第16話 Kを殺すかもしれない③


 断わっておくが、Kの後頭部を金属バットで殴ったわけではない。そんなことをしてしまったら、少年院に入れられるなどして、日常生活に制約を受けることになる。ただ、Kのクラスと草野球の試合をしただけである。


 Kは敵チームのピッチャーだった。球が速いわけでもコントロールがいいわけでもない。お世辞にも好投手とも言えなかった。もっとも味方のピッチャーも似たようなものなので、試合は乱打戦になった。


 大量点をとられては逆転し、ダメ押し点をとったのに再逆転を許してしまう。二点差をつけられて、残すは九回裏の攻撃を残すのみ。ツーアウトをとられた後でKが四球を連発し、二死満塁のチャンスを迎えた。


 そこで打席に入ったのは、僕だった。一打同点のチャンスだったが、草野球なのでプレッシャーや力みは全くない。Kの目は落ち着きがなく、ストライクをとるのが精一杯という有様である。そもそも僕はKから二本のヒットを打っている。


 最初から勝負はついていた。力のない初球をフルスイングで弾き返すと、打球はレフトの頭上を越えていった。三人の走者がホームベースを駆け抜ける。ゲームセットを告げる球審がいないので、僕もホームに還ってきた。


 ランニングホームランによるサヨナラ勝ちである。草野球とはいえ劇的な勝利なので、仲間たちが駆け寄ってきて、僕は手荒い祝福を浴びるはめになった。


 その時、Kがどんな表情をしていたか、まるで覚えていない。試合中、Kと一言も交わさず、無視しつづけていたせいだろう。形の上ではKに対する復讐を果たしたことになるが、その意味での爽快感はなかったように思う。


 僕の味わった爽快感は、あくまでもサヨナラ勝ちをおさめたことによるものだった。Kは敵チームのピッチャーにすぎず、それ以上の存在ではなかったのだ。


 Kと言葉を交わすことは二度となかったし、Kのことを思いだすことすらなかった。卒業して五年、十年が経過しても、それは変わらない。


 いや、正確には一度だけ、Kのことが脳裏によぎったことがある。きっかけはテレビニュースだった。新聞記事でも確認したのだが、どちらもKが保険金殺人をおこなったと報じていた。保険外交員だったKは、自分を受取人にして、多額の保険金をせしめようとしたのだ。


 そんなことをする人間には思えなかった、と定番の言い方があるが、僕の印象はそうではない。身勝手で自己中心的なKには似合いの犯罪である。


 Kに関する記憶がいくつか蘇ってきたが、そんなものを思い出すことすらエネルギーの無駄である。新聞記事の切り抜きを握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れた。


 もちろん、これまで通り、Kと関わり合いをもたないようにするためである。


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