第13話 真っ暗な河童②


 河童の伝承は全国各地に残っている。カワタロウ、ガワタロ、エンコウ、スイコ、ヒョウスベなど様々な名前で呼ばれていた。八〇以上の呼び名があったのだが、江戸時代に河童という呼び名にまとまったらしい。


 河童は水辺に通りかかった人や泳いでいる人を水中に引っ張り込み、溺れさせて尻子玉を抜く。生息地は川や沼が多いが、中には海に住むものもいる。


 河童と言えば、緑色のイメージが強いと思う。しかし、『遠野物語』の河童は赤いという記述が残っている。色の黒い河童もいた。正確には河童に似た川辺の妖怪なのだが、『和訓栞わくんのしおり』の川男かわおとこは色が黒かったらしい。


 黒い河童に襲われて溺れかけたなんて、誰も信じない。楽しい林間学校に水を差したくなかったので、このトラブルについては、自分の胸に収めておくことにした。


花火大会の後、急遽きゅうきょ、肝試しを行うことになった。海辺の真っ暗な雑木林を男女のカップルで歩き、途中で隠れている連中が驚かすという、お決まりの内容である。


 ただ、男女の人数があわず、一人の男子だけ、単独で行くことになる。嫌な予感が的中した。くじ引きによって、単独行は僕に決まったのだ。


 雑木林の一本道には街灯が一つもない。懐中電灯は手にしているが、それ以外には明かりがなく、懐中電灯の届かないところは完全に真っ暗闇である。


 順番がやってきて、僕は慎重に歩き始めた。嫌な予感はずっと続いていた。遊び半分で闇と戯れると、ロクなことが起こらない。あらかじめ何となくわかっていたのだ。


 それは突然おこった。足の下から地面が消失して、あっという間に天地が逆転していた。後でわかったのだが、地面のない地点に足を踏み出し、急斜面を転がり落ちてしまったのだ。


 蛇足だが、驚かし役の先生たちは暗闇に潜んで、彼らは彼らで闇の恐怖と戦っていた。ちなみに最も怖かったのは、僕の姿がいきなり消えてしまったことだったらしい。


 転がり落ちたのが草むらだったことが幸いして、大した怪我ではなさそうに思われた。ただ、しばらくすると、左足首が痛み始めた。


 どうやら、ひねってしまったらしい。歩けないことはなかったが、足が地面につくたびにズキンと激痛が走る。そのため、足首に湿布薬を貼って、林間学校の後半はおとなしくしていた。


 林間学校を終えて、病院で診察をしてもらうと、怪我は足首の捻挫だけでなかった。レントゲン写真を撮ったところ、左足の小指の付け根が折れていたのだ。全治二カ月。当分の間、松葉杖の世話になることになった。


 二度目のトラブルについて、誰にも言っていないことが一つある。実は、急斜面を転がり落ちる前に、僕は左足を引っ張られたのだ。その時、左足首に感じたのは、海の中で溺れそうになった時と同じ、ヌメヌメとした感触だった。


 真っ暗闇だったから、そいつの姿は見ていない。だから、河童かどうかはわからない。ただ、僕はそいつから逃れるために、海中で何度も蹴っている。強い恨みを買ったことは想像に難くない。


 おそらく、僕に仕返しをするために、暗闇に潜んで待ち構えていたのだろう。その証拠に、急斜面を転がり落ちた時、甲高い笑い声のようなものを耳にした。


 そいつは目論見通りに復讐を果たして、たぶん歓喜の雄たけびを上げたのだろう。

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