学園の貴公子は『恋』してる?

 いよいよ、明日の学祭が目前という日まで来た。


 教室の中は、明日行う出し物のために飾りつけがされている状況で、まるで洋館の中にいるような、すっかりシックな雰囲気に様変わりしつつあった。


 クラスメイトのみんなが教室内を飾りつける一方で、アタシと優子ゆうこは机を向かい合わせながら、別の作業に勤しんでいた。


「……っていうか、またウチのクラスの出し物は、メイド喫茶なの?」


 ――メニュー表を制作しながら、アタシは優子に愚痴を洩らした。


 アタシの高校はクラス替えがなく、三年間同じクラスメイトと過ごしてきた。その中で毎年行われたクラスの出し物といえば、ずっとメイド喫茶だったのだ。


「違うわまどか。メイド喫茶じゃなくて、『執事喫茶』よ」

「……どっちにしろ、メイド喫茶と大して変わらない気が……」


 優子は「まあしかたないわよ」と言って、こう続ける。


「みんな円のいつもと違う姿を見て、接客されたいって思うものなのよ。それは学園内だけじゃなく、外部から来る人もね。知ってる? 毎年ウチのクラスが一番売上あげてるってこと。それもこれも、円の存在あってこそなんだから」


「うーん……そうだとしても、みんなは毎年同じような出し物で面白いものなのかな?」


「不満なんてないわ、むしろ、今年は円にどんな服を着てもらうかで決めてるとこあるし。今回は女子の熱い要望が通って『執事』が選ばれたってわけよ!」


 実は執事がいいって言い出したのわたしなんだけどね――と、優子は最後に付け加えた。


「はぁ〜円の執事姿、今から楽しみだわ!」


 同じような出し物はどうかと思っていたけれど……優子が楽しみにしていそうなら、まあ、いっか。


「……ところで円、生徒会に頼まれてたほうはどうなの? なんか貴志たかしにいろいろ言われてたじゃない?」


 貴志くんの名前を聞いて、あの場面シーン――図書室での、貴志くんと瑠璃るりちゃんの行為――が、脳裏を過ぎる。


 昨日は焦ってあの場から逃げちゃったけれど、でも……ただの見間違いの可能性だってある。


「……円?」


 よほどアタシが暗い顔をしてしまっていたんだろう。優子は心配そうにアタシの顔を覗き込んだ。

 アタシは慌てて作り笑いを浮かべ、「ああ、それなら大丈夫! 全部覚えたから!」と答えた。


「そう? ……なら、本番は期待してるからね」

「うん、任せてよ!」


 優子は「それにしてもいいなー」と、こんなことを話す。


「『学園の貴公子』と毎日放課後生徒会室で二人きり……なんてこともあるんでしょ? わたしだってあんなイケメンと過ごしてみたいものだわ〜」

「顔はいいかもしれないけれど、スケジュールのこととか口うるさいし、いても別に普通だよ?」

「口うるさいとか関係ないわよ! イケメンと同じ空間にいれるだけでいいもんなの!」

「……ふーん、そうかなぁ?」


 ――アタシはそれよりも、守といっしょにいたいよ。


「『そんなことより、アタシは守といたいよー』なんて思ったでしょ?」

「うっ、なぜわかる……!?」

「わかるわよ、円のことだもん」


 優子はそう言って笑った。ホント、優子はアタシのことなんでもお見通しだ。


「……じゃあさ、円は特に貴志と何かないわけ? ……なんかこう、貴志から迫られたりとか?」

「そんなことないよ〜。貴志くんとは何回も話してきたけれど、全然……。あ、でも、こないだ守とどういう関係なのかは、聞かれたかな」


 それを聞いた優子は「何それ!?」と身を乗り出してきた。


「アタシが守のことが好きなこと、貴志くんにバレバレでさ〜。二人って結局どういう関係か〜なんて、聞かれちゃったんだよね。まあ、上手く答えられずに流れちゃったんだけれど」


 途端に優子は自分の席に座り直し、両肘をついて項垂れながら深いため息をついた。


 アタシが首を傾げていると、優子は「円ってば、やっぱり鈍感ね」と呟き、顔を上げた。


「それって、完全に貴志が円のこと気になってるじゃない! だから転校生との関係も聞いてきたのよ!」

「え? 気になってるって?」

「もう! 円ったら! そりゃあ、貴志が円に『恋』してるってことよ!」


 アタシは「ええ!?」と驚いた。貴志くんが、なんでアタシを?


 そもそも貴志くん、瑠璃ちゃんにキ、キスしてて……! ……いや、見間違いかもしれないんだけれど……!


 ――だからこそ、そんなあやふやなことを優子に言えるはずもなく。


「いや……でも貴志くん、そんな感じ一切ない感じがするけどな〜……」

「クールなイケメンは顔に出さないものなのよ。……で、円的にはどうなの?」

「……どうって?」

「貴志のこと、どう思うかよ」

「え、全然……ただの知り合いって感じかな」


 優子はそれを聞いて安堵したような顔を浮かべた。


「うん、円は変わらずで安心したわ。……やっぱり、円の『恋』の相手は……転校生なのよね」

「そりゃあそうだよ! 守よりいい人なんていないよ!」


優子は微笑み、「貴志には悪いけど、円の『恋』が上手くいくといいわね」なんて話すと、何かに気づいてか扉のほうへ視線を向けた。アタシもその先を追うと、そこに立っていたのは貴志くんだった。


 噂をすれば……って感じ。


「失礼します。円樹つぶらき先輩、用があるのでいっしょに来ていただいてもいいですか?」


 アタシは「……うん、わかった」と返答し、席を立つ。「ごめん優子。残りの作業、よろしくね」と優子に言い残し、貴志くんとともに教室を離れた。

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