第8話

 「ちょっと前から、運動部の中学生が増えたな。」

 駿がそんなことを言ったのは、私の飲み物が底をつく少し前だった。

 確かに、数分前から赤青緑と色とりどりのチームTシャツを着ている学生が目立つ。


「みんなボールケース持ってるね。」

 それらの学生のほとんどがボールを持っていて、相対的に見て上背がある人が多い。

「これは二択だな。」

そう言った駿と目が合った。

「せーのでいきましょうか!」

私がそう言うと駿は頷く。

「せーの」

「バスケ!」「バレー」

 おお。意見がわれた。

 駿はバレーで私はバスケだ。

「いや。これはバレーだと思ったんだけどな…。」

「なんか決定的根拠はある?」

「ない。そっちは?」

「うーん。決定的ではないけど説明はできるよ。ボールケース以外にみんなシューズも持ち歩いていたでしょう?」

「シューズケースもまあまあ大きかったな…。あ、そういうことか!」

「バレー用のシューズよりバスケのシューズの方が、がっしりしてると思うんだよね。」

「なるほどな。というか、おまえは探偵か?」

 駿はそう言って笑った。


「駿は中学時代は何部だったの?」

私は好奇心で聞いてみる。

「テニス部だよ。」

ああ。確かにテニス部の雰囲気あるなと思う。

「ちなみに静羽は?」

 

 ああ、これはやってしまったと思った。自分から駿に話題をふったが、過去の話を掘り下げられるのは都合が悪い。

「陸上部だよ。」

「えっ!陸上か。運動部だろうとは思ったけど、陸上は意外だな。」

私は、話題が移らないように話を続けた。

「ルールが簡単な競技がいいじゃん。その点では陸上って素晴らしいんだよ。」

「ルールが簡単って。おまえ種目何やってたんだ?」

「…。短距離だけど。」

「それ、もはやルールないだろう。」

 駿はそう言ってクスクスと笑った。

確かに、短距離走はルールもくそもないけど。

 

 不意に駿の方を見ると、目が合ってしまった。

 次にくる質問は「中学校ではどっちの静羽だったんだ?」だろう。

 もうこれは、私から過去には触れないようにお願いした方が…。

 

 「中学生の頃に戻りたいと思うか?」

ああ、やっぱり。

「いや。過去に戻りたいとは思わないよ…。」

「だよな。中学校は本当に微妙だった。勉強も部活も、全部所詮は義務教育やってますって感じで。」

 駿は、まあ行事は楽しかったけどなと付け加えて遠くを見ていた。

 

 その後、駿は少し考えるような素振りを見せてからこう言った。

「そろそろ、次の観察場にでも移動するか。」

「そうだね。」

やっぱりこいつは頭が良い。

_____________________


「駿は中学時代は何部だったの?」

 静羽の方から過去の話題を振ってくるのは意外だった。こいつの秘密に興味がないと言ったら嘘になるが、深く知りすぎるのもよくない気がしていた。


 彼女が本気を出せば「オール5」といった成績にも手が届くはずだ。それでも成績を犠牲にしてまで馬鹿を演じているのだから、それなりの理由があるはずだ。

 知らぬが仏ということわざがあるように、知らない方が互いにとって都合が良いこともある。

 「テニス部だよ。」

 俺の答えに、「あー。なるほど。」と呟く静羽からはどことなくいつもの馬鹿っぽい雰囲気が感じられた。

 なんとも思ってないのか…?気を使いすぎていたのかと思い俺は彼女に尋ねてみる。

「ちなみに静羽は?」

 その瞬間、ほんの少しだが彼女の表情が変わった。

「陸上部だよ。」

 元気そうに答えたが、一瞬の表情の隙は見逃さなかった。

「ルールが簡単な競技がいいじゃん。」

 彼女は明るい声で続ける。先程、人間観察をしていたときは落ち着いた声だったのに、今は人が変わったような元気な声だ。

 

それから続いた会話でも、彼女は高い声のトーンを維持し続けた。

 馬鹿を演じるのは彼女の防衛本能なのかもしれない。


 「過去に何があったんだ?」

 それを知りたいと思うのは、おそらく正常な思考回路だろう。

 ただ、これを尋ねてしまうと確実に彼女を困らせる。

 あれこれ考えながら静羽を眺めていると目が合ってしまった。

 俺は言葉を選んで、慎重に尋ねる。

「中学生の頃に戻りたいと思うか?」

「いや。過去に戻りたいとは思わないよ…。」

 静羽はどこかのアニメの主人公のような明るい雰囲気で答えた。

 その彼女の姿がなぜか俺の胸を締め付ける。

 「だよな。所詮は義務教育やってますって感じだ。」

 そんなことを答えたが、内心どうでもよかった。

「そろそろ、次の観察場に移動するか。」

 静羽の方を見ると彼女はこくんと頷き「そうだね。」と呟いた。

 

 無理をして浮かべる彼女の笑顔が俺の頭に残り続けた。



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