第6話 コインロッカーの前に潜むもの
小学生の時、同級生の友人と一緒に、映画を見に行ったことがある。
確か、人気の特撮映画だったと思う。テレビCMがかっこいいと評判になって、クラスの男の子はこぞって観に行ったものだ。
だけど、その日、僕の心を鷲掴みにしたのは、怪獣ではなかった。
映画館に行く途中、ターミナル駅の薄暗い構内で、不気味なものを見かけたのだ。コインロッカーが並んだ場所を通りかかると、真っ白な塊が僕の足元を横切ったのである。とてもすばやかったので、最初は猫だと思った。
しかし、そいつは猫ではなかった。犬でもない。コインロッカーの前で丸まっているそれは、毛むくじゃらな饅頭のようだった。手足や頭はない。大きさは洗面器ほどだろう。
僕が突然足を止めたので、横にいた友人が
「変な生き物がいるぞ。ほら、あそこ」と、そいつを指さしたが、
「はぁ!? くだらない冗談を言うな」と、怒らせただけだった。
どうやら、友人には見えないらしい。そいつを見るには、霊感というか、波長の相性のようなものが必要なのだろう。映画の開始時間が迫っていたので、その話はそれっきりになった。
映画を見終わって、ゲームセンターで遊び、ファストフードのハンバーガーを食べると、もう日の暮れる時間帯だった。僕は友人と別れて、単独行動をとることにした。もちろん、コインロッカーの前にいた不気味なものを確認するつもりだった。
幸か不幸か、そいつはまだ、そこにいた。通行人が行き交う通路のそばで、そいつは床にうずくまっていた。
やはり、毛むくじゃらの饅頭に似ていた。のたのたと這い回るところは頭と手足のない子猫のようだ。勇気を出して手の届く距離まで近づいたが、手で触れてみようとはしなかった。何となく、それだけはまずいように思ったからだ。
五分ほどすると、そいつの輪郭がぼやけてきて、ゆっくり消えていった。やはり、この世のものではなかったのだ。もしかしたら、コインロッカーと縁のある地縛霊のようなものなのかもしれない。
クラスメイトに一人、怖い話が好きな女の子がいた。仮に、S子としよう。彼女の家は代々、霊能や占い関係の仕事をしている。そのせいか、S子は僕以上に「見える人」だった。
僕の話を聞くと、思いのほか、S子は強い関心をもった。ぜひ案内しろ、とせがまれて、次の休日に一緒に行くことになった。
「ああ、いるいる。いっぱいいるね」と、S子は言った。僕には一匹しか見えないのだが、十匹ほど見えるらしい。
「間違いなく霊的なもの。動物霊の類かな。一匹だけ見えたということは、そいつは君に縁のあるのかもね」とも言われた。
でも、僕には心当たりがない。犬や猫などのペットは飼っていないし、どちらかというと昆虫の方が好きなタイプだ。そういえば、小学校ではクラスの生物係だったので、ウサギの世話当番をしたことがある。
ウサギの世話当番というのは、全校の生物係が交替で、ウサギ小屋の掃除と餌やりをおこなうというものだ。掃除をするときには一時的に、ウサギを段ボールの中に移さないといけなかった。確かに言われてみれば、コインロッカーの前にいるそいつは何となく、ウサギに似ているような気がした。
S子は帰り際に、ポツリといった。
「たぶん悪さはしないけど、あまり近寄らない方がいいと思うよ」
彼女は動物霊に近いと言ったが、人間だって動物の一種である。しかも、コインロッカーといえば、赤ん坊と縁のあるスポットだ。亡くなった赤ん坊をコインロッカーに入れる事件は昔から幾度も起こっている。
そう考えると、白い毛むくじゃらが血で赤く染まった気がした。S子から言われなくても、二度と近寄るつもりはなかった。
ちなみに、問題のコインロッカーは駅の改装に合わせて取り壊され、明るい場所に新しいものが作られた。
あの白いやつは、どこに行ってしまったのだろうか?
何となく、駅構内の暗がりに潜んでいるように思う。
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