は、最初からバカにしていた。


 とりわけ、くだらないテレビ番組やサブカルチャーなどは毛嫌いしていた。僕は特撮ヒーローや怪獣が大好きだったのだが、父は子供だましだと言って、まったく認めなかった。当然、僕の欲しかった玩具や本は買ってくれない。だから僕は、ボール紙で怪獣をつくり、新聞雑誌の写真を切り抜いて集めていた。


 父はそれすらも許さなかった。古い菓子箱に入れておいたそれらを全部すててしまったのだ。僕が大事にしていた宝物は、父には単なるゴミだったのだろう。信じがたいことに、それを教育の一環であり、親の務めだと考えていたようだ。


 あの時の恨みは今も忘れられない。けなげな子どもの宝物を一方的に葬ったのだ。父の考えは全く理解できないし、僕は一生ゆるさない。






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