第7話

 土曜日


 待ち合わせは桜ヶ丘駅だった。


「お待たせ。」


 改札の前で腕時計を眺めている駿に声をかけた。


 「おう。…。似合ってるな。」


 駿は照れながらそう言った。


 似合っているといっても、ただの黒い長ズボンに白いTシャツ、赤チェックのカーディガンだ。


 いわゆる普段着というやつで、逆にこの無難な組み合わせが似合わないといわれるなら、似合う服なんてないぞ?と思う。


 駿も灰色のズボンに黒いパーカーで、どこにでもいそうな少年に仕上がっていた。


「どこに行くの?」


 私が尋ねてみると駿はにこっと笑った。


「2パターン考えてある。」


「じゃあ今日がそのうちの一つ目ね。」


 私の言葉に駿は顔を赤く染めて動揺する。


「…。おまえな。あっさり次のデートの約束しやがって。」


「ごめん。もしかして嫌だった?」


「嫌なわけないだろう。嬉しいよ。」


 駿の一喜一憂する姿を見て、なんだか微笑ましい気分になった。


 学校での駿は、何でもそつなくこなす優等生だ。勉強はできるし、運動神経も良いし、実は女子の間で人気があるのも知ってる。

 ただ、頭が良すぎるせいかどこか気難しい性格だと思われがちなせいか、近寄りがたい存在ではあった。


 「それで、パターンってどんなのがあるの?」


 私は駿の顔を見る。


「えっと…。いわゆる王道ってやつと、ってやつ。どっちがいいか?」 


 なるほど。デートらしくないデートか。こいつは賢い。あえてデートらしくないと定義しておくことで、ハードルを下げておくのか。 

 これは今後使えそうなテクニックだ。先に否定的な定義を打ち出してハードルを下げる。覚えた。


 「じゃあ、デートらしくない方がいい。そっちの方が楽しそう。」 


 デートらしくないということは、釣りにでも行くのか?スカートではなくズボンにしてよかったなと思いつつ「何するの?」と尋ねてみる。 


 「人間観察だよ。」

 ほほう。本当にデートらしくないやつだ。

 

 「人間観察」は人が多いところの方が楽しいと言うので、私たちは電車に乗って横川よこがわ駅へと向かった。横川市は政令指定都市ということもあって県内で一番栄えている地域だ。桜ケ丘駅からは四駅の距離で、しょうもない話が盛り上がらないうちに到着した。 


 「まずはあそこだ。」 


 駿はそう言って某有名コーヒーチェーン店を指さした。 


 店内に入ると、駿は迷うことなく窓側のカウンターの席を選んだ。普通こういうときは二人で向き合って座るものだろう思ったがすぐにこの席を選んだ理由もわかった。 


「すごい。思ったよりよく見える。」 


「だろう?この席は人間観察のための特等席なんだよ。」 


 窓からは、さっき私たちが通ってきた横川駅の改札口が見えた。カウンター席は建物の中二階のような位置になっており、高すぎず低すぎない位置から人々の動きが良く見える。確かにこれは特等席だ。 


 私たちは席を取って、一階のレジへと向かった。 


 「お前はどれにするんだ?」 


「うーん。キャラメルでいいかな。サイズは…。」 


 メニュー表を見て思った。ショート、トールと英語が続いているのになぜ最後だけイタリア語のグランデなんだ。 


 「キャラメルか。俺はチョコレートにする。」 


 駿もさらっとメニューを決めて私たちは会計に向かう。 

 私は追加でスコーンも頼んで、カウンター席に戻った。 

 

「今日、なんかイベントあるのかな?」 


 人間観察は意外と楽しいものだった。ひたすら窓の外の人間を眺めて、共通点を探したり、奇抜な恰好をしている人に着目したりと言葉の通り人間を観察する。 


 先ほどから黄色いTシャツを着た若者がよく目に入るよね、と追加でつぶやいてみる。 


「俺も同じこと思ってた。アイドルのイベントかな?」 


「あと、あの赤いコートのお姉さんがずっとこの辺をうろついてる。」 


「確かに。さっきまで周辺案内図見ていたし、いなくなったと思ったらまたうろうろしてるな。」 


「あっ。お姉さんまた案内図見てる。」 


「リュックを下した。」


 交互にテンポよくお姉さんの実況が始まる。 


「スマホを探して…。」 


「スマホ開いた。」 


「案内図の写真を取ってる。」 


「ぱしゃり。」 

 

駿の「ぱしゃり」がかわいくて、思わずくすっと笑ってしまう。 


 「地図アプリ使えばいいのにな…。」 

駿がそういうとお姉さんは何かがわかったらしく、すたすたと歩いて行った。 


「…。あの改札の前に立っているスーツのお兄さんは何かおかしい。」


 私はそう呟いた。


「今スマホいじってる人か?」 


「そう。スーツなのに、靴はスニーカーだよ?」


「本当だ。つまりお兄さんは…。」


「仕事ではない。でもスーツを着る必要はある。」 


「確かにおかしいな。」 


 駿は頷きながらそう言った。 


「スーツを着ていれば取引とかしてても怪しまれないじゃん。多分これからもう一人怪しいのが現れて、怪しい鞄を取引して…。」


「噂をすれば、誰かが接触しているぞ。」


 お兄さんはスーツを着た男性と会話をして、鞄を受け取っていた。 


「…。いや。ただの妄想だったんだけど…。私たちは目撃者になってしまいましたね。」 


「ははっ。やっぱり面白いな。一人じゃそんなこと気が付かない。」 


 駿はそう言って笑った。 


「私も誰かに誘われないと、人間観察なんてしないし…。面白いね!」 


 たしかに、楽しい。楽しいのだが、すぐに忘れてしまう。


 一応、これ、デートなんだよな…。

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