第4話 滑り歩くもの


 僕は大阪の片隅で生まれた。


 幼児だった頃に不思議なことがあったらしい。子供部屋にいたはずなのに、いつのまにか姿を消していて、慌ててさがしまわると、いつのまにか元の部屋に戻っていたという。プチ神隠しのようなものだが、僕にはまったく覚えがない。


 小学生の頃には、少し霊感があった。初めて幽霊を見たのは、夏休みに祖父母の家に遊びに行った時だ。木造の古びた日本家屋であり、とりわけ二階は薄暗くて、いかにも幽霊が出そうな雰囲気だった。


 だから、そいつを見た時も、ああやっぱり、と思った。従兄弟いとこたちと一緒に寝ていたのだが、夜更けに僕が目を覚ますと、奇妙な奴が部屋をのぞき込んでいたのだ。


 立ち姿がほっそりとしていたので、最初は叔母さんだと思ったのだが、全体的に輪郭があいまいである。よく見ると、人間の身体を無理やり上下に引き伸ばしたように、異常に身体が細かった。


 四肢は針金のようだった。幽霊には脚がないというが、脚らしきものはあった。ただ、普通の歩き方ではなく、膝を曲げたまま滑るように移動する。まるでスケートのような歩き方だった。僕は横になったまま、そいつをじっと見ていたから、よく覚えている。


 僕の視線に気づいたのか、そいつは部屋の中に入ってきた。こちらへと、ゆっくり近寄ってくる。上半身を深く折り曲げて、間近に顔を寄せてきた。背筋が凍りついたが、恐怖で悲鳴も上げられない。


 それは、真っ黒な顔だった。目鼻と口がなく、墨で塗りたくったように真っ黒だった。その表面に、三日月形の皺が刻まれる。笑っているのだと気づいた瞬間、僕は気を失った。


 目を覚ますと朝だった。祖父母にも従兄弟たちにも、幽霊を見た話はしなかった。なぜか、そうしてはいけないように幼心に思ったからだ。


 祖父母の家は昭和初期に建てられたもので、かつては防空壕があったと聞いている。戦時中には、近所で大勢の人間が亡くなったし、幽霊の正体はそれらの誰かだったのかもしれない。


 もう一つ、可能性がある。僕の曽祖父そうそふにあたる人は、戦時中は陸軍兵士だったのだ。十数人の兵士が戦車と一緒のモノクロの記念写真を見せてもらった覚えがある。祖父母の家は元々、曽祖父が建てて暮らしていたものだった。


 、と知った時はショックだった。もしかすると、僕の見た幽霊は、曽祖父に殺された人間だったのかもしれない。






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