第12話 真っ黒な河童①


 あれは幽霊というより、妖怪に近かったのかもしれない。笑われるのを承知でいってしまうと、そいつは河童とよく似ていたからだ。


 河童というと、ユーモラスな見かけを連想すると思う。しかし、本来の河童は人間の生き肝を食らったり尻子玉しりこだまを抜いたりするという、とても陰惨で怖ろしい妖怪である。


 前置きが長くなった。中学二年の林間学校での出来事である。宿泊地は海沿いの大きな寺で、海水浴や花火大会などが予定に組まれていた。


 海水浴場は遠浅とおあさだと聞かされていたので、友人と一緒に沖に向かって泳いでみた。浜から離れると急に深くなり、水温が低くなったのもわかった。友人は気にせず、沖に向かっていくので、僕は戻るように声をかけた。


 何となく、不安になったからである。虫の知らせだったのかもしれない。そのうち、友人の姿が見えなくなった。海に潜ったのか? 海中で目を凝らしたのだが、どこにも友人は見当たらない。


 もしかしたら、溺れたのかもしれない。このまま捜し続けるか、浜に戻って助けを呼ぶか、僕は立ち泳ぎをしながら少し迷った。


 突然、左足にガクンと衝撃が来た。何者かに強い力で引っ張られたのだ。はずみで思い切り、海水を飲み込んでしまった。


 あわてて態勢を立て直そうとするが、なかなか果たせない。左足を引っ張る力が強いからだ。必死に水をかいて、海上に頭を出そうとするが、グイグイと引きずり込まれてしまう。


 空気が吸えない。めちゃくちゃ苦しい。このままでは溺れてしまう。何者かが左の足首を掴んでいるのは間違いない。そいつを思い切り右足で蹴りつけた。何度も繰り返し、蹴りつけた。


 ようやく足首を引っ張る力が失せて、海上に顔を出すことができた。咳き込みながら立ち泳ぎをしていると、どこからか友人の声がした。


「大丈夫か、何があったんや」

 声をかけてきたのは、姿が見えなくなっていた友人だった。

「今のは、お前がやったんか? 笑えん冗談やぞ」

 友人はキョトンとしていた。足を引っ張っていたのは、彼ではなかったからだ。


 実はく前から、何となくわかっていた。海中で一瞬だけ見たのだが、僕の左足首を掴んだ奴は、真っ黒な顔をしていたのだ。祖父母の家や心霊スポットで見たのと同じ奴だった。


 目鼻と口がなく、墨で塗りたくったように真っ黒な顔。いや、顔だけでない。そいつは手と腕も黒かった。

 太くて長い海藻がからみついたのではないのか? その可能性も吟味したが、やはりありえない。足首を握られた感触を生々しく覚えていたからだ。


 ヌメヌメとした生物の肌触りであり、まるで真っ黒な河童に掴まれたようだった。

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