薬
「空!今日の宿題、やったか?」
「いんや、やってない」
「今日、空があの鬼教師に当たる日だよ?」
「あとで
「うわ!それ、真にまた言われるぞ~」
そんな男同士の会話に一人の女の子がにゅっと現れる。
「何のことかな?空、太一?」
「「げ」」
「二人揃って『げ』とは何だ」
彼らは僕の友人だ。
太一は小さい頃からの親友であり、一足先に妖怪になった。
見た目は河童。
妖怪の中でもっとも有名な妖怪だが、太一そのものって感じで憎めない。
人間の時も妖怪の時も見た目は違っても太一は太一だ。
何も変わらない。
真は幼馴染。
女子のくせにして力が強い。だから、真を怒らせるようなことは極力しない。
彼女はまだ十七歳を迎えていないので、まだ人間の姿だ。
髪はポニーテールで勝気の女の子って感じで、僕は嫌いではないし、特別好きでも……ない。
彼女は頭がいいから課題などのことは大抵、頼りにしている。
いつもは「しょうがないな~」なんて言いながら僕の味方をしてくれる。
今回は果たして……?
「で、空はまた私に何を頼むつもり?」
「いや…あはは、今日の宿題、ちょろっと見せてもらおうかなって…」
「ダメ!宿題くらい自分でやりなさい!」
彼女はそう言いながら、自分の席に戻っていった。
「ほら、言わんこっちゃない」
今回も大丈夫だと信じていたのに裏切られた気分だった。
もしてかして、生理?だからイライラしてる?
そんなことは彼女の前では口出せない。
殴られる。いや殴られるだけじゃないな、殺されてしまうかも。
「…そう言う、太一はやったの?」
「もちろん!」
自慢気にノートを見せてくる。
しかし、そのノートの字を見て確信する。
「それ、ねこ娘の彼女の字だね。太一も結局自分でやってないじゃん」
「ねこ娘って呼ぶな!
「へいへい」
そんないつもと変わらない僕らの日常。
そんな日常が太一のあるひとことで変わった。
*
昼休みの屋上にて。
太一は彼女に作ってもらったお弁当を。
僕は自作のお弁当を広げながら、お昼を堪能していた。
そんな時、太一が突拍子もなく、語り出す。
「そういえばさ、俺。とある研究チームの一員として極秘で動いているって空に言ってたじゃん?」
「ああ、うん。でも学校で平気で言っている時点で極秘ではないけどな」
彼は学生ながら、今の世界をより良くする研究チームに属している、らしい。
しかし、彼はとりわけ優秀ってほどではない。
むしろ、優秀なのは真の方。
どうして彼がそこに属しているのか不思議だ。
「そこでさ、まだ試作段階ではあるんだけど、妖怪になれる薬ができたんだよ」
「薬?」
「”
彼はその薬を”じゃーん”という効果音が聞こえるかのように、自慢げに見せる。
──というか、極秘なのに、一般人の僕に見せていいのかよというお決まりのツッコミを言いたかったが、キラキラした彼の顔を見て、言えなかった。
「で、その薬がどうかしたの?」
「実は、空に使ってもらいたいなって思って」
「え?僕に?」
「だって、前々から妖怪になりたいって言ってたじゃん」
「まぁ、そうだけど…」
「別に嫌なら大丈夫!空が喜ぶかなって勝手に思っただけで…」
そう言う彼の顔をどこか落ち込んだような、悲しそうな顔を浮かべる。
その顔を見た僕は、居ても立っても居られず、まるでお人好しかのように「使う」なんて安請け合いしてしまった。
僕は彼のそういう顔に弱い。
「ほんと!?」
「うん、いつかは妖怪になれるだろうけどせっかくなら早い段階で予行練習するのも悪くないかなって」
「さっすが空」
そう言いながら、僕に抱き着く。
キラキラした笑顔を取り戻してくれてホッと安心したのも束の間、すぐさま、彼の顔が真剣な顔つきになった。
「これを使えば妖怪にもなれるし、人間にも戻れる。だけど、注意事項として、妖怪になってしまったら二度と人間に戻れなくなってしまう可能性もある。それでも大丈夫?」
「へ?大丈夫だけど」
「まだ実験的な部分だから確証的なことは言えないけど、本当に本当に大丈夫なんだよね?」
彼の押しが強く、一瞬たじろいでしまいそうになったが、自分の意思をきちんと伝えた。
「うん、大丈夫だって。どうせ僕もその内、完全妖怪化になるんだしさ」
「そっか、なら良かった」
この時は、この言葉がいかに重要だったかなんて知る由もなかった。
もう少し、彼の言葉に対し、深入りする必要があったのかもしれない。
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