第3話 なぜ、殺してはいけないのか①


 Aくんは同級生の中では小柄だが、大人びたところのある男の子だった。成績がよく、スポーツも万能。走るのがクラスで最も速かった。


 それに対し、僕の成績は中の上。水泳は得意だが、跳び箱は苦手。図画工作と野球が好きだという、どこにでもいる平凡な子供だった。


 親友というわけではなかったが、Aくんとは家が近かったので、時々、一緒に遊ぶことがあった。自転車に乗って、遠くに出かけることが多かったと思う。


 ただ、Aくんには怖い一面があった。よく覚えているのだが、Aくんは父親が警察官だと言っていた。こっそり拳銃を持ち出して、僕に銃口を向けたのだ。

「もし撃ったら、簡単に殺せるんだぜ」そう言って、薄笑いを浮かべた。


 その時、僕は本気でAくんに殺されると思ったし、ガクガクと脚が震えたことを覚えている。冷静に考えてみれば、本物の拳銃であるはずがない。リアルな造りのモデルガンだったにちがいない。


 Aくんは慢性的な嘘吐きだった。父親が警察官だというのも疑わしい。自己中心的な考えで動くタイプでもある。カブトムシを独り占めにしたのも、実話怪談で書いた通りだ。


 ただ、殺されるかもしれないとは思ったが、反抗心を起こして、Aくんを殺してやりたいとは思わなかった。


 僕は腕力が強い方ではなく、引っ込み思案の子供だったせいもある。ただ、怒りっぽい一面もあった。どうしても許せない相手とは、殴り合いをしたことがある。


 年下のOくんは小太りの体型で、僕よりも大柄だった。そのせいか、小馬鹿にしたような態度をとるので、僕は腹立たしくてならなかった。


「この野郎、殺してやる」

 そう叫んで殴りかかったのだ。あの時、Oくんに対する殺意があったのだろうか? 考えるまでもない。殺すつもりなどなかった。怒りのあまり、つい言ってしまっただけである。


 もちろん、人を殺してはいけない。

 なぜ、殺してはいけないのだろう?


 端的に言えば、法律で決まっているからだ。刑法の第一九九条に殺人罪があるからである。もっとも、殺人罪に問われるのは警察に逮捕されて、裁判を受けることが前提になっている。

 意地の悪い見方をすれば、こんな疑問が浮かんでくる。


 もし、正当防衛なら罰せられないだろう。

 もし、警察に捕まらなければどうだろう。

 もし、殺人が発覚しなければどうだろう。

 もし、誰にも知られなければどうだろう。

 もし、完全犯罪を達成すればどうだろう。

 

 さらに、こんなことも考えてしまう。

 テレビドラマや映画、コミックの中ならば、ある種類の主人公は殺したい放題である。殺し屋やスパイ、エージェントなどが、当たり前のように殺しまくっている。


 現実とフィクションの区別がつかないバカが、悪影響を受けても仕方ない一面もある。まぎれもなく犯罪なので、決して許されることではないが。


 告白すると、僕の身内には、殺人を犯した人が一人いる。僕とは三親等の間柄であり、その人の家には足しげく通っていた。目を閉じれば、今でも顔を思い浮かべることができる。


 そういえば、その人の家を舞台にした実話怪談を書いたことがあった。

 タイトルは『滑り歩くもの』だった。

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