第6話

 「ねえ、今日部活ある?」


 掃除の時間に甘ったるい声で駿に聞いてみた。


「うん。今日は6時までだけど。」


「そっか。私も6時30分くらいまで部活なんだけどさ、よかったら一緒に帰らない?」


 こちらはみんなに聞こえないように冷静な声で言った。 


 一緒に帰るといっても、特に高校生カップルじみたことをするつもりはない。今後の関係をどうするか相談するだけだ。


「本当に?じゃあ俺は部活が終わったら自習室で勉強してるから、終わったら声かけてよ。」


 駿はそう言ってにこっと笑った。


「自習室に入るようなキャラじゃないから、終わったら連絡するね。」


「了解。じゃあ校門で会おう。」



 うちの高校は文武両道が売りらしく、部活動加入率は80%を超えている。


 私はバドミントン部で、駿は弓道部だ。


 駿の袴姿は見てみたいかもなと思いつつ私は自分のアップを終わらせて練習を開始する。


 一応進学校といわれるここ桜ヶ丘高校は、県内でも有名なエリート校だ。


 つまり、私が定期テストで平均点程度といってもそこらの学校では優等生の部類に入るくらいの成績にはなる。残念ながら、真面目にテストを受けたことがないからなんともいえないけれど…。


 進学校というだけあって、定期テスト前は皆勉強に力をいれる。その間部活の練習はおろそかになってしまうわけで効率が悪い。


 私の場合は、テスト勉強をしないことと引き換えに部活に力を入れている。去年は一年生ながら県大会にも出場して、友達にも部員にも誉めてもらえた。


 テストの結果を誉めてもらうことよりもこっちのほうが嬉しいと思ったのをよく覚えている。


 「坂口。今日はゲーム3試合だ。いけるか?」


 私が答える前に、顧問の黒田先生はメニューをホワイトボードに書き進めていく。


「もちろん。男バドでも女バドでも、相手になるやつ誰でもお願いします!」


 私もやる気いっぱいの返事をした。

 

「はぁ…。疲れた…。」


 女バドは良い相手がいないらしく、まさか男子と3試合するなんて。しかも、全部フルセット…。


 何回もデュースに持ちこんだし、3回もフルゲームを行う体力がついたことを誉めてほしいが、全敗は情けない。


 罰として歴代古代ローマの皇帝覚えるか。


 私は素早く汗を拭い、着替えを済ませ駿にメッセージを送った。


 「部活終わった!今から行くね」


 すぐに既読がついたのが、なんだか照れくさかった。

   

「お疲れ!ごめんね。ちょっと遅くなって。」


「いや。大丈夫だ。俺も現代文の読解がちょっと長引いていたから丁度よかったよ。」 


「本気で勉強してたんだね。」

 駿は当たり前だろうとでも言いたげな顔をしつつ、「行くぞ。」と呟いて歩き始めた。 


「駿は、桜ケ丘駅から上り電車だっけ?」 


「そうだ。静羽は下りだよな?」 


「うん。じゃあ駅まで一緒だね。」 


 駿の顔を見上げて笑って見せた。 


「じゃあ話は端的に済ませようと思うんだけどさ、学校では私たちの関係は秘密にしてほしい。」 


「…。その話だろうなとは思った。」


 駿は少し残念そうな顔をする。


「ダメ…?というか、秘密にして。これは私からの命令!」


「それは、あれか。お前が馬鹿を演じるうえで都合が悪いからか?」 


「さすが。理解が早いね。いろいろ考えながら馬鹿を演じるのはちょっとリスクがあるから。特に駿みたいな優等生のこと考えながら馬鹿やってくのはさすがに厳しい…。」 


「それって、俺を意識してるってこと…?」  


 駿はちょっと嬉しそうだ。


「…。いや。自分のためだけど。」


 即答したのが良くなかったのか、駿は少し落ち込んだように見えた。   


「とりあえず、学校では今まで通り接するからね。」 


「そっか…。」 


 とどめを刺してしまったような気がする。 

まあ、付き合えという命令を出したのは駿の方であるため私はせいぜい仲良くする程度だ。 


 確かに駿はイケメンだが、好きかと言われると普通だ。 


 高校生のカップルは9割が一年以内に別れるという情報もどこかで耳にしたことがあるし、私たちはそんなに長持ちする関係ではないのだ。 

「なあ、俺からも話があるんだが…。」 


「なに?」 


「今度、どこか遊びに行かない?ほら、デート。」


「いいけど…。」


「本当に?じゃあどこか行きたい場所ってある?」 


「ない。」 

「じゃあ、場所は俺が考えとくけどいいか?」 


「うん。一日で帰れる場所にしてよ。あと、あまりお金がかからないところ。」 


「もちろん。」 


 ああ。デートか。面倒だ…。  

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