第9話
「次は西口側に向かうぞ。」
店を出ると俺たちは歩いて次の目的地を目指して歩いた。
今度は某有名ハンバーガーチェーン店で、お昼時だということもあり少し混雑していた。
幸運にも窓側のカウンター席は2席空いており、俺たちはそこに座った。
「みんな足出してるけど、寒くないのかな?」
地上を見下ろしながら静羽はそんなことを言った。
どうやらミニスカートをはいている女性たちを見ているようだ。
「俺より静羽の方が詳しいんじゃないか?」
もちろんスカートなど履いたことのない俺に言われてもわかるわけがないのだ。
確かに気温が低くなってきたこの季節に足を出しているのは寒いだろうなと思う。
「うーん。私はあんまりスカート履かないからさ。だって寒いじゃん。」
いわれてみると、彼女はあまりスカートを履いていない。
部活の朝練があったとか体育授業があるとかで、校内では学校のジャージを着ていることが多い。
「制服のスカートの下にジャージのズボンを履く子とかいるじゃん…。」
俺はいつも静羽の周りにいる女子を思い浮かべる。
「あれ、何がしたいのかわかんないよね。」
寒いならジャージにすればいいのに、と呟きハンバーガーを食べ始めた。
意外とストレートなことをいうものだ。
「ふっ。おまえらしいな。確かにニーハイとかにしといた方が見た目はいいもんな。」
男の俺でも暑い寒いなんて考えてしまってはおしまいだろうとは思うが、確かに静羽の言いたいことも理解できる。
「ニーハイ?」
彼女はパチパチとまばたきをしてこちらをみてきた。
「…?長い靴下のことだよ。」
「ああ。あれか。ニーハイって言うんだ。何で知ってるの?」
静羽はまたのんびりとハンバーガーを食べる。
「姉ちゃんが履いてたから。」
「へー!お姉ちゃんいるんだ。」
静羽は俺の姉の存在に驚いていたが、俺はニーハイを知らないJKがいることに驚いた。
というかクラスの一軍女子がニーハイを知らない世界線ってたぶんここだけだよな…。
「じゃあ、ニーハイを履いてるってことは駿のお姉ちゃんはスカートの下にジャージを履かないタイプだね。」
「そうだろうな。」
静羽はニーハイか、と嬉しそうに呟きながらポテトをつまんでいる。
「ニード・ハイってことだよね。長いのが必要だから。」
「…。いや。ニーよりハイだからニーハイだろう。」
というか、英語でニーハイは膝下までを意味するとか聞いたこともあるぞ。
「そういうことか!すごいな和製英語!」
彼女はまた嬉しそうな表情を見せる。
ふとした時に、こいつはやっぱり馬鹿なのかと思ってしまう。
その姿が面白くて俺は思わず笑った。
「ニーハイ知らない女子高生なんて片手の指ほどもいないと思うぞ。」
俺がそう言うと彼女はきょとんとした顔をした。
「31人ってこと?1クラスぐらい作れるじゃん。」
「31…?って、五本の指で普通5人だろう!何で2進数で数えてるんだよ!」
2進数とはすべての数を0と1で表す考え方だ。指で2進数を数えるやり方も存在するわけで、右手の指を全て使うと11111という扱いになり31を表す。
「ふふっ。駿ならこのネタ通じると思った。」
俺が超インテリジョークを理解したことに、彼女は満面の笑みを浮かべている。
いや。かわいい。かわいいのだが、2進数の会話で幸せそうな表情を見せる女子高生ってたぶん
「俺以外の男の前で2進数なんて使うなよ。」
変な奴だと思われるから。以外にも理由はあるが。
姉ちゃんが読んでた少女漫画によくある台詞だ。「俺以外の男の前でそんな表情見せるなよ」って。
俺はこの構文に2進数という単語を用いた初の人間だ。
_____________________
「今日はありがとね。楽しかったよ。」
「おう。」
ひたすらに人を眺めて、会話をして。それだけだったのに時間はあっという間に過ぎ、気がつけば日が沈み始めていた。
私たちは別の方向の電車に乗るため、駅でお別れだ。
手を振って私の乗る電車のホームへ向かおうとした時のことだった。私の右腕は駿に掴まれていた。
「…?」
私は駿の顔を見つめる。
一緒に話している時にはよく合っていた目が今は合わない。
私を引き止めなくてはいけない理由があるのか?
「…。また、一緒に遊んでくれるか?」
駿は顔を赤らめながらそんなことを言った。
なんだ。それが聞きたかったのか。こいつは真剣にデートをしていたわけだ。
「駿が言ったじゃない。今日は1パターン目だって。次は、本当のデートなんでしょう?」
楽しみにしてるから、と呟くと駿はようやく目を合わせてくれた。
「今日はありがとな…。」
駿はそう言うと、ようやく私をつかんでいた腕を話した。
まるで、帰りたくないと駄々をこねる子供みたいじゃないか。
かわいいなと思ったのは口にしないでおいた。
今度こそ手を振り、ホームへ繋がる階段を登ると、私の左手は自然と駿に掴まれた右腕に触れていた。
力強く、でも優しく触れられた手の感触は初めてのものだった。
握力どれくらいなんだろう?
どうでもよい疑問が浮かんでしまう自分に嫌気がさした。
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