小学生の殺意

第2話 人喰いカブトムシ


 僕は子供の頃、虫捕りが大好きだった。近所の裏山が虫の宝庫だったのだ。


 小学五年生の夏休み、友達のAくんとカブトムシを捕りにいく約束をした。目星をつけた樹木に蜂蜜をぬっておき、翌日の夜明け前にカブトムシを一網打尽にする計画だった。


 僕たちはカブトムシが大好きだった。クワガタも好きだが、数が少ないし、見つけても小型のものがほとんど。それに引き換え、カブトムシは大きいものが見つかったし、強くてカッコいいと思っていた。


 あくる朝、僕は薄暗いうちに家を出て、裏山の入口に向かった。Aくんと待ち合わせの時間は五時だった。しかし、十分たっても十五分たっても、Aくんは来ない。


 朝寝坊でもしたのだろう。僕は仕方なく、一人で蜂蜜をぬった場所を確認しに行った。そこにAくんがいた。カブトムシをギューギュー詰めにした虫かごを掲げて、満面の笑みを浮かべている。


 二人の共同作戦のはずなのに、Aくんは独り占めにしたのである。僕が文句を言うと、しぶしぶ一匹をくれた。一番小さなカブトムシをたった一匹だけ。


 Aくんの裏切りは、僕たちの友情にひびを入れた。二人で昆虫標本をつくり、共同の自由研究にする約束だったが、そんな計画はやめてしまった。一緒にプールに行くことも、遊ぶこともやめてしまった。


 夏休みの半ば頃、Aくんの噂を聞いた。毎日カブトムシを捕まえては昆虫採集セットの毒液を注射して、すでに十箱以上の昆虫標本を作ったらしい。僕は見たくてたまらなかったが、やせがまんをした。子供ながらにプライドがあったからだ。


 夏休みが終わりに近づいて、ためこんだ宿題に取り組んでいた時、Aくんの母親から電話があった。Aくんが早朝に出かけたまま、昼になっても帰らない、そっちに行っていないか、という。


 もちろん、Aくんは来ていない。そもそも一ヵ月以上も会っていない。


 たぶん、またカブトムシ捕りに夢中になっているのだろう。僕は気になって、宿題が手につかなくなった。やはり、Aくんの昆虫標本を見たかったし、夏休みのうちに仲直りをしたかったからだ。


 Aくんのいそうな場所といえば、思い当たるのは一つしかない。僕は走って、裏山に向かった。前に樹木に蜂蜜をぬった場所に、男の子がいた。


 正確にいえば、男の子が一人、あおむけに倒れていた。


 Tシャツと半ズボンに見覚えがある。確かに、Aくんらしい。らしい、というのは、身体中にカブトムシがたかって、顔が見えないからだ。


 僕は勇気をふりしぼって、顔にとりついたカブトムシをむしりとっていった。Aくんかどうか確かめるためだったが、不気味な者を目のあたりにした。


 顔が穴だらけだったのだ。

 僕は大きな悲鳴を上げた。


 カブトムシはムシャムシャと人の血肉を咀嚼そしゃくしていたのだ。

 それは大勢の仲間を殺されたカブトムシの怨念だったのか。


 僕は逃げた。決してAくんを見捨てたわけではない。近くにいる大人に助けを求め、一緒に戻ってこようと思ったのだ。


 大人たちを引き連れて戻ってきたのは、三〇分ぐらい経ってからだった。


 でも、その時には、Aくんはどこにも見当たらず、カブトムシも一匹残らず、姿を消していた。


 僕が嘘を吐いたみたいではないか。そもそも、カブトムシが人間を食べるなんて、常識的にありえない。いくら説明しても、信じてもらえないだろう。


 だから、僕は口をつぐむことにした。

 二学期が始まっても、六年生になっても、Aくんは行方不明のままだった。


 父の仕事の都合で僕の家が引っ越しをしたのは、一学期の終りごろである。新しい土地での生活が始まり、Aくんのことは少しずつ忘れていった。


 あれから数十年が経ち、久しぶりに立ち寄ってみたが、昆虫の宝庫だった裏山は地域開発できれいさっぱりなくなっていた。思い出というものは、こうして消え去っていくのだろう。


 ただ、あの穴だらけの顔のむごたらしさは、しっかりと目に焼き付いている。夏になる度に思い出してしまう。だから、死ぬまで忘れられそうにない。


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