妖怪
「ただいまー」
「空、おかえり。空の好きなハンバーグ出来ているからね」
雪女の妖怪の姿をした母が僕を出迎える。
「うん。あとで食べる。……あ、母さん。今日の夜、ちょっとやることあるから僕の部屋に入らないでね、絶対!」
「え?えぇ、分かったわ」
****
夜になり、早速、太一から渡された薬で妖怪化になることを試みることにした。
何でもその薬は夜にしか効能がないようなのだ。
妖怪雫と呼ばれる薬は、見た目はそこら辺でも売ってそうなシロップ薬。
少し違うところがあるとすれば、びっくりするほど透き通った透明なところくらい。
これが妖怪になれる代物だとは到底思えない。
でもあの彼から渡されたものだし、信じても良いよね……?
僕は勢いよく薬を飲み干した。
ゴックン
薬はかなり甘ったるさがあり、気持ち悪さと吐き気が同時に来た。
(うわ……なにこれ、気持ち悪ッ)
僕はそのまま意識を失った。
────
目を覚ますと、先程まで家だった景色が嫌という程通っている僕の学校、自分の教室にいた。
「え?あれ?さっきまで自分の家で太一から渡されたあの薬飲んで──」
そう言いながら頭を触る。
「ん?」
頭にはなにか違和感。モフモフしたなにか。
僕は鏡を求め、咄嗟にトイレに走った。
そして自分自身の姿に驚愕した。
「えっ、これって──」
「うん、狐だねぇ」
僕以外の声が後ろからした。
鏡には、僕以外の誰かが写っていた。
「は!?へ!?なななな何ですか!?誰ですか!?」
ビビりな僕は飛び跳ね、腰を抜かしてしまう。
「はははは、面白い反応!」
目の前には、シルクハットをかぶった黒スーツの髪の長い女の人?がいた。
「君が空くん?」
「えぇ、まぁ、はい」
「初めまして。この世界の使者、チャーリーです」
「は、初めまして。……あ、あのつかぬ事をお伺いしますが、貴方は女の方ですか?」
僕がそんな質問をしたら、一瞬時が止まったかのような少しの沈黙が流れる。
なんか、まずいこといったかなと思った直後、沈黙から高笑いな環境へと変わった。
「あははははは、変なこと聞くから思わず固まっちゃったよ」
「……はぁ」
「私は女?ノンノン。かといって男?ノンノン。私は、オカマなのでーす☆」
「………」
またしても沈黙が流れた。
「あれ?もしかして引いた?」
「いや、別に」
「じゃあ、なんでそんなに卑屈な目で見てるのぉ~」
「元からそういう目なんで」
──そんな茶番劇はさておき、チャーリーさんはゴホンと咳払いをしながら、この世界について説明してくれた。
この世界は、現実世界となんら変わらない世界。
つまり、パラレルワールド的な世界。
ただ、人間はだれ一人と存在しない、完全な妖怪だけの世界である。
但し、使者の格好は人間仕様である。
この世界では何をしたっていいが、たった一つのルールがある。
それは──
『妖怪としての成果を挙げること』
ただそれだけ。
分からないことがあればチャーリーさんに聞く、ということだ。
「どう?楽しそうでしょ?」
「ん、今の時点では何とも…」
「もぉー楽しそうにしてよぉー」
そう言いながら、僕の背中をバシバシ叩く。
オカマと言いながらも、力はそこら辺の男性以上の力で少々痛かった。
「でも"成果を挙げること"って具体的に何すれば良いの?」
「んー口で説明するにはちょっとあれなんだよねぇ……あ、ちょうど今やってるからそれで説明するね。あっち、見て」
「?」
指を差した方向を見ると驚きの光景を目の当たりにする。
それは妖怪同士、傷付け合っているのだ。
「え?ちょ、チャーリーさんこれどういうことですか?」
「見たまんまだけど」
「妖怪同士はどんなことがあっても争わない、攻撃しない。というのがルールであって──」
「それはあっちの世界の話でしょ?」
「は?」
「こっちの世界では、争うことが妖怪として成果を挙げることの第一歩ってことなの。つまり、争うことが許される世界ってこと☆」
「いやいや、おかしいでしょ」
「おかしいのはそっち」
「は?」
「十七歳を迎えても尚、妖怪になれない低レベルな人間を使者である私達とこの世界が手助けしてあげてるんだからぁ~感謝してほしいわぁ~」
「それはッ──」
ぐうの音も出なかった。確かに年齢を迎えても妖怪になれない、誰にも必要とされない人間であったことには間違いないのだから。
「……でも。もし、成果を挙げることをしなかったら……?」
正直妖怪同士、元は人間同士で必要のない争いをしたくなかった。
どんな理由があれ、こんなの間違っている。
「ん~、嫌々でもみんなやっていることだから前例がないけど、恐らく【死】は免れないだろうね。きっと」
「なにそれ。そんなんで死んじゃうの?は?おかしいんだけど」
「空くん、何言っているの~。自分から望んでここに来たんじゃな~い。そんなこと言うなんて本末転倒よ」
「自分から望んで……?」
彼からの発言で僕はハッと思い出す。
そうだ……。ここに来たのは、太一から渡された妖怪雫という薬を飲んだから。太一から渡されたから、太一の願いを聞いただけであって自分が望んだわけではない。
「それは違う。望んでなんかない。太一っていう僕の親友からあの良く分からない妖怪雫っていう渡されて飲んだだけ」
「あっ。そうなのね~……ちなみにその子、薬渡す時、何か言ってた?」
「えっ?妖怪になりたいって言ってた僕に好意で渡してくれて、二度と人間に戻れなくなってしまう可能性がある、くらいしか言ってなかったけど……」
そんな僕の発言に彼はあちゃ~と言わんばかりのリアクションを取る。
「そっかぁ、空くん。君はどうやらその子にまんまとはめられたよ」
「は?」
「いや、はめられたというより、何も知らないからこその行動だったのかな多分。太一って子は確か、研究員の中でも下っ端中の下っ端って情報だし」
「ちょ、ちょ、情報追い付かない。どういうこと?」
「つまりぃ~簡易的に言うと、空くんはこの世界から出れないってこと~☆」
「は?え?」
僕は何度も頭をフル回転しても彼の言葉に理解が出来なかった。
「空くんが飲んだあの薬はね。妖怪になれない人間たちをこの空間に集め、この空間の効力によって妖怪になった人間たちを争い続け、そのトップに君臨するまでず~っとこの世界に留まらないといけないの!あ、トップになったら元の世界に戻れるから安心してね☆」
「え?は?じゃあ、現実世界で僕がいなくなったって大騒ぎになるんじゃ──」
「そこはノープロブレム。現実世界の研究者によって空くんたちの身代わりを既に用意していて、いつもと変わらない生活を送ってくれるから心配いらないよ」
彼の言葉を聞いた僕は愕然とした。
「ちょっとちょっと、落ち込んでいる暇はないよ~」
「……」
「確かに太一って子は純粋無垢だったからこその行動だったかもしれないけど、何かの縁だしここで頑張ろ☆それにこの世界のご飯豪華なんだよぉ~」
「……」
「……元の世界に、戻りたいんじゃないの?」
「……──たい」
「え?」
「戻りたいッ」
そう言いながら僕の頬には涙が伝っていた。
これが哀しい気持ちの涙なのか、憤怒の涙なのかは良く分からなかった。
ただ。
周囲と同じように。家族と同じように。親友と同じように。
ただ、妖怪になりたかっただけなのに。という気持ちを露にしながら僕は「平和」という言葉を忘れ、目の前をひたすら歩いて行った。
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