第11話 地獄からの呼び声
男子中学生は総じてバカである。僕も例外ではない。
他人には言えないようなこと、罰当たりなことを随分したと思う。いたずらでは済まないようなことをして、担任の先生にはよく怒られたものだ。
極めつけのバカなことと言えば、一つしかない。きっかけになったのは、小さな新聞記事だった。書かれていたのは、暴力団のチンピラが壮絶なリンチの末に殺害された、という事件である。
当時の関西は暴力団同士の抗争が激しく、マスコミを大いに賑わせていた。チンピラの死体はガムテープでぐるぐる巻きにされ、無残にも、山間部の谷底へと投げ捨てられたらしい。警察が鋭意捜索中だった。
新聞記事には、死体を捨てた場所まで、御丁寧にも地図入りで紹介されていた。令和では考えられないが、当時は大らかな時代だったのだ。チンピラの死体が捨てられたのは同じ市内だし、自転車で充分に行ける場所だった。
仲間の誰かが、「おい、行ってみようぜ」と言い出した。バカぞろいの僕たちは、常識やモラルなどは関係ない。楽しそうなこと、面白そうなことを優先する。誰ひとり止めるものはいなかった。
スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』よろしく、僕たちは出発した。
季節は秋。サイクリングには最適な季節だ。山々はきれいに色づいていたが、僕たちに紅葉を
自転車をこいで登っていくのだが、体力のない者から次々と脱落していった。最後まで坂道を登っていたのは、持久力に長けた僕だけだった。仲間から先行しすぎたので、見晴らしのよい場所で自転車を停めて、後続の連中を待つことにした。
座り込んで休んでいると、どこからか「おーい」という声が聞こえた。ガードレールの向こう側から聞こえたので、後続の連中ではない。何となく、山の方から聞こえたような気がした。
何気なく山を眺めていると、紅く染まった斜面で何かが動いた。そいつは右へ左へと揺れながら、ゆっくりと動いている。どうやら風船みたいだが、赤や黄色ではなく、暗くて濁った色をしていた。
「おーい」
今度ははっきりとわかった。呼び声は風船の方から聞こえてきたのだ。僕は風船に目を凝らした。その正体に気づいて驚愕した。風船ではない。人間の生首だ。血まみれの生首が、宙に浮かんで漂っている。
「おーい」
もう一度、生首が僕に呼びかけてきた。こちらに向かって、ゆらゆらと近づいてくる。ゆっくりゆっくり迫ってくる。
「おーい」
僕はパニックを起こした。大慌てで自転車にまたがると、必死にペダルをこぎ始めた。車線を無視して猛スピードで坂道を下ったので、もし対向車があれば、間違いなく
「な、生首」身体の震えをおさえつつ、僕は懸命に訴えた。「生首が浮かんでいた。ゆらゆらと近づいてきたんだ」
生首の正体は、容易に想像がつく。殺された暴力団員の生首にちがいない。誰かに早く見つけてほしくて、僕に呼びかけてきたのだ。
だけど、仲間たちは笑うばかりで、誰ひとり信じてくれなかった。目撃現場に戻ってみたのだが、案の定、生首はどこにも見当たらない。
仲間たちから寄ってたかってバカにされ、僕はいたたまれなくなった。仕方なく僕も一緒に笑った。笑うしかない。笑わなければやっていられない。今では、同窓会の定番ネタだ。バカ話として、仲間の笑いをとっている。
あれから数十年が経っているが、暴力団員の死体が見つかったという話は聞かない。獣や虫たちに食べられてしまったのだろうか。それとも生首は今も、山間部をゆらゆらと漂っているのだろうか。
あれから、あの辺りには行っていない。秋になると紅葉がきれいな場所なのだが、近寄らないようにしている。
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